第2話 内臓の模造品とハートフルなストーリーの導入のようなもの

 ひょんなことからちょっと騒がしくてトラブルメーカーだけど明るくて優しくて可愛いマスコット的な動物やら妖精やらと友達になって、ドタバタしながらも楽しい日々が訪れる。


 女児向けアニメならそんなストーリーは王道だと思う。もちろん私もそういった類いの話に夢中になって、いつかこんな友達ができたらな、なんて夢見ていた頃もあった。


 今思えば私に起こった状況も、そんなハートフルなストーリーの導入と似たようなものだったのかもしれない。


 もちろん、目の前に蠢いているものがどう見ても内臓なことを除いては、というただし書きがつくのだけれども。


 シャワーからヒーリングミュージックが流れる居間兼寝室に戻っても、内臓の模造品は相変わらず隅のほうでもぞもぞとしていた。言いようのない脱力感は覚えたけれども不思議と恐怖はもう感じなかった。きっと意思の疎通が取れる可能性を見いだせていたからだろう。


「ひとまず状況を整理したいから、質問に答えてもらっていい? はいなら床を一回、いいえなら二回叩いて」


 映画やら小説やらで使い古された提案をすると何かでこぼこしたもの、後になって調べたらどうも膵臓らしいことが分かった部分が床を一度叩いた。


「言葉は通じるかんじだよね?」


 床が一度叩かれる。


「なんか私に危害を加えたりする?」


 今度は二度。


「じゃあ、危害を加える以外の用があって私に会いに来た?」


 少し間を開けて二度。


「なら、ここに来たのは偶然?」


 また少し間を開けて一度。


「用がないならすぐに出ていくかんじ?」


 間髪を入れず二度。


「えーと、しばらくここに居たいのかな?」


 大きめな音を立てて一度。

 同時に深いため息が漏れた。

 

「特に用もないのにふらっと家に忍び込んだあげく、しばらく家においてほしいと言われましても……というよりもどうやって入ったの?」


 思わず「はい」「いいえ」で答えられない質問が口をついて出た。内臓の模造品はしばらく動きを止めた後、ベランダに続くガラス戸に這いだした。そして、なんだか長い部位を持ち上げて鍵を指した。


「え、鍵開いてた?」


 膵臓がまた一度床を叩く。言われてみると二三日前、不意に夜風に当たりたくなってベランダに出ていた。その後に鍵を閉めたかは今でも定かではない。


 近寄って確かめると、長い部分が指し示す鍵のつまみは持ち上げられていた。


「……ひょっとして、部屋に入ったあとに戸締まりしてくれた、とか?」


 間髪入れず床が一度叩かれる。


 俄には信じられなかったけれどつまみには濡れて乾いたような跡があった。内臓の模造品は相変わらず何やらぬめりを帯びている。

 

 四階の部屋とはいえ現に訳の分からないものが侵入しているのだから、人間だってその気になれば同じようなことはできたのだろう。鏡台の引き出しには色々な物を削って得た全財産を預けた口座の通帳がしまってあった。もちろん、家具の量販店で買ったものだから鍵なんてものはついていない。


 もしもやってきたのが悪意のない内臓の模造品ではなく、悪意のあるに人間だったとしたら。


「とりあえず睡眠の邪魔さえしなければ、気が済むまでここに居てもいいよ」


 我ながらどうかしていたとは思う。それでも、全財産を危険から救ってくれた相手にはそれなりに礼を尽くそうとも思った。それに、嘘か本当かは分からなかったけれども危害を加える気がないと答えていたのだから。


 内臓の模造品は膵臓のようなものをもたげながら足元をくるくると回りだした。ひとまず喜んでいるということは分かった。その様子を見ているうちにほんの僅かだけ残っていた恐怖感も完全に消え失せた。


 と、同時にとてつもない空腹に襲われた。

 その日は納品作業の他にも色々とあって昼食を取り損ねていたから、気が緩んだらそうなるのは当然だろう。


「私はこれから夕飯にするけど、内臓の模造品はお腹空いてる?」


 少しの間を置いて、膵臓のようなものが弱々しく床を一度叩いた。その様子はなんだか遠慮しているようにも見えた。もしくはキッチンが荒らされている様子もなかったことを考えると、前日から何も食べていなかったため空腹で弱っていたのかもしれない。どちらにしても、夕飯を共にするにはちょうどいい相手だということは確かだった。


