僕は愛されていない

@straight_mb

2026.01.05 23:15:30

2026年1月5日。オフィスビルの窓から見える夜景は、仕事始めを早々に終わらせたサラリーマンたちの浮かれた空気を含んで白く霞んでいる。


マウスをクリックする音が静まり返ったフロアに響いた。

「……よし、これで終わりか」

真壁は凝り固まった肩を回し、液晶画面の右下に目をやった。23:15:30。日付が変わるまで、あと1時間もない。


今日は、僕の36回目の誕生日だ。


スマートフォンの通知画面を確認する。入っているのは、ニュースアプリの速報と、Amazonからの配送完了通知、母親からの「健康に気をつけてね」という味気ないLINEだけだった。

インスタを開けば、同年代の友人たちが家族で初詣に行く写真や、お洒落なレストランでの夕食をアップしている。それらから逃げるように、真壁は画面を伏せた。


「お疲れ様です、真壁さん。まだ残ってたんですか?」


不意に背後から声をかけられ、真壁の肩が跳ねた。振り返ると、そこにはマフラーを巻いたコート姿の佐伯が立っていた。新プロジェクトのチームメンバーであり、8歳年下の部下だ。


「ああ、佐伯さん。お疲れ様。……忘れ物?」

「ええ、イヤホンを。真壁さん、まだいるんですか?仕事始めですよ?」


佐伯は屈託のない笑顔で、真壁のデスクのパーソナルスペースにすっと入り込んできた。ふわりと、冷たい外気と甘い香水の匂いが混じって鼻をくすぐる。


「これ、帰り道で買ってきたんです。真壁さん、好きそうですよね」


彼女が差し出したのは、コンビニのホットカフェラテだった。しかも、真壁がいつも無意識に選んでいるメーカーのものだ。


「えっ……あ、ありがとう」

「真壁さんが倒れちゃったら、私たちが困りますから。じゃ、おやすみなさい!」


彼女はひらひらと手を振り、軽やかな足取りでエレベーターへと消えていった。

残された真壁の手の中には、まだ温かい紙コップ。

独身、36歳。誰からも祝われない誕生日。自分という人間は、社会という大きな歯車の一部でしかないと自覚していたはずだった。

(……好きそうですよね、か)

彼女の無邪気な言葉が、冷え切った心に小さな波紋を広げる。

そんなはずはない、これはただの社交辞令だ。そう自分に言い聞かせながらも、真壁はカフェラテを一口飲み、少しだけ甘すぎるその味に、どうしようもない期待を抱いてしまうのだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


仕事始めなのに、真壁さんは今日も一人で残業している。新プロジェクトのリーダーになってから、あるいはその前から、彼が抱え込んでいるのは誰の目にも明らかだった。忘れ物を取りに戻ったついでに、コンビニで彼がいつも飲んでいるカフェラテを買う。「これ好きそうですよね」と渡すと、彼はひどく驚いた顔をした。

(あ、今日誕生日だったんだ。お祝い、これだけで良かったかな?)

少し赤くなった彼の顔を見て、明日からもっとサポートしようと心に決めた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


仕事始めの日だというのに、オフィスの灯りが一つ点いている。真壁だ。

彼は実に扱いやすい。36歳、独身、趣味らしい趣味もない。仕事を与えれば与えるほど、孤独を埋めるように食いついてくる。

今回の新プロジェクトも、彼をリーダーに据えておけば間違いないだろう。責任感という名の枷(かせ)をはめておけば、私はゴルフの予定をキャンセルせずに済む。

「真壁、期待しているよ」

心にもない言葉をかけながら、私は彼が自分のためにすり減っていく様子を、暗闇の中で満足げに眺めていた。

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