第1章

北の山里にある静かな村、エルダ。澄んだ空気と深い森に囲まれ、木造りの家々が寄り添うように並んでいる。




そこに暮らすクリスは18歳の少年だった。幼いころから自然を愛し、いつも動物たちと戯れるそんな彼の瞳には清らかな光が宿っていた。




ある夜、クリスは夢の中で2度呼びかけられ、目を覚ますと、そこは宇宙だった。




空間は音もなく、闇ではないのに色もなかった。ただ静寂と光の気配だけがある。




彼の目の前に現れたのは、背を向けた白髪の老人と、にこやかにこちらを見つめる白髪の女性。二人とも、まばゆいほど純白の衣をまとっていた。




老人は、向こうを向いたまま語りかける。




「行きなさい。行く道は私が導く。」




声は大きくないのに、クリスの内側まで響き渡った。




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翌朝、彼は決意し、まだ眠る村をあとにして旅に出る――。




クリスは何かに導かれるようにして歩き始め、西の村、ニキに歩を進めていた。




そこは、幼いころから両親に「決して行ってはならない村」と禁じられていた場所だった。




朝から歩き続けて、ようやく夕暮れが迫るころ、目的地はもうすぐだった。




その時、道端で何かがもがく音がした。




近づくと、1匹のヤギが木の枝に絡まって動けなくなっていた。




クリスは助けようとするが、自分の力ではどうにもできない。




むしろ動かすたびに、ヤギが苦しそうに鳴く。




弱っているヤギを見て残り少なくなっていた水筒の水をヤギに飲ませた




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すると、枝がすっとほどけるようにして外れた。




ヤギは驚いたように一瞬クリスを見てから、嬉しそうに跳ねた




それを見てニキの村人ヤイルが駆け寄ってヤギを抱きしめた。




そして、ヤイルは目を輝かせてクリスに言った。




 「このヤギはうちの大切な飼いヤギだった! よく助けてくれた、ありがとう!」




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 彼は深く頭を下げ、こう続けた。




 「今日は食事を共にし、うちに泊まってくれ。礼をさせてほしい。」




こうして、クリスはニキの村人ヤイルの家に行く事となった。




そのヤギはヤイルの家に近づくと走って小屋に入っていった。




その物音に気付き一人の女性が出てきた。




「おお。レアか!客人だ。あいさつを。」




その女性はクリスと同い年ぐらいだった。




彼女は長い栗色の髪をしていて少し恥ずかしそうに頭を下げた。




目が合った瞬間、クリスの胸が高鳴った。




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 しかし、彼女のまなざしはどこか切なく、それでいて強い光を秘めていた。




その木造づくりの家に入ると中は整っていて暖かく、囲炉裏の火がやさしく揺れていた




そして、ヤイルの妻オベデアも子やぎニールの事に感謝し喜んで迎え入れてくれた。 




夕食は温かなシチューと柔らかいパンだった。オベデアも優しくもてなしてくれたが、何かを探るような目でレアとクリスの様子を見ていた。





食後、クリスが囲炉裏のそばで一息ついていると、ヤイルの妻がそっと近づいてきて言った。




「レアとは、あまり親しくしないでくださいね。」




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その言葉に驚いたクリスは理由を尋ねた。




「……この村では、村の者は村の者同士でしか結婚してはならない決まりがあります。




 外から来た者と交わることは、忌みとされているのです。」




その声には悲しみと、どこか怒りに近い固さがあった。




クリスは黙って頷いたが、心の中ではレアの姿が離れなかった。




その夜、クリスは眠れなかった。




ヤイルの妻――オベデアの言葉が重くのしかかっていたのだ。




翌朝、ヤイルが語ってくれた村の事情は、さらに衝撃的なものだった。




「実はな……この村の血も、もう途絶えかけているのだ。」




 かつては大きな村だったニキも、今では人が減り続けていた。若者の姿はなく、残っているのは年老いた者か、家庭を持つ者だけ。




 今、村にいる独身の若者は、レアと……もう一人、アドリヤという少年だけだった。




「……彼は、良い子とは言えん。両親に暴力をふるい、村の大人たちにも背を向ける。




 それでも……掟では、村の血を絶やさぬために、村の者同士で結ばれねばならない。」




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ヤイルの目は曇っていた。オベデアもまた、何も言わずにただ俯いていた。




「私たちが、どれほどレアの幸せを願っているか……それでも、掟には……逆らえないのだ。」




クリスは、言葉を失った。




 この村の未来のために、レアの人生が決められていく――その現実が、彼の胸に重くのしかかった。




ヤイルとオベデアは、クリスにしばらく家に滞在することを許してくれた。




  ある夜――。




 クリスは再び、声によって目を覚ました。




 気づくと、また宇宙にいた。




 だが今回は、白髪の老人も、白き衣の女性もいなかった。広がる静寂の中、声だけが響いた。




「クリス。あなたには、小さな時から学んだ神の言葉がある。




 思い出しなさい。」




 その声は、どこか懐かしく、優しかった。




 クリスははっと目を覚ました。胸に手を当て、子どもの頃から聞いていた聖なる言葉を思い出していた。




 そして翌朝、朝食の席で静かにヤイルとオベデアに問いかけた。




「この村で、その“掟”を作ったのは誰ですか?」




 ヤイルは少し驚いたように目を見開き、苦笑いしながら答えた。




 「昔からの言い伝えだからなあ……ずっとそうしてきた。」




 すると、クリスはまっすぐヤイルの目を見て言った。




「私の村にも掟があります。でも、その掟を書いた神を、私は知っています。ヤハです。




 その掟の一つに、“両親に苦しみを与える者は、石打ちにされなければならない”とあります。」




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その言葉が落ち着くと同時に、家の外から人の声が聞こえた。




 慌ただしく誰かが戸を叩き、ヤイルが出ると、村人が深刻な表情で言った。




「アドリヤが……死にました。」




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一瞬、時間が止まったようだった。




 レアは言葉を失い、オベデアは胸元を押さえ、ヤイルは重く瞳を閉じた。




 クリスの言葉と、アドリヤの死――。




 それは偶然だったのか、それとも、神の裁きだったのか。誰も、すぐには答えられなかった。




その日のうちに、アドリヤの埋葬がひっそりと行われた。村全体に重く静かな空気が流れ、悲しみと安堵が混ざる不思議な一日だった。




 夕方、埋葬から戻ったヤイルとオベデアがクリスのもとに帰ってきた。




遅めの食事を囲んでいた時、沈黙を破るようにヤイルが静かに口を開いた。




 「クリス。娘を嫁にもらってくれないか。」




 その言葉に、場が凍りついたような静けさが訪れた。ヤイルは続ける。




 「私には、アドリヤの件が偶然とは思えない。もちろん、あなたの神がされたことかどうかは分からない。だが、結果として村の掟は失われ、娘の結婚相手もいなくなった。




 私たち夫婦は、アドリヤのことを心の底で恐れていたんだ。……あなたなら、きっとレアを幸せにしてくれると思う。」




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 クリスは、しばらく黙っていた。だがやがて、静かに言葉を紡いだ。




 「レアさんはとても素敵な人だと思います。この数週間を見ていても、ご両親をとても大切にしているし働き者でとてもやさしい方だと思いました。私も、結婚するならレアさんのような人が良いかなと思います。」




 ヤイルの顔が明るくなり、「そうか!それなら――」と声を上げかけた時、クリスはその言葉を遮った。




「……ですが、私にはまだ、しなければならないことがあります。




 私の神、ヤハの導きによって、この地を旅し、まだ果たしていない使命があります。




 ただ、今回のことを通して分かりました。神はレアさんを選ばれたのだと。




 ですから、どうかお願いです。――七年、私に時間をください。」




その言葉に、皆が息をのんだ。




 クリスは続けた。




 「もしその間に、レアさんにふさわしい方が現れて結婚されるのなら、それで構いません。彼女の幸せが一番ですから。」




 すると今度は、レアが席を立ち、まっすぐクリスを見つめて言った。




 「私は待ちます、クリス。あなたと、あなたの信じている神ヤハを、私も信じたい。




 どうか、行ってきてください。私は、待っています。」




 その言葉は静かで、そして強かった。

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