アンノウン・ベッセル

粗茶の品

第1話

 鉄骨がものすごい速さで飛んでくる。おおよそマンションの基礎に使われるような人の数倍あるようなものだ。

 当たれば骨折どころでは済まないだろう。命だって容易に危ぶまれる事態だ。

 俺はそれを下がって回避するのではなく、前進しながら避ける。それはその先にあるスーツ姿の男を追いかけるため。

 工場まで追い詰めた今がチャンスであり、ここで取り逃がすわけにはいかない。

 誰もいない場所なのでやりやすくて助かる。人目のあるどころでは慎重にしなければいけないがここでなら多少派手にやれる。

 それにしても、妙だ。あれだけの大きさの鉄骨が高速道路の車かのようなスピードで飛んできたのに、後ろからは物音がしない。

 慌てふためいて逃げているような素振りの相手が周りに配慮しているとは思えない。男はふっと振り返ってこちらを見つめる。

 その時、ゾッと後ろから悪寒を感じる。急いで背後を見るとそこで鉄骨は静止していた。

 それが今度は勢いをつけてこちらに飛んでくる。今度は服が掠ったがまた避けることができた。それと同時に先程はならなかった騒音が鳴り響く。

 まさか、飛ばしたものをあそこまで自由に動かせるとは思わなかった。

 だが、これで男と距離を取られてしまった。すぐに追いかけるが、もともと少し俺の方が速かったが本当にわずかにしか変わらないため距離は徐々にしか縮まらない。

 追いかけている間、男は鍵やバール、ハンマーなんかを飛ばしてきた。避けれているが暗い深夜の中視認性が悪くかなり集中力を持っていかれる。

 相手にまだまだ余裕がある場合、危ないかもしれない。

 飛んできたトンカチを右手で取って投げ返してみる。しかし、男に当たる以前にトンカチは速度を失い、床に落下した。

 それにしても、いくら工場とはいえ、物が乱雑すぎないか?管理はちゃんと行き届いているのだろうか。

 俺は左手に握っている一丁の銃を一目確認する。込められた弾は金属製。どれほどの速度を許容できるかはわからないがおそらく無効化されるだろう。それに外してしまって下手に痕跡をつけるわけにもいかない。あとで処理が面倒になってしまう。

 相手のスピードは落ちないし、ジリ貧になる前に決着をつけなければ。夜が明ける、いやその前にこの男が市街地へ逃げ込む前に。その点では広い工場で助かった。街からは少し離れているし。そもそも廃棄されているし。

 ちょうどいい物があった。どこで使うのかはわからないが植物性のロープ。これなら相手の力には引っかからない。工場のどこで使うんだこれ。

 ともかくそれはいい。あるものは使うとしよう。

 先端を軽く結んで人の頭より少し大きめの輪を作る。ある程度スペースのある場所に来たら相手の投擲物?網を抜けてから狙いを定めて投げる。

 ロープは男の喉元に引っかかる。男はその衝撃から一瞬足が止まった。

 それを逃さず距離を詰め、転んだ相手の上に乗り、手を拘束した。

 紐を投げる練習をしておいて良かった。何事も役に立つ日が来るものだな。相手は暗くて避けることはできなかったようだし。

「ぐっ」

 俺は男の頭に銃を突きつける。

「お前はどこかに所属しているか?」

「なんの話だ」

「正直に話した方がいい。お前は何か知っているか?降伏するなら待遇はマシになるが」

 頼むから話してくれ。そうすればお前は本当に多少マシになる。

 男は数秒目線を逸らしてから俺を見直した。

「残念だが、そのつもりはない」

「そうか、ならついてくる気はあるか?」

「それも無理だ」

 やはり、何か知っているんだろう。すごい誠実なのか、それとも脅されているのか。ともかく話す気はなさそうだ。

「本当に話す気はないのか?」

 男は黙ってそれ以上何も言わない。

 横を見ると小さなネジが飛んできていたので頭を逸らして避ける。

 敵意が強い。なら仕方がない。

 俺は黙って人差し指に当たる引き金を引いた。

 銃声は静かな空間に広がっていく。

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