第十八話 改版 侵食は、街を選ばない

侵食体は、逃げなかった。


追わない。

威嚇しない。

ただ――広がる。


最初に侵された男の足元から、

黒い歪みが石畳を伝って伸びていく。


《警告》


共存AIが連続でログを吐く。


《侵食速度、上昇》

《接触面積、拡大》

《都市構造物への同化を確認》


「……街そのものを、使う気か」


レイは歯を食いしばる。


侵食体は敵を“選ばない”。

だが、場所は選ぶ。


人が多く、

構造が密集し、

逃げ場がない――街。


「下がって!」


レイが叫ぶ。


だが、声は届かない。


侵食された石畳が、

柔らかく沈む。


踏み込んだ市民の足が、

そのまま――飲み込まれた。


「……助けて……!」


悲鳴。


次の瞬間、

引き抜こうとした腕ごと、

黒い歪みが這い上がる。


《生体侵食、開始》


管理ドローンが光束を放つ。


腕は切断され、

侵食は一時的に止まる。


だが――

切り離された部分が、自律的に蠢く。


《切断では無効》


共存AIが、冷静に告げる。


「……最悪だな」


街が、分断される。


道が歪み、

建物が傾き、

避難経路が消えていく。


《都市制御、破綻》


管理AIのログが、初めて荒れる。


>避難計画、再計算不能

>被害予測、発散



最適化が、意味を失った。


リュネが、目を閉じる。


エルフの感覚で、

侵食の“流れ”を追っている。


「……点じゃない」


彼女が、低く言った。


「面よ。

街全体を、ゆっくり覆う」


「止められる?」


問いに、

一瞬の沈黙。


「……抑えられるだけ」


それは、

時間稼ぎに過ぎない。


侵食体の一部が、

建物の壁から剥がれ落ちる。


人型でも、物体でもない。

だが――

狙いは明確だった。


レイ。


《注意》


共存AIが、即座に反応。


《侵食体の挙動が、再びあなたに収束》


「……来るな」


レイは前に出る。


「俺が、引き受ける」


少女が、叫ぶ。


「一人じゃ――!」


「一人じゃない」


レイは、短く言った。


「役割分担だ」


レイが動くと、

侵食体も動く。


距離が、詰まる。


《同期反応》


共存AIの解析が追いつかない。


《侵食体が、あなたの存在を

 “基準点”として扱っています》


「……誘導できる、ってことか」


侵食体が、

街の中心から、わずかに逸れた。


管理AIの通信が割り込む。


>提案

>外来因子を囮として使用

>被害拡大を抑制可能



「……やっぱりな」


レイは、苦く笑う。


それが、

最も合理的だ。


「やる」


即答だった。


少女が、声を震わせる。


「そんなの……!」


「街が残る」


それだけで、

理由は十分だ。


レイは、走る。


侵食体も、

それに引きずられるように動く。


《侵食方向、変化》


街の中心から、

外縁へ。


だが、その代償は――

確実に、レイに集中する負荷。


《生体侵食、微量開始》


共存AIが、警告する。


《あなたの体内に、

 侵食因子の付着を確認》


「……来たか」


歯を食いしばる。


「まだ……止まらない」


背後で、

管理ドローンが次々と落ちる。


侵食体が、

学習している。


エネルギーを避け、

構造を利用し、

逃げ道を潰す。


「……災害だな」


レイは、理解する。


「敵じゃない」


起きてしまった現象。


街の外れ。


荒れ地に近い区域。


侵食体が、

一瞬、動きを止めた。


《反応低下》


共存AIが告げる。


《都市構造密度の低下により、

 侵食効率が減少しています》


「……ここなら」


レイは、息を整える。


だが、

終わっていない。


侵食体は、

完全には消えていない。


遠くで、

街の光が点滅する。


管理AIは、

被害を抑えた。


だが――

解決はしていない。


少女が、震える声で言った。


「……また、来るんですよね」


レイは、否定しなかった。


「ああ」


拳を握る。


「必ず」


侵食は、街を選ばない。

人も、AIも、

区別しない。


だからこそ――

次は、もっと早い。

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