プルキンエサイダー

ばけ

プルキンエサイダー

 歩いてる。たくさんの背の高い木に挟まれたアスファルトは涼しげで、どこか寂しささえ感じた。だけど、静かなようでいて確かなざわめきがあって、私を一人にはさせてくれなかった。

 平日の昼下がり。人が少なくて、風が気持ちいい頃。夕方にしても良かったんだけど、夕日が出てくるとなんだか早く帰らなきゃって気持ちになるから、まだ空が青いこの時間帯が気分的にはちょうど良かった。

 今日はこの間の文化祭の振替休日だから、平日だけど休みだった。クラスメイトたちは、きっとこの休日を活かして遊びに行ったりしてるんだろうから、その行動力を純粋に尊敬する。私はというと、普段の土日と変わらず家でゴロゴロしてた訳なんだけど、なんだかもったいない気がして外に出てみることにした。散歩なんてめったにしないけど、ただ歩くだけでも「何も出来なかった日」を回避できる感じがしたから、たまにならやってもいいかなって思った。

 そう。最近の私は休日を、「何も出来なかった日」、いや、「何もしなかった日」として消化してしまうようになった。時間が無いわけじゃないし、むしろ退屈してさえいるのに、なんだか何に対しても意欲がわかなくなってきてしまったんだ。まあ、それには心当たりがあって。

 中学の頃のあいつだ。あれは二年生の時かな。初めて同じクラスになったあいつは、数少ない、“仲のいい男友達”っていう存在だったと思う。席が近くて話す機会が多かったのもあるけど、それよりも、自分と同じ雰囲気を持ってたから、心を開くのに時間はかからなかった。

 「給食のあとの国語つれぇー」「寝たらチクるよ」

そんなたわいもない会話ばかりだったけど、どうでもいい内容でも、今でも案外覚えてたりする。

 しかしまあ、あいつは気ままなやつで、学校には来たい時にしか来ないし、来てもその大体が遅刻だった。だらしなくて、自由で、わがままで。だけどやっぱり嫌いにはなれなかった。

 あるときあいつと二人で帰ることになった。予め約束してた訳じゃなくて、その場の流れでだったかな。中学生っていう思春期に男女が二人で帰るのは目立つと思ったけど、ちょうど周りに誰もいなかったし、あいつも特に気にしてる様子はなかったから、私も純粋にその時間を楽しむことにした。

 ちょうど、今私が散歩してるルートがその時のものだった。木陰の道を抜けたここは、いわゆる住宅街で、特に面白みがない。狭くも広くもない道ばかり。辺りを見渡しても、家に、電柱に、標識に。そんなものばかり繰り返される、くだらない景色。あの時の私たちの会話はというと、「今日校長の生え際がやばかった」とか、「体育の井上の顔面にボールぶつけて逃げた」とかで、それもまたくだらないものだった。だけど、涙が出るぐらい笑った。こんな時間がずっと続けばいいのにって、そう思った。そうして歩いてると、目に入ってきたのは、古びたブロック塀のそばの、二台の青色の自販機だった。校則で買い食いが禁止されてるから、当たり前に私はそのまま通り過ぎようとした。だけど、あいつが立ち止まった。

 「どうしたの」「いや、俺喉乾いたから」

相変わらず自由なやつだった。

 「うわ。いけないんだー、校則知ってるでしょ?」

あいつにそういうのが通じないのはわかってたけど、それこそ、この場面を誰かに見られたらまずいなって思ったから、私はやらないぞという意思だけは見せておいた。

 「お前も飲めば?ほら、同じの買お」「えー?」

私はその提案に、正直わくわくしながらあいつの指さす飲み物に目をやった。

 “激すっぱサイダー”

「いやなにこれ」「これ飲んで反応したら負けな」

見るからに酸っぱそうな黄色い缶。私は、酸っぱいのが苦手だし、買い食いにも抵抗あるし、断ろうかと思ったけど、あいつの楽しそうな顔が嬉しくてつい乗ってしまった。

 「まっっっず。すっっぱ」「おえー」

案の定、私たちは見事にそのサイダーの開発者が理想としてるだろう反応をした。

 まあ結局、その場面は誰にも見られることはなかったから、余計に二人だけの秘密みたいな感じがして。その時の自販機の青色がやけに頭に残ってる。

 「こんなに覚えてるの、私だけなのかなー」

私はあのときの歩幅で住宅街を進みながら、そう小さく呟いた。あいつはその日を境に、学校にまるっきり来なくなったんだ。別におかしなことじゃなかった。もとから学校に来る日のほうが少なかったし、あいつにとって、学校に通うことっていうのは重要じゃなかったみたいだ。でも私は違った。いつしかあいつの存在が、学校に行きたいと思わせる要素になってたからだ。当然進路のこともあるし、あいつがいなくたって毎日学校に通ってただろうけど、きっとなんの刺激もない、つまらない日々だったと思う。

