超スーパーショック、大ショック~小学校にあがった年~

なかむら恵美

第1話







わたしが幼児期の終わり。 

「来春から、この子も小学校へあがりますの。早いですわねぇ、おっ、ほっ、ほっ」の年齢であった頃。

日本は、凄い事になっていた。


「上野動物園に、パンダが初めて来日」

「あさま山荘事件」

「第一次石油ショック」

他にも色々あるけれど、煮詰める所の3点セット。

「パンダ云々」は、喜び。

「~事件」は、」は、テレビ中継を毎日、見た。

「石油ショック」は子供心に、どうなっちゃうだろうと心配だった。

家の中が、毎日毎日、トイレットペーパーだらけになってゆくのだ。小さな収納戸棚にさえ、それがある。ぎゅうぎゅうに詰められてもいて、一寸、怖くもあった。

時々、今でも当時の狂気に満ちた、トレぺ争奪戦。買い占め風景がテレビで放映されている。

が、同時に(しめしめ、えへへ)

段々と事情が分かってゆく内に、期待するようにもなる。

6歳ぐらいであったわたしは、毎日、毎日、願っていたのだ。

(この状況が続きますように、続きますように)

(石油が全くなくなって、学校に行かないで、いいようになりますように)

小学校に入学する、かなり前。

幼稚園児だった9月か、10月頃には思うようになっていました。

何故って?

余り小学校に、いいイメージを持っていなかったから。


入学する予定の小学校が、鬱蒼としている。

校門が広くて、森みたいな木々がうじゃうじゃと繁ってて。 てっぺんに、かろうじて体育館だったかな?の、屋根が見える。

(あそこに行くの?通わなくっちゃあならないの?ヤダわぁ)

先生も、何だか怖そうだし。

知らない大人でしょ?先生って。

知らない大人がいっぱいいるような所になんか、ゆきたくない。

真面目に悩んだ。

どうにかならないものだろうか?学校へゆかずに済む方法はないものだろうか?


そこに、ジャストタイミング!渡りに舟とやって来たのが、コレ。のちに第一次と言われる<石油ショック>だ。

紙の類いが石油から出来る事は、知っていた。


紙がなくなる→教科書・ノートが作れない→ノートがないから勉強ができない→勉強しても、仕方がない→学校行っても仕方がないから、学校へ行かなくてもいい。


(やったぁっ!)

図式が、瞬時に頭の中で駆け廻る。

やったぁ!ブラボーッ!るんるんるんのわが世の春!

我ながら鋭い。素晴らしいです、思考力。って、バカ?


ランドセルが届き、机も届き。お正月が明け、2月が過ぎ。

卒園式も行ったというのに、未だ、石油を巡って、だらだらしている。

国の偉い人たちが、ああだ、こうだと言い合っている。 

(やったぁっ!)

このままゆけばなるのでは?わたしの願いは叶えられる。

余りのもの喜びに、胸がドキドキしました。が、見事に裏切られてしまった。

3月の中頃だったと思いますけど、回避されたのだ。


 がぁ~ん!


一挙に逆転されてしまってしまって、大ショック。超スーパーショック、激しく衝撃を受けた出来事だ。

一生モノの、ショックである。

かくして、四月。ゲンナリしながら、小学校の門をくぐった。



○裏切らる 時代に何故(なぜ)何故(なぜ) 子は問うも

                    回避す事態に 泣き潜(くぐ)る門

                        <短歌 なかむら>


                                  <了>


               

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