 とは言っても、内臓のような物がなにを食べるのか、見当はまったくつかなかった。


 よくよく見ると胃のようなものは有ったけれども、歯らしきものは全く見当たらない。直感的に固形物を与えるのは可愛そうだと感じた。


 それでもその日は、ゼリータイプの栄養食やレトルトのおかゆやスポーツドリンク等の風邪のときにお世話になるタイプの食料を切らしていた。


 ある物と言えば缶のレモンサワーとカップ麺と乾き物がいくつかと……、昼に食べ損ねたブロックタイプの栄養食。カップ麺よりはブロックタイプの栄養食のほうが体にいいし、なにより素手でもかなり細かく砕けるはずだと思った。


「えーとブロックタイプの栄養食、チョコ味のやつでよければ今から砕くけど、それでいいかな?」


 膵臓のようなものはゆっくりと床を一度叩いた。


「分かった。じゃあ、少しだけ待ってて」


 私は鞄からブロックタイプの栄養食を取り出しテーブルの上へ置いた。見慣れた黄色い箱に拳を振り下ろすと昼食を食べ損ねた経緯がありありと頭に蘇った。


 リモートでの納品作業を終え一息ついたところで昼休みの時間になった。幸いにも大きなトラブルはなく食事と仮眠が取れる。そんな甘い考えは同期の言葉ですぐに消え去った。


「坂口さん、ごめん。お客さんから電話なんだけどどうしようか?」


 当時務めていた部署では昼休み中には電話を取り次がないというルールがあった。それなのに彼女は保留ボタンも押さずにそんなことを言い出したのだ。


 しまった、と言いたげな顔をしていたから悪気があったというわけではなかったのだろう。それでも、居留守を使える状況ではないことは明白だった。


 仕方なく電話を引き継ぎ、申し訳なさそうに頭を下げて昼食へ向かう同期を見送りながら感情的にまくし立てられるトラブルをメモして即対応することとなった。


 幸いにも昼休みをフルに使ってこちらのシステムが原因ではないないと突き止め納得していただくことはでき、何か少しでも胃に入れておこうとブロックタイプの栄養食に手を伸ばした。


「坂口! 昼休みは終わっただろ!?」


 そんなところで上司が昼食から帰ってきた。


 事情を説明すると、昼休みにクレーム対応するな、だの、少しは同期を見習って仕事と休み時間のメリハリをつけろ、だのとまくし立てられ昼食どころではなくなってしまった。その間、同期はただうつむき気味にパソコンのモニターを眺めているだけだったことを今でもはっきりと覚えている。


 確かに上司が言っていることはもっともだし、私だって昼休みは休みたかった。かといって私以外の誰かが悪かったと、いうわけではないのだろうだけれども。


「……?」


 そんなこんなで思考が面倒くさい方向に渦を巻きだしたさなか、右腕にほのかな温かさを感じた。


 気がつくとなにやら古いタイプの洗濯機についている排水ホースのような物が右腕に巻き付いていた。


 それと、見慣れた黄色の箱が「ひしゃげる」という単語のこれ以上ない見本というような有様になっていた。ためしに指で押してみると、厚紙の下にほんの少し塊が残っている感触があった。


「ああ。あと少しだからもうちょっとだけ待ってね……ん?」


 更に拳を振り下ろそうとすると腕の締め付けが強まった。


「ひょっとして、これで充分なかんじ?」


 膵臓のようなものはゆっくりと床を一度打った。それと同時に右手にわずかな痛みを感じた。今思えば内臓の模造品なりに、これ以上痛い思いをしないように、などと気にかけてくれていたのだろう。


 そう考えると、幼い頃夢見ていた女児向けアニメの王道ストーリーと同じようなハートフルな境遇に身を置くことになった、と言っても過言ではなかったのかもしれない。


 相手はどう見ても内臓なかんじのなにかだったし、その後の諸々を思い出せばハートフルなかんじばかりではなかったのだけれども。


「そう。じゃあお皿と水持ってくるから」


 ともかく、そういった次第で私は右腕から排水ホースのような部分を外してキッチンへ向かったのだった。

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内臓の模造品 鯨井イルカ @TanakaYoshio

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