第2話 スタッフォード伯爵家

 

【光と闇のアポクリファ】ではプレイヤーは一番最初にチュートリアル戦がある。ウィンドウから読める暦と照らし合わせると今から3日後だ。チュートリアル戦はこのゲームの基本操作を覚える為の簡単なもので、プレイヤー側はダメージを受けてもHPは1で止まり尽きることはなく、負ける事は絶対にない。そのチュートリアルの敵の大将が【スタッフォード領】の令息【ロラン・スタッフォード】だった。チュートリアル戦の後、第1話でもう一度ロランと戦うがこの戦いで勝利するとプレイヤーのブラン王国側はノアール帝国スタッフォード領を獲得する。


 (私はそのプレイヤーに負ける領地の伯爵令嬢に生まれ変わったのね…でも…)


 目の前の自分のステータスを隅々まで確認する。どうやらステータスポイントは百合香のプレイヤーキャラ、【とろろコンブ】と全く同じ…カンスト状態である。アポクリファ内でプレイヤーと天使、堕天使が使える【権能】と呼ばれているスキル関連も全て揃っている。いやむしろ自分の知らない権能が増えている。【薔薇輝石の雫】【運命の輪】この2つだが効能の説明がないので何の権能が全くわからない。


 (時間がないわ!)


 そもそも百合香はこの【エリザベス・スタッフォード】と言うキャラに全く覚えがない。メインキャラでも無く、モブキャラでもない。即ち『ゲームには登場しなかった』キャラだと言う事だ。そんなキャラクターで戦う事など出来るのだろうか。そもそも令嬢では戦場に出る事すら出来ないのではないだろうか。


「今日はこの薄桃色のドレスに致しましょうか?」


 メイドが可愛らしいドレスをこちらに見せるように掲げる。エリザベスはまた自分のスキルの事を思い出す。パッシブスキルはともかく数々のアクティブスキルはどうやって使うのだろうと考える。今は目の前のメイドに【至高の瞳】を使いたいと思った。【至高の瞳】は相手のステータスを見るアナライズの権能である。


 (あ!)


 ステータスウィンドウがポップアップされる。この子の名前は【エミリア】と言うらしい。ステータスポイントがかなり低い。…と、言う事は非戦闘員なのだろう。アクティブスキルはどうやら心に思い描くだけで使うことが出来るようだ。


「そうね、エミリア。お願いするわ」


 百合香…エリザベスはエミリアにドレスを着せてもらい、鏡の前に座らされ化粧とヘアスタイルをセットされる。


「今日は一段とお美しいです!お嬢様!」


 目を開くと鏡の中には光り輝く金髪に白い肌、整った顔の美人が目を丸くしていた。その瞳は光の加減で蒼にも紅にも見える。


 (こんな鉱石見たことあるわ。…そうだ、アレキサンドライトね。と言うかこれが私!?信じられない!)


 鉱石や宝石は好きで集めていたけどアレキサンドライトは高価過ぎて持ってはいなかった。百合香…もといエリザベスは何回か瞬きしたり手を動かしててみる。やはりこの【エリザベス】は自分なのだ。


「ダイニングルームに朝食のご用意は出来ておりますが如何なさいますか?いつも通りこちらにお運びしましょうか?」


 (いつも通り?この子はいつも1人で食事を?)


 謎だらけの今は少しでも情報を得ておきたいと思い、エリザベスは首を横に振る。


「いいえ、皆と一緒に朝食を。構わないわよね?」


「は、はい!もちろんです。では皆様に待って頂くように知らせて来ますね」


 驚いたエミリアは頭を下げると部屋を出ていく。エリザベスはため息をつき目を閉じると心の中でスキル名を唱える。


 (鷹の目!)


