四辻之悪魔小噺
@hsn_scapegoat
勉強ばかりの半生だった。
東大の試験は落ちた、なので京大に入った。
高校時代遊び回っていた友人とも言えない同級生は音楽をやり女にもモテて人生を楽しんでいた。
かたや自分は人と会話するやり方ももう忘れた。
なので狭い寮に入るとずっとそこに閉じこもっていた。
模試、レポート、試験、淡々とこなした。
サークルなどには見向きもしなかった。
そこでギターに出会ってしまう。
きっかけはこうだ。
四条河原町だったか三条烏丸だったか、妖怪のような男が現れて「ギターを弾かないか?」と声を掛けられた。
クロスロードの悪魔という伝説があるが、京の通りは全部そっくり四辻でそれ以外ないのだ。
「誰にでも声をかけるわけじゃねえ、だがお前にだったら」
「今はAIの時代でしょ、音楽なんて全部機械が作るよ」
「そうかもな」言いながら、弦をかき鳴らすその音が、心に響いた。
コンピュータでミリ秒単位で合わせても全然足りない、いや波形全部をコントロールしたってこの音は出ない。
「ちょっとやってみてもいいか、な」
にやり、と妖怪。いや、にたあと笑っていた。
「そのギターをくれるのか?」
「馬鹿野郎、そりゃ自分で買いやがれ」
「なんだよ」
「でも、そうだな。これだけくれてやるよ」
ホロの構造色で虹色に輝くピックだけをくれた。
ギターを買った。授業には出なくなった。妖怪から貰ったピックはよく鳴るが、ズルをしている気になるので普段は使わずに飾っておき、安売りの大量生産のものを使い潰していった。
時の止まったような六畳間でひたすらピックを振るった。
時折物足りなくなって歯で弾いてみたりもした。
譜面を買い漁り、音源をダウンロードし、ヘッドフォンで参考に聞く。あの妖怪には及ばない、この程度ならきっと自分にだって出来る、そう思いはするのだが現実には。
ため息しか出ない。
とにかく技術を強化した。
どんな譜面も、タブ譜でもコード譜でも五線譜でも頭の中で換算出来る。
そんなのはただ自分の知能が優秀なだけで、上手く弾こうとしたら全く手が動かない。
その神経回路を反復練習で刻み込む作業、腕を身につけるのはただ苦しいだけ、面倒くさいだけで、一つも楽しくなんかない。受験勉強の日々を思い出す。夢中で方程式を覚えた。あのサインやらコサインはこのギターの音色にも実は繋がっている。
何度も失敗して、手を血まみれにしながらひたすら練習を続ける。その度に下手くそな自分に打ちのめされる。
感情を込めて弾くのか感情を込めるような振る舞いをするのか感情を叩きつけるのか。それで音は変わるのか。
苦しそうな悲痛な顔をしてメジャーコードを鳴らしたり、にこにこ笑顔でマイナーコードを弾くときに、実は音が濁るのか。
厳密にチューニングを決めて、平均律より曲のコードに合わせ純正律に近づくようにベンド出来るか。不協和音も倍率スケールを変えれば協和音となるのか。
各種テクニックの最善は期待値からどれだけ離れるのか、無限に発散するのか収束するか。
その時天変地異が起こったようで、少しだけ違う並行世界の六畳間が全て繋がった。
キューブという映画のパクりみたいに上下左右全部同じ六畳間だ。まあ練習には関係ない。
食糧確保のため仕方なしに別の六畳間を探索したら、他のさまざまな人生をエンジョイしている別の自分が住む部屋だった。
何故か必ず皆出かけているようで、直接は会わない。
サークル活動に精を出したり、女と同棲したり、新興宗教にはまっていたり、本当によくやるものだ。願わくば、勉強の出来る奴は社会の役に立つ事をやって欲しいもんだ。
マルチ詐欺に手を出して儲けている自分の六畳間から金を盗み、ひたすら勉学に励んで貧乏している自分にプレゼントするくらいのことはしてやった。
まあ下らねえと、大抵は食糧だけ手にしたら、ひたすらギターをかき鳴らす。誰にも文句は言われないのが最高だ。
何十年かをそうやって六畳間の中で過ごした。そしてとうとう。
掴めた、真髄を極めたと思った。
「これだ!」と言った時、
「下手な音聞かせてんじゃねえよ」
六畳間の向こうから自分がやってくる。
「ふざけるな、お前に何が分かる」
「貸してみろ、これはこうやって弾くんだよ」
惹かれた。
あの妖怪の音と同じだ、軽く撫でるようにしただけなのに心の中にまで響いて来やがる。
頂点に至ったと思っていたのに、全くそんなことはなかった。
「ちょっと忘れ物を取りに来たんだ」
と先から来た自分は言った。
「お前は先に進め、どうせ一緒の事だからな」
曖昧に頷いて、ひたすら先に進む。考えても仕方ない事は不要な事、今大事なのは唯一つ。
あの音がどうして出せないんだ。
タイミングか、入力が強いのか、はじく速度が違うのか、角度は、優しく、きつく、無心に、心を込めて、組み合わせは膨大にある。
それを網羅的に試すのでは時間が無限にあっても足りない、NP困難の問題だ。
当たりをつけて、違いを聞き分けて、脳内リストのチェックを付ける。これは近いがまだまだ遠い。
時間は進んでいる、失敗を後悔していては次に間に合わない。
どうすれば?
次はもっとこうしてみよう。
いずれ辿り着いたのは前から来たギター男の自分が住んでいた六畳間だったらしい。譜面が散らばっている。
「ああ、この曲だな」
何度も練習した好きな曲だ。
そこでその曲を、思うままに弾くと何かが起こり、並行六畳間世界の結合が解かれた。
何かに合格を貰えたのだろうか。
それでもあの時の音に、まだ少しも届いてなどいないのに。
大学は中退しようと決めた。
道で弾いても箱で弾いても金になるかなんて、分からない。
その辺のCDよりはマシな音は出せるつもりだが、それが世の中に求められてなどいるだろうか?
今の世の中に必死で練習した果てのこのギターを聴いてくれる観衆など存在するのだろうか?
その部屋はもとの部屋と殆どが一緒で、探すとあのピックだけがなかった。
それでも、そんなものはもう構わない。世界の頂点を目指すために今から、俺はこの部屋を出るのだ。
ギターケースを背負って、男はドアを開けた。
するとそこにいた隣の京都人、能面のような顔で「ギター上手にならはりましたなあ」
四辻之悪魔小噺 @hsn_scapegoat
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