親友を失うとき

@suigyoku_create

親友を失うとき

高校3年生の冬、小学校のときの親友と、帰りの駅で再会した。小学生のときは少し太っていた彼だが、いまは筋骨隆々で、一目で体を鍛えているのがわかるほどだった。


「久しぶりだね」


「マジで久しぶりだ」


そう会話を交わしたとき、彼の耳朶に何かが光るのに気がついた。


「ピアス開けたの?」


「ああ。受験も終わったし。いいだろ」


「いいね。こっちはまだ受験終わってなくてさ。志望校受かるかずっと不安なんだよねー」


「〇〇(私の名前)なら大丈夫だろ。受かるって」


相変わらず気のいい奴だと思った。二人横並びで改札を出る。


「あ。お母さんの車だ。迎え来てる」


「そうか。じゃあ〇〇のお母さんに挨拶しないとな」


私は驚いた。車で迎えに来た友達の親に挨拶など、私なら考えもしなかったからだ。


彼は私の母に挨拶し、私に別れを言ってから駐輪場へと消えていった。どうやら自転車で帰るようだ。




帰りの車中、彼について考えた。


幼いころの面影はある。性格の根本の部分も変わっていない。だが、記憶の中の彼は筋肉質ではない。ピアスも開けていない。快活な態度で私の母に挨拶をすることもない。


彼は、記憶の中の彼とは決定的に異なっていた。たった数年見ないうちに、彼は私の知らない人になっていたのだ。


このとき、ああ、私は親友を失ったのだと気づいた。彼は私の知らない人だから、親友ではない。たとえ旧友であっても決して親友ではない。大げさかもしれないが、確かにそう思った。


それは悲しいことではないが、寂しいことだった。




私はこの人生であと何回、親友を失うだろうか。いまの親友を失わないために、できることは何だろうか。


きっと、私にできるのは彼らを知り続けることだ

けだ。定期的に彼らと会い、他愛もない会話をして、記憶の中の彼らをアップデートし続ける。


そうすれば彼らが「知らない人」になることはない。


幸いにも、中学以降の親友とはコンスタントに連絡を取りあっている。これを続けている限り、私がこれ以上言いようのない寂しさに包まれることはない。




逆に、「知らない人」を「親友」に戻すことはできるだろうか。もしかしたら、どこかで腰を据えて、昔のように親しく語らうことで「親友」を取り戻せるかもしれない。


小学校のメンバーとは、成人式で再開することになるだろう。当時の学級委員長だった私は、成人式のタイミングで同窓会を開くよう任されている。


同窓会のときに、「親友」である彼を取り戻せるよう努力してみよう。やってみる価値はあるはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

親友を失うとき @suigyoku_create

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画