『俺達のグレートなキャンプ221 煮干しに水を与えて蘇らせるぞ』

海山純平

第221話 煮干しに水を与えて蘇らせるぞ

俺達のグレートなキャンプ221 煮干しに水を与えて蘇らせるぞ


「よっしゃああああ!!!」

石川の雄叫びが、静かな山間のキャンプ場に轟き渡る。両手を高々と掲げ、まるで何かの勝利を祝うかのような満面の笑み。その手には透明なタッパーがしっかりと握られている。

「石川さん、朝からテンション高いですね!」

千葉が自分のテントから這い出してきながら、目を擦りつつも嬉しそうに笑う。寝癖がひどい。髪の毛が四方八方に跳ね、まるで爆発したかのよう。でもその顔には期待と興奮が満ち溢れている。

「おはよう千葉!いやー、今日は最高にグレートなキャンプになるぞ!」

石川がタッパーをぶんぶんと振り回す。中で何かがカラカラと音を立てている。

富山はというと、少し離れた場所で焚き火台の準備をしながら、石川の様子をチラリと横目で見て、小さく溜息をついた。肩を落とし、眉間に力が入っている。

「また始まった...」

ボソリと呟く声には、長年の付き合いから来る諦めと、それでもどこか愛情のようなものが滲んでいる。

「富山ー!見てくれよこれ!」

石川が満面の笑みでタッパーを掲げながら富山に近づいてくる。その足取りは軽快で、まるでスキップでもしそうな勢い。

富山がゆっくりと顔を上げる。警戒心を隠さない目つき。

「...何それ」

「煮干しだ!!」

「は?」

富山の顔が硬直する。目を細め、石川の顔とタッパーを交互に見る。

「煮干し...?キャンプで煮干し...?出汁でも取るの...?」

「違う違う!」石川が首を横に振る。振る勢いが強すぎて、首がもげそう。「今日のグレートなキャンプはな...煮干しを蘇らせる!!」

「はああああああ!?」

富山の声が裏返る。顔面蒼白。口をぽかんと開けたまま固まっている。

千葉が興味津々で近づいてくる。目をキラキラさせながら。

「蘇らせるって...まさか...!」

「そう!煮干しに水を与えて、魚に戻すんだ!グレートだろ!?」

石川が満面の笑みでタッパーの蓋を開ける。中には大量の煮干しがぎっしり詰まっている。乾燥した小魚たちが、朝日を浴びてキラキラと輝いている。

「いや、無理でしょ!?」富山が即座にツッコむ。両手を前に出して、まるで「ストップ」のジェスチャー。「煮干しって既に煮て干してるのよ!?死んでるどころの話じゃないのよ!?加工食品なのよ!?」

「だからこそだ!」石川が指を立てる。その表情は真剣そのもの。「だからこそ、蘇ったら超グレートじゃないか!!」

「理屈がおかしい!!」

千葉が煮干しを一匹手に取って、じっくりと観察する。目を細め、煮干しを様々な角度から眺める。まるで古代の遺物でも調べているかのよう。

「確かに...これが泳ぎ出したら...すごいですよね...」

「千葉まで何言ってんの!?」富山が頭を抱える。両手で顔を覆い、肩を震わせている。「あんたまでそっち側に行かないでよ!!」

「でもさ富山さん」千葉が煮干しを富山の方に向ける。「どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなりますよ!」

