教室移動の特権
しずか
出会い、そして開いた距離
「名前、なんていうの?」
春の風がすっと足元を通り抜けた。散り積もった桜の花びらが、もう一度宙に舞った。
私はその声にぱっと振り向く。
「わ、私?」
彼女は無表情のままこくりと頷いた。それを見たら、頬の力がふっと抜けて勝手に笑みがこぼれた。
「私、美緒っていいます」
風が止んだ。花びらが、地面の上にそっと降りた。
−−あの日から、もうすぐ三年が経つ。
私は冷たい廊下に出ると、教室の窓にもたれ、自分の黒のクロックスのつま先を見つめた。霜月の半ばの空気は冷たく澄んでいて、乾燥してひりつく肌に染みた。
「おまたせ」
視界の端に、かわいいチャーム付きのクロックスが現れると、私は顔を上げる。
「ううん」
私は首を振り、彼女と並んで歩き出した。窓の外の空は、ぼんやりとした薄灰色の雲に覆われていた。
「なんか、雨降りそうだね」
「そうだね……」
最初にそう言葉を交わしたきり、私達は無言のまま歩みを進める。気まずさを持て余し、私は左手の指に体育館シューズが入った袋の長い紐を巻き付けながら歩いた。
高校に入学して、彼女と知り合ってから三年。
私は紐を解いて、赤く跡のついた指を見ながらぼんやりと考えた。この三年間で私が得たもの。怠け癖と、劣等感と、穴だらけの知識。そして、今隣を歩く彼女。
「あかりー」
通り過ぎた教室の前で、誰かが大きな声で彼女を呼んだ。振り向くと、派手な雰囲気の女の子たちが手を振っていた。
「おー」
わざと、とりすました表情で手を振り返す彼女。鼓膜を突き破るような、高くてけたたましい笑い声と、ふざけた黄色い歓声がいくつも上がった。
「あかり、人気者すぎー」
彼女の高い位置で結んだポニーテールが、笑うたびに左右に揺れた。
この三年間で彼女が得たもの。忍耐力、コミュ力、真面目にコツコツと勉強を重ねた結果の膨大な知識。そして、たくさんの友達。
同じ場所から始まったはずだった。
今、肩が触れそうな距離にいる彼女。でも私は、間に先の見えない長い階段があるのを見てしまった。
教室移動の特権 しずか @mikoto_hukaya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。教室移動の特権の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます