『俺達のグレートなキャンプ222 ギネス記録を狙え!最強に固いフランスパン作り』
海山純平
第222話 ギネス記録を狙え!最強に固いフランスパン作り
俺達のグレートなキャンプ222 ギネス記録を狙え!最強に固いフランスパン作り
晴天の土曜日、標高800メートルの山岳キャンプ場。紅葉が赤々と燃える森の中、石川は両手を腰に当て、胸を張って立っていた。その目は異様なほどギラギラと輝いている。
「よーし!今日のグレートキャンプ222は……これだ!」
石川が振りかざしたのは、やたらと年季の入ったノート。表紙には『GREAT CAMP IDEAS』と殴り書きされている。そのページには『世界一硬いフランスパン作り→ギネス申請』という文字が、赤ペンで三重丸されていた。
「……は?」
富山の顔が一瞬で青ざめる。眉間に深い皺が刻まれ、口元がピクピクと痙攣している。彼女の手から、今まさに組み立て途中だったテントのポールがカランと地面に落ちた。
「いや、ちょっと待って石川。フランスパン?硬い?ギネス?何言ってるの?」
富山の声は震えている。これまで221回の奇抜キャンプに付き合ってきた彼女の勘が、今回は特にヤバいと警告を鳴らしていた。
一方、千葉は目をキラキラと輝かせていた。
「うおおお!ギネス記録!!すげえ!俺たち、世界に名を刻むのか!?」
千葉が両手を高く掲げてガッツポーズ。その純粋無垢な喜びっぷりに、富山は頭を抱えた。
「聞いて聞いて富山!」石川が興奮気味に捲し立てる。「俺さ、この前ネットで見たんだよ。世界一硬いパンのギネス記録って、意外と更新されてないんだって!これはチャンスだと思ってさ!」
「チャンスじゃないから!!」富山が叫ぶ。「なんでキャンプでギネス記録なの!? 普通に焚き火してコーヒー飲めばいいじゃん!!」
「普通じゃグレートじゃないだろ?」
石川がニヤリと笑う。その笑顔は、もはや確信犯のそれだった。
「そうだよ富山!『どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!』だろ?」
千葉が満面の笑みでサムズアップ。富山は両手で顔を覆った。
「その言葉、そういう意味で使わないでよ千葉……」
だが、石川はすでに行動を開始していた。車のトランクから次々と荷物を取り出す。小麦粉10キロ袋が3つ。業務用の巨大なボウル。そして——
「これが秘密兵器!工業用オーブン!!」
「デカッ!?」
富山が素っ頓狂な声を上げる。石川が取り出したのは、明らかにキャンプ場に似つかわしくない、ドラム缶サイズの金属製オーブンだった。それも、温度計が摂氏500度まで測れるようになっている。
「レンタルしてきた!このオーブン、最高温度480度まで上がるんだぜ!」
「上げすぎだから!!普通のパンは230度くらいで焼くの!!」
富山のツッコミも虚しく、石川と千葉は着々と準備を進めていく。
隣のサイトでコーヒーを淹れていた中年夫婦が、こちらを不思議そうに見ていた。サイトの向こうでは、若いカップルがスマホを向けている。
「あの……何をされてるんですか?」
勇気を出して声をかけてきたのは、家族連れの父親だった。小学生くらいの男の子が、目を輝かせて石川たちを見つめている。
「ギネス記録に挑戦するんです!世界一硬いフランスパンを作ります!」
石川が爽やかに答えると、周囲がざわついた。
「え、マジで?」「ギネスって、あのギネス?」「フランスパンで?」
気づけば、キャンプ場の他のキャンパーたちが、次々と集まってきていた。総勢15人ほど。みんな興味津々といった表情だ。
「見学してもいいですか!?」
「子供も喜んでます!」
「インスタに上げていい?」
石川は満足げににっこり笑った。
「もちろん!みんなで盛り上がろうぜ!」
富山は観念したように深く溜息をついた。こうなったらもう止められない。石川の奇抜キャンプは、いつも周りを巻き込んで大騒ぎになるのだ。
「……わかったわよ。でも、ちゃんと食べられるものにしなさいよ」
「任せとけ!……たぶん!」
「たぶんって何よ!?」
こうして、史上最もグレートでアブノーマルなパン作りが始まった。
石川が指揮を執る。
「まずは生地作り!千葉、小麦粉を全部ボウルに入れてくれ!」
「了解!」
千葉が10キロ袋を3つ、ドサドサとボウルに空ける。もうもうと立ち上る白い粉塵。周囲の見物人たちから「おおー」という声が上がる。
「水は……これくらいかな」
石川が適当にペットボトルの水を注ぐ。その量、約15リットル。
「塩も大量投入!」
ドバドバと塩の袋を傾ける石川。富山が青ざめる。
「ちょっと!レシピとか見ないの!?」
「レシピ?そんなの見てたら、常識に縛られちゃうだろ?」
石川がウィンクする。富山は頭痛がしてきた。
「イーストも入れるぜ!発酵パワーで、内部密度を高めるんだ!」
「理論がめちゃくちゃだから!!」
だが、石川は聞く耳を持たない。大量のドライイーストを投入し、腕まくりをする。
「さあ、こねるぞ!みんなも手伝ってくれ!」
「「「はーい!!」」」
なぜか見物人たちまでノリノリで参加し始めた。大人も子供も、巨大なボウルを囲んで、ベタベタの生地を力いっぱいこねる。
「うわー、めっちゃ硬い!」
「これ、本当にパン生地?」
「筋トレになりそう!」
みんな汗だくになりながら、笑顔でこねている。富山も渋々参加させられ、必死に生地と格闘していた。
「あーもう!なんでこんなに硬いのよ!」
「水分が足りないからだな。でもこれでいいんだ!水分が少ないほど、焼いたときに硬くなるからな!」
石川が得意げに解説する。その理論が正しいのかどうかは、誰にもわからない。
30分ほどこね続けた結果、巨大な生地の塊が完成した。もはやパン生地というより、粘土の塊のようだ。
「よし!これを成形するぞ!」
石川が生地を持ち上げようとするが——
「重っ!!」
びくともしない。推定重量30キロ。千葉と二人がかりでようやく持ち上げる。
「こ、これをフランスパンの形に……」
「任せろ!」
石川が手のひらで生地を叩き、伸ばしていく。バシーン!バシーン!という音が森に響く。まるで大工が木材を叩いているかのようだ。
「もっと細長く!フランスパンっぽく!」
千葉も一緒に生地を引っ張る。二人の額には汗が光っている。周囲の見物人たちは、もはや唖然としていた。
そして、ついに完成したのは——全長1メートル50センチ、太さ20センチの、超巨大フランスパン生地だった。
「……これ、パン?」
富山が呆然と呟く。
「パンだ!間違いなくパンだ!」
石川が自信満々に断言する。
「さあ、発酵だ!でも普通に発酵させてたら時間がかかるから……」
石川がニヤリと笑う。嫌な予感しかしない笑みだ。
「焚き火の近くに置いて、強制発酵!!」
「それ発酵って言わないから!!ただ温めてるだけだから!!」
富山の悲鳴も空しく、巨大フランスパン生地は、メラメラと燃え盛る焚き火の横に置かれた。秋の冷たい風が吹く中、生地だけが異様な熱を帯びていく。
30分後。
「……膨らんでない」
千葉がしげしげと生地を観察する。確かに、ほとんど膨らんでいない。いや、むしろ表面が固まってきている。
「予想通り!水分が少ないから膨らまない。つまり密度が高いまま!これこそ硬さの秘訣だ!」
石川は満足そうに頷いた。もはや科学なのか何なのか、誰にもわからない。
「じゃあ、焼くぞ!!」
