闇を知らない国

Omote裏misatO

第1話:闇は売買される

 闇は、思っているほど陰湿な場所ではない。

 少なくとも、私たちがいる場所はそうだった。

 ダークウェブと呼ばれるこの層では、善悪よりも相場が優先される。銃は銃として、臓器は臓器として、国家機密は国家機密として並べられる。それ以上でも以下でもない。倫理は不要だし、正義はそもそも流通していない。

 私の役割は管理だった。市場が滞りなく回り、売り手と買い手が互いを殺さないようにする。闇の世界にしては、驚くほど事務的な仕事だ。

 その日、例のデータが上がってきた。

 ある閉鎖国家の内部資料。

 通信記録、指導部の指示系統、技術部門の構成。どれも致命的というほどではないが、まとめて売ればそれなりの値がつく。市場の人間なら誰でもそう判断する内容だった。

 問題は、どこの国か、という一点だけだった。

 外部ネットを遮断し、国民を情報から隔離し続けている国。

 世界地図の片隅で、時代から取り残されたように存在する国家。

 だが、だからこそ安全だと、皆が思っていた。

「あそこはネットを知らない」

 誰かがそう書き込んだ。

 反論はなかった。

 彼らはミサイルを飛ばすことはあっても、闇の市場に踏み込んでくるような国ではない。そういう暗黙の了解が、この世界にはあった。国家は脅すが、闇は交渉する。役割分担はできている。

 データはオークションにかけられ、数字が順調に伸びていった。

 危険度が上がるにつれ、価格も上がる。それが健全な市場というものだ。

 私は画面を眺めながら、コーヒーを飲んでいた。

 いつもと変わらない夜だった。

 ただ一つ、違和感があったとすれば、警告が来なかったことだ。

 国家が本気で動くときは、たいてい兆候がある。仲介経由の接触、曖昧な圧力、あるいは回りくどい取引の打診。だが今回は、何もなかった。

 静かすぎる、というほどでもない。

 単に、いつも通りだった。

 闇は今日も開かれ、情報は売られ、誰も疑問を持たなかった。

 その国が、闇の存在そのものを「異常」と定義しているなどとは、

 誰一人、考えもしなかったのだから。

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