第3話 ジョニーvsチャンピオン


(まさかアウトから行かれるとは。流石はF2チャンプや)

 こんな奴がF1行けなかったのが不思議なくらいや、と、順位を落とした渡瀬純一が驚くと同時に感心する。こいつは並の相手ではない。


『純一、冷静になれよ。有利なのは変わらないぞ』

「大丈夫や、まだ7周ある」


 今度は青いWRXを前に見て、再び渡瀬は思考を構築する。


 WRXはかなり飛ばしている。速さはあるとはいえ、向こうは使い古したハードタイヤだ。しかしこっちは新しいソフトタイヤ。これから力を発揮するはずだ。


 何周にもわたって、渡瀬のカローラは、少し距離を空けてWRXの動きを観察する。WRXは落ち着いた挙動でコーナーをクリアしていく。時折マシンを左右に振り、ラインのかく乱を試みるが、WRXは動じる様子が無い。

(流石やな、全く乱れん。大したもんや)


 一方のWRXジョニーは、つかず離れずの距離を保つ後方のカローラに不安感を感じる。

(本格的に仕掛けてくる感じはしない。見張られている感じで気味が悪い)


 数周前の歓喜が落ち着き、『Knockout 6』のチームスタッフたちもモニターにくぎ付け状態になっている。カローラは、チャンピオンはいつ仕掛けてくるか。それとももう目いっぱいなのか。

『”Copy that. Johnny, keep your head down. Don't overcook it.”(ジョニー、油断はするなよ。無理はするな)』

「Copy(分かってるよ)」


 そういうジョニーの声は、どこか苛立っているようにも感じる。

 チームスタッフも徐々に先ほどの喜びから再び険しい面持ちになっている。

 ――


『さあ残り3周です。カローラの渡瀬、どこで仕掛けるか』

『渡瀬の方がソフトタイヤですから条件では有利です。しかしジョニーはハードタイヤで良くここまで来ましたねぇ。驚異的なペースですよ』

 解説を務めるモータージャーナリスト・田宮修二たみや しゅうじが感嘆したような声を漏らす。


『去年のF2チャンプ、ジョニー山田。その実力を日本でも発揮しています! しかし相手は去年の王者・渡瀬純一。そう簡単な相手ではありません!』

『ジョニーの方がタイヤがタレてきますから、最後まで気は抜けませんね』

 興奮気味の潮田正治しおた まさはるアナウンサーに対して、田宮が冷静にまとめる。


 WRXに付かず離れずの距離を保つカローラ。同じ光景をもう何周も見せられている。観客、視聴者、実況席、両チームのスタッフが、一秒も見逃せない戦いに釘付けになる。


 そしてラスト2周に入ったころ。事態が動く。


『あっと、ここでWRXがアンダーステアだ!』

(Shit!)

 ジョニーは毒づく。肝心なところでアンダーが出てしまった。一コーナーに入ったWRXの右フロントから白煙。インをかすめたつもりの一コーナーのラインが、ずるずるとアウトに膨らむ。ここに来てタイヤが限界に来ている。

 チャンピオンの目がきらりと光る。この瞬間を見逃さずにマシンに鞭を入れ、一気に差を詰めていく。

 素早くシフトダウン、無理にステアを右に曲げずにクルマを流しながら、ブレーキとアクセルで体勢を整える。膨らみかけた左タイヤがダートに迫る。カウンターを切らず、アクセルをじわじわと踏みながら、コーナー立ち上がりを待つ。

 ジョニーの素早いリカバーで何とか順位は保ったが、カローラのカーナンバー『1』がWRXの背後に付ける。


『見事なリカバーです!』

『でもこれは次の周で渡瀬チャンスですよ!』

『さあ、千載一遇のチャンス! 渡瀬のカローラが差を詰めます!』


 危なかった。ふうっとジョニーは息を吐くが、最早フロントタイヤのグリップが効かない。ここまでの酷使が祟っている。ミラーには大きくなったカローラの姿。ジョニーは再び気を取り直して前を向く。

 インフィールドセクションになり、S字、ダンロップ、テグナー、ヘアピンと、渡瀬のカローラがこれまで以上にプレッシャーをかけてくる。


『渡瀬はこの瞬間を待ってたんでしょうねぇ』

 ここまで静かに後ろに付いていたのは、相手のミスを待っていたから。ベテランの彼らしい着実かつ粘り強い戦法である。


 何とかジョニーも苦手なインフィールドセクションを凌ぎつつ西ストレートに入る。

 トップスピードでWRXが引き離しかけるが、渡瀬のカローラも食らいつく。

『さあ、渡瀬がぴたり後ろに付きました!』


 130R。先ほどとは逆に、今度は渡瀬のカローラがアウトにマシンを振る。

 パワー任せに振り切ろうとするWRXだったが、アクセル全開のカローラがなおも並びかける。

 両者アクセル全開横並びで130Rをクリアし、シケインへ。

 その時、渡瀬のカローラはフロントタイヤをロックさせるかさせないかの絶妙なペダルワークで、凄まじいレイトブレーキング。この時のためにタイヤの余力を残しておいたのだ。


「行ったぁぁぁぁ! チャンピオン渡瀬、ラスト1周でトップを取り返しましたぁ!」


 新人ジョニー、万事休す。まさにチャンピオンの鮮やかな逆転勝ちである。


 ――


『“Last lap, Johnny. Focus. Keep it on track until the flag.”(ファイナルラップだぞ、ジョニー。最後まで気を抜くなよ)』

「"I know, I know. You don't need to tell me." (言われなくても分かってるさ。)」


 武信家アドバイザーの激に、ジョニーが沈んだ様子で返す。


『"Calm down, Johnny. P3 is safe. We’ve got the podium." (ジョニー、落ち着けよ。ポディウムは確実なんだからな)』

「"Gap to Car 1?"( 1号車とのギャップは何秒だ?)」

『"Six-point-two."(6,2秒だ。)』

「Sorry... that mistake earlier cost us.(すまない……さっきのミスが無ければ)」

「"Forget it. You’ve driven a hell of a race. Just don't overdo it now." (気にするな、お前は良いレースをしたよ。でも無理はするな)」


 沈み切ったジョニーを、武が宥める。

「"No way I'm settling for P2. I’m staying on it."( 僕が2位で満足するわけないだろ?ペースは下げないよ)」

『"Copy, but don't bin it! Second is one thing, a DNF is another!"( 了解。だがくれぐれも無理はするなよ?2位とリタイアじゃ泣くに泣けないぞ!)』

「"Honey would kill me if I crashed out."( リタイアなんかしたらハニーに大目玉だからね)」

『"Haha, that’s more like it. Bring it home."( ハハ、お前らしいや。壊さずにクルマを持って帰ってくれ)』



 今度は武が苦笑いしながら受け流す。気持ちは何とか切り替わったようだ。


 最終コーナーをクリアして、ホームストレッチに入る。チェッカーフラッグが振られる中、ブルーのウェアを着たスタッフが大勢で手を振っている。

 ジョニーは最後、アクセル全開でボクサーサウンドをかき鳴らした。


『渡瀬純一、トップチェッカー! 昨年王者の意地を見せてくれました!』


『そして惜しくも最後に抜かれましたが、スバルWRXのジョニー山田が2位表彰台! スバルに初の表彰台をプレゼントしました!』


 ――

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