中年冒険者、心配される
鍋の中で、果物が静かに煮えている。
赤紫の皮はすっかり色を落とし、湯気と一緒に甘い匂いを吐き出していた。
アメリアは木べらで鍋をかき混ぜ、時々中を覗き込む。
まだ少し硬いらしく、眉を寄せた。
「……もう少し、ですね」
「急ぐもんじゃねぇだろ」
ハンスは椅子に腰をかけ、壁に背を預けたまま言う。
腕を組み、目は半分ほど閉じている。
果物は、昨日――いや、もう少し前だったか。
市場でアメリアが見つけて、面白そうだと言ったやつだ。
ハンスは名前も詳しいことも言わなかった。ただ、
「昔、食ったことがあるのさ」
それだけで、籠に入れた。
「……ハンス」
アメリアが、鍋から目を離さずに言った。
「私、考えてたんです」
「ほう」
「冒険者になったら、もっと稼げるかなって」
ハンスは目を開け、天井を見たまま鼻を鳴らす。
「急にどうした?」
「だって……」
アメリアは木べらを止め、少しだけこちらを振り返る。
「ハンス、いつも質素なものばかりでしょう。
だから、私が稼げたら、もっと良いもの――」
「余計な心配ってもんよ」
被せるように、短く言った。
アメリアは言葉を止める。
少し驚いた顔で、ハンスを見る。
「……でも」
ハンスは視線を天井から下ろし、ようやく彼女を見る。
「腹は減る。眠くもなる。
それで十分だろ」
「……」
「食いもんで背伸びする必要ぁねぇ」
言い切ってから、少しだけ間を置く。
「それにだ」
椅子から立ち上がり、鍋の横に来る。
湯気の向こうで、果物を一瞥した。
「今の飯に、不満はねぇ」
アメリアは口を開きかけて、閉じた。
少し唇を噛む。
「……私が、そうしたいんです」
その声は小さかったが、はっきりしていた。
「ハンスに、もっと良いもの食べさせたくて」
ハンスは一瞬だけ黙った。
それから、頭をぽり、と掻く。
「困ったこと考えるねぇ」
「困らせてますか?」
「まあな」
それだけ言って、鍋から離れ、また椅子に戻る。
「冒険者ってのはな」
少し間を置いてから、続けた。
「稼げるかどうかより、帰ってこれるかどうかだ」
アメリアは黙って聞いている。
「お前が考えてるほど、割に合う仕事じゃねぇ」
「……」
「それでも行くってんなら、止めねぇが」
ハンスは目を細める。
「理由が“食いもん”ってのは、安すぎる」
アメリアは小さく息を吸った。
「……はい」
その返事に、ハンスはそれ以上何も言わなかった。
しばらくして、アメリアが声を上げる。
「あ、できました」
果物はすっかり柔らかくなり、スプーンで簡単に崩れる。
小皿に盛られ、ほんの少し甘味料が振られた。
「どうぞ」
ハンスは皿を受け取り、一口食べる。
「……ああ」
それだけ。
「どうですか?」
「ちゃんとしてる」
それ以上の感想は言わない。
アメリアはそれでも、少し安心したように笑った。
「また作ってもいいですか?」
「好きにしな」
「……はい」
二人で皿を片付ける。
特別な会話はない。
それでも、部屋に流れる空気は、どこか落ち着いていた。
ハンスは椅子に腰を下ろし、ぼそっと言う。
「無理はすんな」
アメリアは一瞬驚いて、すぐに頷いた。
「……はい」
それで話は終わった。
それ以上、踏み込むことも、説明することもなかった。
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