エルドシュタールの祝福

坂崎文明

未知の卵

「これは一体、何なんだ?」


 エルドシュタール研究家のラルフ・スノーデンはある日、小人が作ったと言われる洞窟である『エルドシュタール』で奇妙な卵を発見した。

 大きさはバレーボール程度で、その卵らしき物はキラキラと桜色に輝いていて、水晶球のようでもあり、万華鏡のように七色の光を時折、放っていた。

 心臓が脈打つような音と温かさが手に伝わってきた。

 何らかの生命を宿してるようであり、不可思議な未知の卵と思えた。

 『エルドシュタール』とは、西暦1000年から1400年の中世に作られた小人が通れるほどの洞窟で、ドイツオーストリア地域の地下に二千カ所ほど見つかっていた。

 入り口と出口はひとつで、中に広場のような物はなく、伝説によれば服を着ていない小人が作業してた洞窟で、服と食べ物をあげたら、その日を境に姿を消したという。

 現地の人には『Schrazel Lochシュラセルロッフォ』(小さい妖精や小人の穴)と呼ばれていたとか。

 南米には巨大な絶滅動物が作った洞窟が数千あり、この洞窟は象ぐらいの大きさの巨大生物が作った物らしい。

 ただ、『エルドシュタール』は人工的な道具の跡があり、やっぱり、エルフとかが作った穴だとラルフ・スノーデンは考察していた。


「……iwai、noroi、iwai、noroi、iwai」


 洞窟の奥から高く低い不思議な声のような音が聴こえてくる。

 ラルフ・スノーデンが日本人ならば、意味が分かったかもしれない。

 祝いの旧字体は『いわい』であるが、「神の祭壇の前で祝詞のりとの入った箱を持った人」を表すという。

 つまり、神官であるが、『祈る人』という意味にもなる。

 ただ、祈ると言っても、幸運を祈る場合と、悪事を祈る場合があり、後者の時は『のろい』となる。

 転じて『のろい』という字が生まれた。

 そう、最初から『いわい』には『のろい』の意味も含まれている。

 それは、ちょっとしたバランスによって、どちらにも転ずる物であった。


 それを何となく感じ取ったのか、ラルフは慌てて、未知の卵を抱えて洞窟を登って地上に出ようとした。

 しかし、洞窟の奥から光の小人が彼を追ってきた。

 それはエルフのようであり、ノームのようであり、ゴブリンにも似ていた。

 いずるようにして、狭い洞窟の入り口を出ると、ラルフはすんでの所で光の小人たちの追撃をかわした。

 それは偶然の産物だったのだが、光の小人たちは視力を持たなかったのか、息をひそめたラルフの存在を素通りした。


「……iwai、noroi、iwai、noroi、iwai」


 光の小人たちは『いわい』と『のろい』の言葉を交互に発して、その反響によって、行く先を決めているようだった。

 少なくともラルフはそう感じた。

 彼は白いヘッドライト付きのヘルメットに、派手なオレンジ色の上下ツナギの作業服を着ていたが、視力があれば、光の小人は明確に反応するはずである。

 おそらく、光の小人たちはこの世界ではなく、常世とこよ、ニライカナイ、あるいは、異世界の存在であり、この世界の生物であるラルフとは位相がずれていて、存在そのものを認識できない確率が高かった。

 だが、一部、異世界の存在である未知の卵を抱えてるせいで、ラルフには光の小人たちが視えているようだった。

 部分的に波動、周波数が一致してるために起こった奇跡のような瞬間である。

 ならば、未知の卵を認識できるはずだが、量子力学のシュレーディンガーの猫のように、未知の卵は位相を常に転換しながら、万華鏡のように七色の光を点滅しながら存在していた。

 確率論的に、常に位相が決定されないので、この世界にも、光の小人たちの存在する異世界にも『存在しない物』として存在していた。


「……iwai、noroi、iwai、noroi、iwai」

 

 『エルドシュタール』の洞窟から光の小人たちが次々とあふれるように出現して来て、天へと昇っていく。

 空は晴天で、それは次第に、光の奔流ほんりゅうのような、天の川の星のように空に広がっていった。

 ラルフが知っている『エルドシュタール』の洞窟のそこかしこ、おそらく、数百の洞窟から一斉に、光の小人たちの群れ、光の奔流ほんりゅう、光の龍が天へ昇っていくような光景が現れていた。

 後に、多くの人々がこの超常的な現象を目撃したという証言が無数に報告されるのだが、その人々はいずれも、その日、未知の卵を拾って抱えていたという。

 この現象の後半は昼夜が反転して、夜空に光の小人たちの群れ、光の奔流ほんりゅう、光の龍が天へ昇っていくような光景を見たという報告が多くあった。

 ラルフは地面に座ってあぐらを組んで、夜空に展開された、その幻想的な光景を見上げながら、温かく、脈打つような未知の卵を大事そうに抱えて、次第に恍惚こうこつとしていた。

 ラルフにとって、それは呪いではなく、祝いであり、『エルドシュタール』の祝福のように思えた。

 呪いと祝いの位相を決めるのは、ラルフの意識であり解釈であり、それは祈りでもあった。

 光の小人たち、エルフたちは消えたのではなく、ほんの少し周波数、位相がずれて見えなくなっていただけだった。

 いつかまた、『エルドシュタール』の祝福に出会える日を祈りながら、ラルフは次第に消えゆく未知の卵を惜しみながら、少し涙を流した。

 未知の卵は跡形もなく消え去ってしまった。

 彼の両手にはその温かさだけがほんのりと残っていた。

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