 【鷹の目】は戦場で辺りの地形やユニットを確認するスキルである。エリザベスの脳内にこの【スタッフォード邸】の俯瞰からの様子が浮かんだ。とりあえずは邸内で迷子になる事は避けられそうだ。


 (ダイニングルームは…ここね)


 目標を見つけ新しい取引先に乗り込むかの如く覚悟を決めたエリザベスは颯爽と階下にあるダイニングルームに向かう。途中で出会ったメイドや使用人達が驚き慌てて頭を下げた。


「お嬢様!」


 前方から初老の紳士が早足で歩いてくる。着ているものと物腰から恐らくこの屋敷の執事だろう。エリザベスが素早く【至高の瞳】でステータスチェックをすると彼の名前は『アルフレッド』と言うらしい。やはりこの屋敷の執事である。


「ご無理をなさらなくても大丈夫ですよ。旦那様とロラン様にはちゃんとご理解を頂いていますから!」


 エリザベスは心配そうな顔で気遣うアルフレッドに微笑む。しかし何故そこまで気遣う理由があるのだろうか。1人で食事を摂っていた事と関係があるのだろうか。


「大丈夫よ、アルフレッド。心配しないで」


 戸惑うアルフレッドの横を通り過ぎ、ダイニングルームに入ると長いテーブルの中央に中年の男性、その右手に【ロラン・スタッフォード】がいた。


「おはようございます、お父様、お兄様」


 ステータスを見るまでもなく、中央はスタッフォード伯爵であろう。エリザベスに挨拶をされた2人も使用人達と同じく何故かかなり驚いている。エリザベスは何事も無かったかのようにアルフレッドが引いた椅子に腰をかけた。


「あ、ああ。エリザベス、今日は身体の方は大丈夫なのか?」


 スタッフォード伯爵の言葉からしてエリザベスは病人だったのだろうか。今の自分のステータスでは伺い知れない。この身体はどんな魔法も状態異常も受け付けないパッシブスキル【全能の水盤】と言う権能があるので常人以上に健康体なのだ。


「今日は…少し元気でしたのでお二人とご一緒しようと思いまして」


 コチラをじっと見ているロランの方に微笑むついでにステータスを見る。相変わらずの弱キャラステータスにエリザベスの微笑みが捗る。…が、そのステータスがチュートリアル戦のものではなく再戦する第1話のものである事に気が付いた。


(どう言う事なの…再戦の時は負けた悔しさからレベリングして来たと思っていたけど…チュートリアル戦の前からこの数値って…)


 取り分けられた鶏肉にナイフを入れながらエリザベスはハッとする。


(チュートリアル戦は影武者!?)


 確かにチュートリアル戦の大将、【ロラン・スタッフォード】は第1話では兜を脱いでいたがチュートリアル戦では兜を被り顔は見えてはいない。そもそも何故1話での大将がスタッフォード伯爵では無くロランだったのだろう。エリザベスの存在と同じくゲームでは語られない、創られていない何かがこの世界にはあるに違いない。


「ところでロラン、今日の狩りの準備は出来ているのか?」


 スタッフォード伯爵がロランに尋ねる。ロランは胸を張り答える。


「もちろんです、父上。この日の為に入念に準備致しましたから手ぶらで帰る事はないでしょう」


 貴族の狩猟は野生の獲物ではなく予め捕らえている獲物を解き放ち、それを狩る。領主が直参するのであればそれはそれは念入りに準備したのであろう。


「エリザベスも見に来ると良い。叔母のボナペティート夫人や娘達も来るそうだ」


「それなら尚更行けないよなぁ、エリザベス」


 スタッフォード伯爵の言葉にエリザベスの方を向き馬鹿にしたような態度でロランが遮る。叔母とその娘…エリザベスの従姉妹と言う事だが何故行くことが出来ないのかわからない。ただ、ロランが威圧的な視線を送って来る事から行かない方が良いのだろう。それに、2人の留守の間に調べたい事が山程ある。


「すみません、お父様。せっかくお誘い頂きましたが今だそこまで回復しておりませんので…叔母様達には宜しくお伝え下さい」


 エリザベスはそう言うとナイフとフォークを置き、ナプキンで口元を拭う。


(病人ならあまり食べない方がいいわね…名残惜しいけど)


「お父様とお兄様の成果を楽しみに屋敷でお待ちしていますわ」


 エリザベスはそう言うと立ち上がり自室に戻る事にする。


(エリザベスの書棚で地図やこの領地の歴史書を探そう)


 「エリザベス!」


 2階への階段を上がろうとした時、追いかけてきたらしいロランが近づいて来た。何だか嫌な予感がしてエリザベスは身構えた。




―つづく―

 

 

 

 

 

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