 私は退屈してる。そのまま中学を卒業して、特に立派な夢もなく、地元の無難な高校に進学した今も、ずっと心にぽっかりと穴が空いたような感覚でいる。別にあいつがいなくなって寂しいだとか、そういう訳じゃない。あいつであるかどうかは重要じゃないんだ。ただ面白いことが無くなっただけ。だけど、この退屈を抱えながら残りの人生を生きていくのかと思ったら、なんだか急に不安が押し寄せてきた。

 いつからこんなに心が弱くなってしまったんだろう。昔の私は今と変わらず、夢もなければ、これといった趣味もなかったはずなのに、こんなに満たされない感覚になったことはなかった。私はなんだか涙が出そうになって、道端で立ち止まった。外で泣くなんてありえない。そう思って一度深呼吸をしようと空を見上げたら、もうだいぶ日が傾いてきてた。

 「どれぐらい歩いてたんだろ…」

一度考え事を始めると、時間を忘れてしまうのが私のよくない癖だった。

 「帰るか」

そう呟いて、前を向き直そうとしたとき、視界に青いものが入る。

 二台の、青い自販機。

 「……」

私は、つくづく自分の運の悪さというか、間の悪さみたいなものを感じた。あいつのことを忘れたくはなかったけど、気分が沈んでる今、強引に思い出させられるのは嫌だった。だけど見つけてしまった以上、無視するわけにもいかないと思って、歩みは自然にその自販機へと向かってた。上の段から順に目で追ってく。二段目へと差し掛かった時、その一番右に、あった。

 “激すっぱサイダー”

その懐かしい文字を見て、思わず笑ってしまう。

 「…誰も飲まないでしょ、これ」

あれから三年ぐらい経つのに、ずっとそこを陣取るサイダーを褒めてやりたい。私は財布を取り出し、慣れた手つきでボタンを押した。ガコンと降りてくるそれは、あのときと同じ、目が痛くなるぐらいの黄色。私は覚悟を決めて、タブを起こす。プシュッという音を立てたあと、躊躇いなくそれを飲んだ。

 「おえー……。やっぱりまず…」

罰ゲームを目的とした飲み物としては完璧な味だった。この世の酸っぱいものを全部詰め込んだような、小学生の夢みたいな味だけど、サイダーだからか、どこか爽快感があって、意外と気分転換になりそうな気がした。私はしばらく自販機の横のブロック塀に背中を預けて、また考え事を始めながらサイダーを飲み続けた。

 優しい風が、前髪をふわっと上げる。私は道の向こう側の公園をぼーっと眺めた。この先どうしよう。このまま平凡で退屈な日々を送り続けるのはもうやめようと、そう思い始めてた。それも、ちょっとだけ、サイダーの刺激のおかげかもしれない。進学先も、やっぱり自分のレベルにあった、無難な大学を選んで勉強してるけど、これから少しずつ、何か趣味や夢を見つけられたらいいなって思った。目的が出来れば、きっと生きるのも楽しくなる。そんな風に、前向きな気持ちになってきたところで、あいつのことがまた頭に浮かんだ。

 「今何してんのかな」

あいつのことだから、多分高校にもいかずに、適当に生きてるんだろうな。でも、どこかでちゃんと生きてるならそれでいいやって、そう思った。なのに。

 『これ飲んで反応したら負けな』

あいつの声が、頭の中で流れる。楽しそうで、にやついてて。

 「……無理だよ」

私はあのときのあいつの言葉に返事をするように呟きながら、頬を涙で濡らした。静かに、静かに泣き続けた。私って、こんなに泣けるんだなあって思った。そっと目元を拭う右手が震えていて、自分がいかに弱くてちっぽけな存在かが分かった。でも、そろそろ家に帰らないと。このぐらいの時間になると、だんだん学生たちが帰ってくる。そんなときにいつまでも自販機の横で泣いてたら、サイダーよりもつめた〜い視線を集めることになる。恥をかく前にもう帰ろう。そう思って、空き缶になったそれをゴミ箱に捨てた。未練がましくいるのは私らしくないから、余計なもの全部置いてくつもりで捨てた。

 再び始めた歩みはもうあの時の歩幅じゃない。でも、あいつがくれたあの時間は、ちゃんと大事に胸の中にある。もう今後会うことは無いだろうけど、切ない思い出にするのはもったいないなって思うから、もし会えたら何を話そうかなとか、そういう楽しい妄想をしていよう。そうしたら、もしかしたら、きっと。

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