工業用オーブンに火を入れる。ゴオオオという轟音とともに、オーブン内部が真っ赤に染まっていく。温度計の針がぐんぐん上昇する。200度、300度、350度……
「450度でロックオン!!」
「高すぎる!!絶対に焦げる!!」
富山が必死に叫ぶが、石川は聞かない。
「大丈夫!表面が炭化することで、内部の水分が完全に蒸発する。究極の硬さを実現するには、この温度が必要なんだ!」
「どこでそんな知識を……」
「今、思いついた」
「最悪!!」
千葉と石川で、巨大フランスパン生地をオーブンに入れる。ズシリという重量感。オーブンの扉を閉めた瞬間、ゴオオオという音がさらに大きくなった。
「焼き時間は……3時間!」
「長い!!」
だが、もう後戻りはできない。オーブンは轟々と音を立てて、巨大フランスパンを焼き続ける。周囲のキャンパーたちも、この異様な光景に釘付けだった。
「あの、本当にギネス記録に申請するんですか?」
中年夫婦の夫が、恐る恐る尋ねる。
「もちろん!すでに申請書類は準備してある!」
石川がバッグから、ギネス世界記録の公式申請用紙を取り出した。すでに半分ほど記入されている。
「マジだ……」
周囲がどよめく。
3時間後。
オーブンの扉を開けた瞬間、もうもうたる煙が立ち込めた。そして現れたのは——
漆黒に焦げた、巨大な物体。
「……パン?」
千葉が首を傾げる。もはやパンなのかどうかすら怪しい。表面は完全に炭化し、ところどころヒビが入っている。
「完璧だ!!」
石川が感動の声を上げる。
「よし、取り出すぞ!」
耐熱グローブをはめた石川と千葉が、巨大フランスパンを持ち上げる——いや、持ち上がらない。
「重っ!!なんだこれ!!」
「水分が完全に抜けて、小麦粉が超圧縮されたんだな!密度がハンパない!」
結局、4人がかりでようやく持ち上げることができた。重量は推定40キロ。焼く前より重くなっている。
「さあ、硬さテストだ!」
石川が近くに転がっていた岩を拾う。人間の頭ほどの大きさの岩だ。
「この岩を、フランスパンで叩き割る!」
「やめなさい!!」
富山の制止も空しく、石川は巨大フランスパンを振り上げた。そして——
「りゃああああ!!」
ブンッ!
ゴオオオン!!!
フランスパンが岩に激突した瞬間、鈍い音が響いた。そして——
バキィィィン!
岩が真っ二つに割れた。
「「「「うおおおお!!」」」」
周囲から歓声が上がる。子供たちは目を輝かせ、大人たちはスマホのシャッターを切りまくっている。
「マジで割れた!」
「すげえ!」
「これ、武器じゃん!」
千葉が興奮して飛び跳ねている。富山は呆然と口を開けていた。
「ほら見ろ!究極の硬さだ!」
石川が勝ち誇ったように胸を張る。
その時だった。
ガサガサガサッ!
森の奥から、何か巨大なものが近づいてくる音がした。みんな一斉に音のする方を向く。
そして——
「「「「うわああああ!!」」」」
森から現れたのは、体長2メートルを超える巨大な熊だった。おそらく、パンの匂いに誘われてきたのだろう。熊は鼻をクンクンと鳴らしながら、こちらに向かってくる。
「に、逃げろ!!」
誰かが叫ぶ。パニックになるキャンパーたち。子供たちが泣き出す。
だが、石川は動じなかった。
「……チャンスだ」
「はあ!?」
富山が目を見開く。
「この最強フランスパン、実戦テストのチャンスだ!」
石川が巨大フランスパンを構える。バッターがバットを構えるような姿勢だ。
「石川!何する気!?」
「熊撃退!」
「無理無理無理!!」
だが、熊はどんどん近づいてくる。あと10メートル、5メートル——
石川が大きく振りかぶった。
「食らえ!!硬度MAX、超硬質フランスパン・フルスイング!!」
ブオォォン!
空気を切り裂く音。そして——
ドゴォォォン!!!
