-10℃の熱
瑞ノ星
-10℃の熱
「ねえ、もう戻らない?」
私は双子の弟、スイレンに話しかける。
一六歳になったばかりの私達には、この雪山は厳しかった。それでも、雪山に消えた父を探して進む。私達には、もう父しかいない。吹雪いてくるとは思っていたけど、こんなに早く道に迷うなんて思っていなかった。
「大丈夫だよツバキ、父さんはこの先にいるから。」
スイレンはニット帽を深くかぶりすぎて、目元がよく見えていない。なのに、足が遅い私の代わりに先導して歩く。今思えば、そのせいで道に迷ったのかも知れない。
「…しょうがないなぁ。」
私はニット帽を正してあげた。スイレンは笑っている。
私達は雪山を甘く見ていた。父は少し登ってテントを張ると言っていたから、白い雪山なら緑色のテントは目立つし、すぐ見つかると思っていた。でも、いくら登っても見つからない。スイレンは少し、頭が悪かった。地図も見ずに進んでいた。それについていく私も、相当な阿呆だと思う。
吹雪が強くなる。
私達は寒さに凍え、手を繋いで歩くことにした。
「ツ、バキ、まだ行ける?」
「行ける、けど、もう帰ろうよ。」
「でもまだ父さんに、会えてないからさ、もうちょっと、頑張ろうよ。」
「…しょうが、ないなぁ。」
唇が震える。言葉が詰まる。段々と足がもつれてくる。それでも歩むことはやめなかった。思考能力が、温度とともに下がっていくのを感じる。私達は低体温症になりかけている。
まだ歩く。
歩く。
ふらつく足を無理に動かして、私は転んだ。スイレンは笑って、手を差し伸べてくれた。手を取って、歩き始める。私達は淋しいんだ。母を病気で亡くして、父だけが私達を導いてくれていたから。悲しい。悲しくて、涙があふれる。スイレンも泣いていた。
「さみ、しいね。ツバキ。」
「ね。さみしい、ね。」
寒い。温かさを求めて、スイレンの手を握る。冷たい。
そういえば、ライターがあった。古い店で購入したライター。私が持っていたんだった。この吹雪の中でも、火が付くかは分からなかったけど、胸ポケットからライターを取り出した。スイレンも温かさを求めていたようで、私が取り出したライターを物欲しそうに眺めていた。
「それ、父さんに、渡すやつ…。」
「うん…でも、ちょっとだけなら、使っても、いいでしょ。」
私達は立ち止まって、座った。雪がズボンに染み込んで、冷たさに震えが止まらなくなる。急いでライターをつけようとするけど、つかない。
つかない。
つかない。
指先がかじかんで、つかない。
「ツ、バキのドジ!ぼ、僕に、貸して!」
スイレンの方がよっぽど震えている。
ああ、そんな状態じゃきっと私と同じだよ。
ああほら、やっぱりつかない。
「ねぇ、もういいよ。眠くなって、きちゃった。」
私は抗えない眠気に襲われた。スイレンの声が遠くに聞こえる。お父さんの声が聞こえる。ああ、お父さん、やっと見つけてくれたんだね…。
…。
スイレンの叫び声で目が覚める。
どれだけの時間が経っていたんだろう。私達の周りに、雪が積もっていた。二人揃って、つかないライターを手に眠ってしまっていたんだろうか。スイレンの方が早く目覚めたらしい。
「ツバキ、歩こう。歩かなきゃ、行かな、きゃ。」
私は何も考えずスイレンについていった。私達は、何のために雪山に登ったんだろう。
歩く。
ただ、歩く。
「ほら、ちょっと大丈夫になった。」
「ほんとだ、スイレン、震えが止まってる。」
「ツバキも。な、大丈夫だよ、父さんは見つかる。」
「そういえば探してたっけね。」
会話をしているようで、会話をしていない。
私達の意識は、体温とともに下がっている。
もっと歩かないと、体温を上げないと。
あれ。
「ねえ、暑くない?」
「何言ってんの、ツバキ。」
「暑いんだってば、スイレンもそうでしょ。」
「そんなの、僕だって暑いよ。」
手袋を外す。冷たさが気持ちいい。
チャックを下ろす。服の隙間に、一気に風が入り込む。
コートを脱ぐ。身が軽くなる。
服を脱いで、お互い肌着だけになった。
その勢いのまま、手を繋いで、雪に倒れ込んだ。
「あつい、あついよ…ツバキ。」
「雪がきもちいね、スイレン。」
私は沸騰するような暑さを、雪に体を押し付けて冷やそうとした。
それでも、暑い。
暑い。
あつい。
雪に潜り込む。狭いところへ、埋まる。
「ツバキ、もっと深いとこに行けば、涼しいよ。」
「分かってるよ、だから、雪を掘ってる。」
冷たい。どこまでも白い。
私の上に、白い雪が積もる。
ああ、冷たい…。
…。
スイレンの声が、遠くに聞こえる。
「ツバキ…ツバキ…?」
「あは、やっと、やっとしねる…。」
「僕もすぐ、そっちに行くからね…。」
___。
私達の父は戻らなかった。
救助隊も父を見つけられなかった。
私達の目的は、
父を探すことだけではなかった。
-10℃の熱 瑞ノ星 @mizunose_k
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