ミックスベリーパイの謎を解け

やまさき

Q.

 線路の摩擦音。キキィーという誰かの金切り声のような音で、俺は瞼を開けた。

 突然列車が停車した。やや遅れて、どんっと誰かに押されたみたいに身体が大きく傾く。長い乗車時間。うつらうつらしていた俺の目を覚させるには充分だった。久方ぶりの長い眠りだったかもしれない、解放感が格別だ。俺は正面を一瞥、次いで真後ろを振り返る。向かいの窓にも、背後の窓にも駅はなかった。


「急ブレーキ、失礼いたしました」

 車窓から、ぽつんとした田園風景が目に映った。遠くには錆びたバス停が。遠くの山肌には開拓された集落があり、色とりどりの屋根が並んでいた。

 

 俺は欠伸を噛み殺し、感慨にふける。美しい光景だ。ああ、この景色。明日もし死ぬのなら、三途の川を渡る前にもう一度拝みたい眺めであった。電車が止まらなければ、変わり映えのしない田舎の景色など見過ごしていたに違いない。

「みな……にお知らせします。犠牲者は、熊……さんで…………」

 だだっ広い、がらんどうの空間に機械音声が鳴り渡る。途中でノイズが走ったものの、状況は把握できた。

 

 そうか、熊さんか。

 俺はすんなり納得した。このド田舎では鹿さんとの衝突事故はよくあることだ。熊さんとの接触も不思議ではない。1時間に3本程度しか走らない電車の遅延など、普通に考えたら致命的だ。だが乗客は穏やかでいることが多い。いちいち驚かないし、腹も立てないのだ。


 俺は立ち上がり、まずは伸びをした。 

 長時間の移動で首は凝っているし、尾骶骨は痛みを通り越して感覚がなくなっている。おまけの乗客は俺ひとりだ。話し相手もいない。隣の車両なんてものはなく、ワンマンどころか1両編成である。

 俺は、肺に溜めた息を吐き出すかのように勢いよく座り、腕と脚を組み直す。冷房のせいだろうか、身体が冷えきっていた。


 困ったものだ。熊さんは、俺と運転手を四角い空間2人きりにしてしまった。

 すると突然、場にそぐわぬ機械音声が耳に入ってきた。

 

「とある中年男性が、『俺たち、ミックスベリーパイを作った仲じゃないか!』と言いました。この台詞が出てくる状況を補完してください」

 

 俺は呆気にとられ、 

「いきなりなんだ」

「なお、質問は、『はい』『いいえ』で回答できるよう、ご協力のほどお願いします」

「おい、こっちに聞こえるぞ。マイク入れっぱなしじゃないのか?」

『はい』

 自覚はあるのか。

『はい』

 俺は顔を歪め、舌打ちする。心を読まれている。これはどういうことだ。熊さんとぶつかるよりも意味が分からない。

「退屈しのぎのつもりか」

『いいえ』

「お前は他にやることあるだろう」

『いいえ。私は私のやるべきことを遂行しています』

「それは何だ。言ってみろ」

「恐れ入りますが、『はい』か『いいえ』で答えられるご質問でお願いします」

「熊さんの処理をせず、運転再開の準備もせず、ただ俺にクイズを出すのがお前の仕事か」

 俺は声を荒らげ糾弾する。狭い室内かと思うほど、野太い声がわんと耳管に反響した。

『はい』

 俺は脚を組み直し、深いため息をついた。怒り通り越して呆れるが、手持ち無沙汰な俺は付き合うほかない。目が冴えてしまっているので、寝るよりも暇潰しにはなるだろう。


 俺は、出された問題を頭の中で反芻する。

 今ある情報は、【中年男性が、「俺たち、ミックスベリーパイを作った仲じゃないか!」と言った】こと。


 これではどんな状況かさっぱり分からない。知るかよ。俺は今にも投げ出したくなった。背もたれに一層深く沈み込み、天に向かい問う。

「そいつら、喧嘩してるだけじゃないのか」

『いいえ』

「なら、楽しんでた」

『いいえ』

「悲しんでたのか」

「恐れ入りますが、『はい』か『いいえ』で答えられる質問でお願いします」

「はぁっ!? 答えられるだろう! この質問では答えられないのか」

 理不尽さに、俺は思わず声を張り上げる。

『はい。貴方のおっしゃる、“そいつらの関係性”ではお答えできません』

「……中年男性は悲しんでいたのか」

『はい』

 なら最初からそう言ってほしいものだ。俺はもう、思考を放棄したくて仕方なかった。

「中年男性は人間か」 

「恐れ入りますが、『はい』か『いいえ』で――」

「発言した中年男性は人間か!」

『はい』

 なんて面倒くさい。文脈で分かるというのに。

『いいえ』

「あ"ーー、」

 俺は苛立ち後頭部をかきむしる。黒髪に混ざり、白髪がスーツの上にパサりと落ちた。もうそんな年か、と、ほんの少しの物悲しさが憤りを上書きした。


 気持ちを入れかえるように顔を上げ、  

「これは漫画やアニメの話か」

『いいえ。創作の話ではありません』

「現実の話なんだな」

『はい』

「ミックスベリーパイを作った相手は妻か」

『いいえ』

「言い方の問題ではないんだな」

『はい』

「じゃあ、相手は2人の子どもか」

「恐れ入りますが――」

『中年男性と妻の子どもか』

『いいえ』

 どうやら、誤解を生む表現だと答えてくれない仕様になっているらしい。今の質問だと、子どもが2人いるのか、2人が育てている子どもなのか判別しづらかったのだろう。

「相手は中年男性の恋人か」

『いいえ』

「離婚するとかそういう話か」

『いいえ』

 とすると、別の考えは……。


「ああ、友人だったのか」

『はい』

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