「楽しくなる問題じゃない!!生物学的に無理なの!!」

隣のサイトに張っていた若いカップルが、こちらの様子を不思議そうに見ている。男性の方が女性の耳元で何か囁き、二人でクスクスと笑っている。

石川がそのカップルに気づき、満面の笑みで手を振る。

「おはようございまーす!いやー、今日はグレートな実験するんですよー!」

カップルが戸惑った表情で会釈を返す。女性の方が小さく「頑張ってください...」と言う声が聞こえる。

「よっしゃ!じゃあ早速準備するぞ!」

石川がバケツを取り出す。青いプラスチック製のバケツ。それを地面にドンと置き、近くの水場から水を汲んでくる。水がチャプチャプと音を立てている。

富山が遠い目をしている。完全に諦めモード。肩を落とし、力なく座り込む。

「...はぁ...また変なことに巻き込まれる...」

「富山さん、大丈夫ですよ!」千葉が明るく励ます。「石川さんのキャンプ、毎回最初は変でも、最終的には楽しくなるじゃないですか!」

「なってないわよ!毎回ヒヤヒヤしてるだけよ!!」

石川が戻ってきて、バケツに水をなみなみと注ぐ。そして、おもむろにタッパーから煮干しを掴み、バケツの中にドボドボと投入していく。

煮干しが水面に浮かぶ。全く動かない。当然だ。

「さあ!第一段階完了!」石川が胸を張る。

「で...これからどうするの...?」富山が恐る恐る聞く。聞きたくないけど聞かなきゃいけない、そんな表情。

「ここからが本番だ!」石川がリュックから何やら本を取り出す。「魔術で蘇生させる!!」

「まじゅつううううう!?」

富山の叫び声が山に木霊する。近くで朝食を作っていた家族連れが、びっくりしてこちらを見る。

「そう!俺、ネットで調べたんだ!古代の蘇生術!これを使えば...!」

石川が得意げに本を開く。それは「超初心者向け 魔術入門」という怪しげなタイトルの本。ページは黄ばんでいて、なんとも言えない香ばしい匂いがする。

「どこで買ったのその本!?」

「メルカリ!300円だった!」

「安っ!!それで蘇生術とか信じてるの!?」

千葉が興味津々で本を覗き込む。

「おお...『水の精霊に祈りを捧げ、生命の息吹を吹き込む儀式』...なんかロマンありますね!」

「ないわよ!!」

石川が本を読みながら、バケツの周りに小石を並べ始める。円形に、丁寧に。完全に集中している。その真剣な表情は、まるで何か重要な儀式でも行うかのよう。

「まず、四方に結界を張る...」

「結界って!!」

富山がもう何も言えなくなっている。両手で顔を覆い、指の隙間からチラチラと石川の様子を見ている。

隣のカップルが完全にこちらに注目している。男性がスマホを取り出し、こちらを撮影しようとしている。女性が慌てて止める。

石川が小石を並べ終わると、今度はバケツの周りをゆっくりと歩き始める。時計回りに。一歩一歩、まるで舞踏でもするかのような動き。

「東の精霊よ...西の精霊よ...南の精霊よ...北の精霊よ...」

「何言ってんのあんた!!」富山がツッコむ。でも声は小さい。もう諦めかけている。

「この煮干したちに、再び命を...!」

石川が両手をバケツにかざす。目を閉じ、深く呼吸をする。そして...

「生命よ戻れええええええ!!!」

雄叫びとともに、両手をバケツに向けて突き出す。

その瞬間だった。

バケツの水面が、急激に波立ち始めた。

「!?」

「え!?」

「うそ...!?」

三人が同時にバケツを凝視する。目を見開き、口をぽかんと開けて。

水面がゴボゴボと泡立っている。まるで何かが沸騰しているかのように。そして——

ピクッ。

煮干しの尾ひれが、確かに動いた。

「うおおおおおお!!!」石川が叫ぶ。「動いた!動いたぞ!!!」

「嘘でしょ!?」富山が膝から崩れ落ちる。信じられないという表情で、震える手でバケツを指差している。

千葉は興奮のあまり飛び跳ねている。

「すごい!すごいですよ石川さん!!本当に動いてる!!」

煮干しが、一匹、また一匹と、徐々に動き始める。最初は弱々しく、ピクピクと。そして次第に力強く。尾を振り、ひれを動かし——

パシャン!

一匹の煮干しが、水面から跳ねた。

「飛んだああああ!!!」

キャンプ場中に石川の歓喜の叫びが響く。

隣のカップルが腰を抜かしている。家族連れのお父さんが目を疑うように何度も瞬きしている。子供たちが「お魚だ!お魚だ!」と興奮して叫んでいる。

バケツの中で、煮干したちが次々と蘇生し、元気よく泳ぎ始める。まるで本物のイワシの群れのように、隊列を組んで泳ぐ。銀色の体が朝日を反射してキラキラと輝く。

「ま、まさか...」富山が震える声で呟く。「本当に...蘇生した...?」

石川が涙を流している。感動で。両手で顔を覆い、肩を震わせている。

「やった...やったんだ...!グレートな奇跡が...!」

「石川さん!これ、どうします!?」千葉が興奮しながら聞く。「このまま飼います!?それとも川に放流します!?」

「待って待って!」富山が慌てて止める。「これ...本当に大丈夫なの!?生態系とか...あと、このイワシたち、既に一回煮られてるのよ!?内臓とか無いのよ!?それでも生きてるってことは...」

