銀灰の約束

奈落

出会い 第1話

追い出された。これで三度目だ。

実家から嫁に出され、嫁ぎ先に追い出され…帰ってきたはずの実家から、追い出され…そして今に至る。


「よくものうのうと帰ってこられたものね、この恩知らず!」


「当然のことよ!まさかお姉様があの御子息に好かれるはずがないもの!」


「せっかく嫁がせてやったのにこの様とは。お前は、もはやこの家の者ではない。……出てゆきなさい。」


家族から冷たい言葉を浴びさせられたにも関わらず、私は重荷をようやく下せた気分がした。

ーーー追い出された身のはずの少女は、何故か幸せだった。


時は大正の初め。

文明開化の波がこの地にも押し寄せ、電灯がともる夜道を、少女がひとり歩いていた。

絹の裾が石畳をかすめ、遠くからは蒸気車の音が聞こえる。


どれほどの時間歩いていたのだろうか。ここはどこなのだろうか__。


地元では物珍しかった洋風の建物がずらりと並んでいる。


「なんと人の多い街なの……目が回りそうだわ。」


建物の影に少し腰掛け、携帯していた水を飲む

「ふぅ……やっと家を出て自由になれたというのに、もう道に迷ってしまうなんて。お先真っ暗だわ。」


「その大きな荷物…家を出てきたのか?」


「え…?」


見るとそこには端正な顔立ちの青年が立っていた。随分と高級そうな服を身にまとっている。──燕尾服に山高帽、時折覗く銀の懐中時計が、彼がただ者でないことを物語っていた。


「失礼ですが、どちら様で…?」


「おっと…心外だな。僕はこの界隈では名の知れた者と思っていたのだけど。」


「ええと……すみません。私は村から出てまいりましたので、この辺りのことは何も存じ上げず…。」


「そう…。……じゃあ、“西園寺家”という名は耳にしたことがあるかい?」


「……!?知っています、まさか、そちらの御子息で……!」


「しーっ。声をお落として。気づいてもらえるのは嬉しいけれど、今は人目を避けているんだ。」


「も、申し訳ございません...! 続けてご迷惑をおかけしてしまって……!」


「構わないよ、気にしないで。ところで、君の名は?」


「申し遅れました。私は藤原美世と申します。」


「僕は西園寺銀。ところで……美世、良い名だね。そんな名をつける親御さんが娘を追い出すなんて。」


「追い出されてしまったのは全て私のせいなのです。お母様のことも…お父様も…今ここに私がいるのも…。」


言いながら自然と涙がこぼれ出る。

拭いきれない辛い過去が、走馬灯のように美世の頭に流れ込んでくる。


「…何があったのか、初対面の僕でよければ聞かせてくれないかい?話せば少しは心が軽くなるかもしれない。」


「話せば長くなるのですが……良いですか?」


「ああ、構わないよ。……生憎僕は暇を持て余した良家の溢れ物だからね。それに君は…」


細々とした声で銀は言った。


「すみません、今何と?」


「良いんだ。どうぞ。」


「ええ。私は村でも評判の呉服屋の生まれでした。藤原堂…恐らくこの街にも卸していると思われます。私はそこの長女として生まれたのですが、私を産んだ時にはもう母親は既に体が弱かったらしく。……私が十になった頃、母親は重い病になりました…結核です。」


「結核?!不治の病と言われているあの病か?」


「ええ、そうです。それなのに私は……母親の“大丈夫”という言葉を信じ込み、外に連れ出してしまったのです。桜の花を見せてあげたく…とても暖かい小春日和でした。その日…車椅子に乗っていた母親は私の目を離した隙に土手から川へ落ちてしまったのです。」


「…しかし、それは幼心ゆえだろう?」


「ええ。しかし私の責任である事に変わりはありません。その日から私への周囲の態度は一変しました。温厚だった父親は人が変わったように暴力的になりました……あんなにお母様を愛していたのにあっという間に再婚してしまいました。それで…あの狂気的な義妹と義母を…」


泣きじゃくりながら言う美世の背中をさすりながら、銀は唇を噛み締めていた。


「お義母さんと義妹さんは……思い出したくないだろうが、具体的にはどのような…」


「…私は義母たちが来てからは使用人として働いていました。」


「なんと…実の家族である父親が、それを決定したというのか?」


「はい。全て、父の選択ですから。」


「何ともありえないことだな…。正気の沙汰ではない。」


「…私への父親の怒りはひしひしとあらゆるところで感じました。食事は質素で最低限でしたし、派手な化粧や着物を着ることさえ憚られました。しかも、義母と義妹は血の繋がりもないのに新しい獲物を見つけた獣かのように嬉々として私をいじめました。」


あまりの酷さに銀は言葉を失う。

(こんな仕打ちを受けていたなんて…やはり、美世は…。)


「そして…街でも評判の悪い侯爵家へ嫁がされ、そこでも…父親たちから私のことを聞いていたのでしょう、散々な扱いでした。役立たずと罵られ追い出され…そして実家に戻りましたが、到底家へ入れてもらえるはずもなく。それで…こうして街に出てきたのです。」



美世の目から涙がこぼれ出た。

義母と義妹が家へ初めて来た時のことを思い出す。




「美世、こっちへ来なさい。こちらが再婚相手の璃架、そしてお前の妹になる璃瑠だ。」


「お、お初お目にかかります、美世と申します。」


「まぁ礼儀正しい!そんなに畏まらなくて良いのよ?私達は家族になるんだから。ねえ?紗世。」


「そうよお姉様!よろしくね?」


思わず2人の勢いに気圧される。


「私のことは気軽に“お母様”と呼んでくれて良いわ。」


「お母様…」


「前のお母様のことは残念だったわね。でも、早く忘れなさい、この家に“母”は二人もいらないでしょう?」


(ああ…この人は…)


もう思い出したくもないのに、消えない。

記憶とはなんと無慈悲なものか。




「美世。君、僕と復讐をしないか?」


「え?」


「実は…僕も僕で色々とあって家族への恨みが強くてね。君の話も相まって、気持ちが固まった。…どうだろうか。まだ、流石にご家族への愛のほうが勝るかい?」


「…一度考える時間を頂いても良いでしょうか。」


「ああ、良いとも。もし僕に協力してくれるのなら、その際は権力を行使してでも君に協力させてもらうつもりだよ。…もっとも、権力というのは、使い方を誤れば毒にもなるけれどね。」


銀の声は、風に溶けて消えた。

美世には、その一言は届かなかった。


「ありがとうございます…」


「ああそうだ。」


銀が懐から何やら小さな紙片を取り出した。


「もし、君の心が決まったらこの紙に書いてある場所に来てくれ。」


「あの、ここって…?」


「ここは西園寺家の元邸宅。今僕はここに住んでいるから。」


「…分かりました。あの、私のような田舎者の話を時間を割いて聞いていただきありがとうございました。」


「なんてことない。一人でいる君が、悲しそうな顔をしていたから。…君とまた会えることを楽しみにしているよ。」


「ええ、ではまた、、」




別れた後、美世はひとり、すっかり日の暮れた道を歩いていた。



「西園寺…多分あのときの銀くん…よね。また会えるだなんて。…でも、あんなに昔のことだもの、きっとあちらは覚えていないわね。」


(それにしても復讐…か。考えてもみなかったわ。)


「今まで、頑張って耐えてきたんだもの。少しくらい、思い切ってみるのも良いかもしれないわね。」


口にした途端、重かった荷物が心なしか軽くなったような、そんな気がした。



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