朝の寒さと眠さは早起きの敵

 トントントン…。

 リズム良く野菜を切る音に、幼さが残る少女の閉じられていた紫水晶によく似た色の瞳がゆっくり開かれる。

 ベッドの中で何回か瞬きを繰り返し、スンスンと匂いを嗅ぐ。

 冬のキンッと冷え切った空気の中に混じって香ばしいパンの焼ける匂いとわずかだが、コンソメの匂いがする。


「…んー、いい匂い…朝ごはんは、パンと…野菜スープかな?」


 うっとりとため息をつくと、よしっと気合を入れて布団を蹴っ飛ばしてベッドから起き上がる。

 こんな姿を祖母に見られたら大目玉を喰らうだろうが、それでも温かい布団から抜け出す為には勢いが大切なのだ。

 肩まで伸びる銀色の髪が重力に逆らい色んな方向へと跳ねているが、少女はそんな事を気にする余裕もなく、両腕で体をさすり必死に寒さに耐える。


「さ、寒い…!」


 肌を刺す寒さに歯をカチカチ言わせながら椅子に掛かっているカーディガンを羽織る。

 それによって幾分か寒さが凌ぐと、少女はようやく部屋の扉を開けた。

 その先には、忙しそうに台所を動き回る祖母の姿があった。


「あら、おはよう、ラーシャ」


 彼女に気づいた祖母が笑顔で挨拶すると、少女…ラーシャは眠さを堪えながら、頷いた。


「おはよう、おばあちゃん」

「今日は一人で起きられて偉いわねぇ。さぁ、もうすぐご飯ができるから、早く顔を洗ってらっしゃい」

「うん」


 ラーシャは眠そうに目を擦りながら、顔を洗う為に外へと出る。

 空は白んでいるがまだ日は昇っていない。

 そのせいで外の空気は恐ろしいくらい冷え切っている。


「寒い眠い寒い眠い寒い眠い寒い眠い寒い眠い寒い眠い寒い眠い寒い眠い寒い眠い寒い…」


 ぶつぶつ呪いのように呟きながら井戸の前に来ると、縁に置いてあるバケツを投げ入れ耳を澄ませる。


 ポチャン…。


 バケツを水の中に落ちるのを確認して取っ手についたロープをゆっくり欠伸を噛み殺しながら、引っ張り上げる。

 ウトウトしながらようやく縁にまで手繰り寄せバケツに手を掛けた。


「眠い…眠すぎる…」


 布団を蹴飛ばした時は、寒さで目が一瞬で覚めたのにすぐに睡魔が襲ってくるのは、何故なのか…。

 瞬きをしているつもりなのに、目の前が暗くなる数秒で眠りへと誘われてしまう。


「ダメだ…こんな所で寝たら本当に風邪引いちゃう…」


 さっさと顔を洗って眠気を飛ばさないと。


 ラーシャはバケツを井戸の淵に置こうと、力一杯引き上げる。

 …が、あまりの眠さに力が抜け、手からバケツが滑り落ちた。


「あっ…!」


 慌ててラーシャは身を乗り出しバケツを掴もうと手を伸ばすが、つんのめってしまいそのまま井戸の中へと引きずり込まれた。


「うわっ!」

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