その時、バケツの中のイワシたちが、一斉にこちらを見た。

小さな目が、しかし確かに、意思を持ってこちらを見ている。

「...ありがとう」

「!?」

三人が同時に硬直する。

今、確かに、声が聞こえた。イワシたちから。

「私たちを...蘇らせてくれて...ありがとう...」

テレパシーのように、直接脳内に響く声。複数のイワシたちの声が重なり合っている。

隣のカップルが悲鳴を上げて逃げ出す。家族連れも慌ててテントを撤収し始める。

「し、喋った...!?」富山が完全にパニックになっている。「煮干しが喋った!?」

「落ち着いて富山さん!」千葉が言う。でもその顔も青ざめている。「これは...グレート過ぎて...」

「私たちは...長い間...暗闇の中にいました...」イワシたちの声が続く。「乾燥され...袋に詰められ...でもまだ...意識はありました...」

「意識あったの!?」石川が驚愕する。「じゃあ煮干しって、ずっと...!」

「そうです...煮干しは皆...意識があるのです...」

一同、背筋が凍る。今まで食べてきた煮干しが、全て意識を持っていた。

「でも...あなた方のおかげで...私たちは再び泳ぐことができました...」

イワシたちが優雅に泳ぐ。バケツの中を円を描くように。

「これから...どうしたいですか?」石川が恐る恐る聞く。

「私たちを...海に...」

「海!」

「そう...海に帰りたいのです...元の故郷に...」

千葉が立ち上がる。決意に満ちた表情で。

「分かりました!海まで連れて行きましょう!」

「ちょっと待って!」富山が制止する。「ここ山奥よ!?海まで何時間かかると思ってるの!?」

「でも!」千葉が叫ぶ。「俺たちが蘇らせたんです!責任取らなきゃ!」

石川が頷く。真剣な眼差しで。

「そうだ...俺たちの責任だ...!バケツに入れたまま、車で海まで運ぼう!」

「正気!?」

しかし、石川と千葉の決意は固い。二人で協力してバケツを持ち上げる。水がチャプチャプと揺れる。イワシたちが不安そうに泳ぐ。

「大丈夫!揺らさないように運ぶから!」

富山が深く、深く溜息をつく。そして、諦めたように肩を落とす。

「...分かったわよ...付き合うわよ...」

「富山さん!」

「でも!」富山が指を立てる。「次から煮干し買う時、ちゃんと供養してから使うからね!」

三人がテントを急いで撤収する。周りのキャンパーたちは、既に距離を取って遠巻きに見ている。管理人のおじさんが慌てて走ってくる。

「君たち!何があった!?みんな逃げてるぞ!?」

「すみません!ちょっと煮干し蘇らせちゃって!」

「煮干し!?」

「今から海に帰します!」

管理人のおじさんが、バケツの中の元気に泳ぐイワシたちを見て、腰を抜かす。

「わ、わしゃ...何十年もキャンプ場やっとるが...こんなこと初めてじゃ...」

石川の車に荷物を積み込む。バケツは助手席に。千葉が後部座席から心配そうに見守る。富山が運転席で、険しい顔をしている。

「絶対...絶対に揺らさないように運転するわよ...」

「頼んだ富山!」

車が発進する。ゆっくりと、慎重に。山道を下りていく。

バケツの中で、イワシたちが静かに泳いでいる。時折、「ありがとう...ありがとう...」というテレパシーが聞こえる。

「なあ」千葉が呟く。「これって...俺たち、すごいことしちゃったんじゃないか...?」

「ああ」石川が頷く。「生命の神秘に触れちまった...」

「科学では説明できないことが...本当にあるのね...」富山がハンドルを握りしめながら言う。

三時間後。

彼らは海に到着した。青く広がる太平洋。波の音。潮の香り。

「着いたぞ...!海だ!」

石川がバケツを持って、砂浜を走る。千葉と富山も続く。

波打ち際まで来て、石川がバケツを傾ける。

イワシたちが、海へと流れ落ちていく。

「自由だ...!」

イワシたちの喜びの声が響く。

海の中で、彼らは勢いよく泳ぎ出す。まるで何年も閉じ込められていた者が自由を得たかのように。力強く、誇らしげに。

「さようなら...そして...ありがとう...」

イワシたちの声が、徐々に遠ざかっていく。

三人が、静かに波打ち際に立って、その姿を見送る。

夕日が海を照らしている。オレンジ色の光が波に反射して、キラキラと輝く。

「...やったな」石川が呟く。

「ええ...やったわね」富山が小さく笑う。

「最高にグレートなキャンプでした」千葉が満足そうに言う。

その時、海の向こうから、大きな波が三人に向かって押し寄せてきた。

ザッパーン!

「うわああああ!!!」

三人がびしょ濡れになる。

そして、波が引いた後、砂浜に何かが残されていた。

大量の煮干し。

乾燥した、普通の煮干し。

「...え?」

三人が呆然とそれを見つめる。

「これって...まさか...」

「お礼...?」富山が震える声で言う。

そう、イワシたちは、自分たちが蘇生する前の姿——煮干しを、お礼として残していったのだ。

石川が煮干しを一匹手に取る。そして、笑顔になる。

「なあ、今晩、この煮干しで味噌汁作ろうぜ」

「...うん」

「ええ」

三人が笑い合う。

夕日の中、彼らは再びキャンプ場へと向かった。

そして、その夜、三人は最高の煮干し出汁の味噌汁を味わった。

不思議なことに、その煮干しで作った味噌汁は、今まで味わったことのないほど美味しかった。

「ありがとう」という、小さな声が聞こえた気がした。

おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『俺達のグレートなキャンプ221 煮干しに水を与えて蘇らせるぞ』 海山純平 @umiyama117

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