フランスパンが熊の頭部に直撃した。
「グオォォ!?」
熊が仰け反る。そのまま、尻もちをつくように地面に倒れ込んだ。そして——
「グルル……」
熊は目を回して、そのまま森の奥へとヨロヨロと逃げていった。
一瞬の静寂。
そして——
「「「「うおおおおおお!!」」」」
キャンプ場全体が大歓声に包まれた。
「熊を倒した!!」
「フランスパンで!!」
「最強じゃん!!」
みんなが石川の周りに集まってくる。子供たちは目をキラキラさせ、大人たちは興奮気味に写真を撮りまくっている。
「すげえよ石川!!」
千葉が感動で涙を浮かべている。
富山は、もはや何も言えなかった。ただ、脱力したように地面にへたり込んでいた。
「よし!これで完璧だ!硬度証明完了!」
石川が満足げに頷く。巨大フランスパンは、熊との激突にもびくともしていない。表面に少しヒビが入っただけだ。
その夜、キャンプ場は大宴会になった。石川たちのサイトを中心に、他のキャンパーたちも集まって、焚き火を囲んで盛り上がった。
「いやー、まさかフランスパンで熊を撃退するとは思わなかった!」
「ギネス記録、絶対取れますよ!」
「子供が大喜びで、ずっとあのフランスパンの話してます!」
みんな笑顔で語り合っている。石川は満足そうにビールを飲んでいた。
「な、グレートなキャンプだろ?」
「……まあ、結果オーライかな」
富山も、さすがに少し笑顔になっていた。
「でも次は、もっと普通のキャンプにしてよね」
「わかった!次はもっと普通に……」
石川が真面目な顔で頷く。だが、その目はすでに次の奇抜なアイデアを考えている輝きを放っていた。富山はそれに気づいて、深く深く溜息をついた。
一週間後。
石川の家に、一通の郵便物が届いた。送り主は『Guinness World Records』。
「……来た」
石川が震える手で封筒を開ける。千葉と富山も、固唾を呑んで見守っている。
中には、立派な認定証が入っていた。
『ギネス世界記録認定
記録名:世界で最も硬度の高いパン
記録保持者:石川(日本)
硬度:ロックウェル硬さ試験にてHRC 65相当
※注:通常のフランスパンの硬度はHRC 0-5程度。当該パンは工業用セラミックに匹敵する硬度を示した。
また、大型哺乳類(推定体重150kg)を撃退した実績を持つ、人類史上初の"武器級パン"として特記される。』
「「「やったああああ!!」」」
三人で抱き合って喜ぶ。ギネス記録、本当に認定された。
「すげえ!俺たち、世界記録保持者だ!」
千葉が飛び跳ねる。
「……なんか、すごいことになったわね」
富山も、さすがに感動している。
「な!やっぱり『奇抜でグレートなキャンプ』は最高だろ!?」
石川が得意げに笑う。
「次は何のギネス記録に挑戦する?」
「えっ」
富山の顔が一瞬で青ざめた。
「ちょっと待って、まだやるの!?」
「当たり前だろ!これからもっともっとグレートなキャンプをするぞ!」
石川が拳を突き上げる。千葉も一緒に拳を突き上げる。
「うおおお!次も一緒にやるぞ!」
「やめてええええ!!」
富山の悲鳴が、秋晴れの空に響き渡った。
そして、石川のノートには、すでに次のアイデアが書き込まれていた。
『グレートキャンプ223:世界一長い焼き芋作り(目標50メートル)』
ああ、また富山の苦労が始まる——。
そんな三人の、グレートでアブノーマルで、でもどこか楽しい日常は、まだまだ続いていくのであった。
【完】
P.S.
問題のフランスパンは、後日、地元の博物館に寄贈され、「人類の挑戦の記録」として展示されることになった。来館者たちは、その異様な硬さと黒光りする姿に、ただただ唖然とするのだという。
そして、あのキャンプ場では今でも語り草になっている。「フランスパンで熊を倒した伝説のキャンパーたち」として。
『俺達のグレートなキャンプ222 ギネス記録を狙え!最強に固いフランスパン作り』 海山純平 @umiyama117
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