初日の出と彼女の横顔

金木犀

初日の出と彼女の横顔


「加藤くん、レタス頼んだよ」


「はい、わかりました!」


「まだ時間早いから2玉よろしくね」


「うげー、行ってきまーす」


 10月の半ばから急激に寒くなってきたので、氷水でのレタスの仕込みは正直やりたくない。


 何のことかって?


 今僕は、最大手ではないハンバーガーショップで、バイトに勤しんでいるところだ。


 そして高校生男子の僕には、バックヤードでの重量物の移動と調理が担当になっている。

 フロアは可愛い女の子か、優しい雰囲気の主婦バイトの方が客ウケするからね。

 

 その中でも、寒い時期に地味に辛いのがレタスの仕込みなんだ。パリッとさせたままにするには、氷水に浸しながら手で芯を抜き取り、バーガーサイズにむしり取る必要があるんだよ……



「店長すいませーん、時間なので上がります!」


「もうそんな時間か、おつかれ加藤くん」


「あー、いいなカトッチ」


「和田さん、あと2時間ですよ。それといい加減カトッチはやめてくださいね」


 今日は土曜日なので、昼間のシフトに入っているんだ。帰宅部の僕は、平日の夕方がメインなんだけどね。


「じゃあ、ショウちゃん? でも最近じゃ、名前呼びしただけで、セクハラになっちゃうんでしょ?」


「翔くんなら良いですよ。キレイなお姉さんに言われても、セクハラなんて言わないですから」


「あら、子持ちのアラサーに、お姉さんなんてお上手ね。ショウくんは気遣いできるから、モテるんじゃない? 顔も可愛いし」


「残念ながら、彼女いない歴が年齢と同じですよ。それではおつかれさま!」


 最後に「それならうちの娘はどう?」とか言ってきたけど、あなたの娘って未就学児だろ……


 まぁこんな感じで、楽しい職場なのは良いことなんだけどね。



 -----


 

 何故僕がアルバイトに勤しんでいるかといえば、目標があるからだ。

 唯一にして最大の趣味、それにはとてもお金が掛かるんだ。


 キュルキュルキュルキュル


 ヴィーン…… ブロロロロロ……


 現在高校2年の僕だけど、1年の途中で普通二輪の免許を取得した。

 幸いなことに、両親とも若い頃に乗っていたので、反対はされなかったけど……


 ……教習所代は自分でバイトしなさい


 ……任意保険も自分で稼ぐか原付2種だな


 との約束? をさせられたので、成績を維持しながらバイトを頑張っているんだ。


 原付2種なら家の車の保険で済む…… ファミリーバイク特約って本当に有り難い。

 ちなみに原付1種は30km制限とか、かえって危ないからお許しは出ないんだよ……


 そんな僕の愛車は黒色のスズキGN125、知っている人は知っている、ギア付きのレトロなバイクだ。

 元々は1982年に発売されたらしいけど、2000年頃から製造販売が中国になって、つい最近まで新車で買えたバイクなんだ。

 

 最近は高くなったけど、新型コロナ前には輸入車取り扱い店で、新車12万円とか破格の値段で売っていたんだよ。

 そのときに父親が、通勤の足にと買ったんだけど、コロナが5類になってからは電車通勤に戻したんだ。

 そして、車庫の奥で埃を被っていたものを、お願いして譲ってもらったんだ。


「それでも僕には楽しいバイクだよ……」


 父親が言うには、設計の古さから前後のバランスが悪くて、Uターン時には後輪が滑りやすい。

 シフトダウンでのショックが大きく、1速に落とすと後輪がロックした感じになるとか…… 多くの問題を抱えているとのこと。


そんな問題がある車体でも、初心者の僕が安全第一で走っているのであれば十分だと思っているんだ。

 それに法定速度で走っていても、爽快感はすごくあるからね……



 -----



 日曜日が晴れたので、久し振りに少し遠くの大型バイク用品総合店に足を伸ばす。


 ここにはパーツだけでなく、グローブやジャケットなんかも沢山あるから、見て回るだけでもワクワクするんだ。


 見ているだけじゃなく買えるのなら嬉しいけど、僕の財布の中身じゃ小物くらいしか無理なんだよね。

 なにせ普段乗るだけで、結構なガソリン代が掛かるからさ……


 ワゴンの格安品の中から冬用グローブを見つけて、ホクホク顔で愛車に戻ると、隣には綺麗な光を放つGSXーR125が止まっていた。


 マメに洗車しているのかほとんど埃は被っていないし、よく手入れされた錆の無い車体からは、持ち主の深い愛情が感じられる。


「アタシのバイクに何か用か?」


「あっ、すいません。カッコいいなと思って、つい見入ってました」


 突然後ろから持ち主の声が聞こえたので、先ずは謝っておく。そして…… こう言うときに僕は、素直な感想を口に出すことにしているんだ。

 そうした方がトラブルに発展しないのを、身をもって経験しているからね。


「あっ、GN乗りなのか。もしかしてスズ菌感染者? それならわかるよ…… クスッ」


「これって100周年記念カラーですよね。黒赤ツートンも好きですが、やっぱりこれが一番カッコいいですよ」


「だよね、アタシもそう思う…… あれ? アンタ何処かで見た気がするな……」


「えっ?」


 そう言われて振り返ると、そこには肩下までの綺麗な金髪を、風に柔らかく舞わせた美しい人がいた……


 大人っぽい顔つきではあるけれど、化粧が殆どされていない瑞々しい肌は、彼女が10代である事を主張しているように映る。


 そしてその優しい表情には見覚えが無いものの、何故か既視感があって思わず見入ってしまった……


「おい、そんなにジロジロ見るなよ」


「あっ、キミは隣のクラスの…… 孤高の鈴木さん!」


 図らずも彼女が顔を顰めたことで、記憶から隣の2年C組の有名人である鈴木乃亜さんであることを思い出す。


「お前、隣のクラスなのか? なんだよ、その孤高のって……」


「よくわからないけど、いつも一人で颯爽としているからじゃないのかな? 実際カッコいいし」


 僕の学校は偏差値が高いので、真面目な奴が多いけど、いわゆる陽キャと言われるチャラい奴も結構いる。


 入学当初から金髪で長身の美人となれば、目立つのは仕方がない。

 当然のように一学期の鈴木さんには、チャラい奴らが群がっていたことや、上級生からも告白されていたなんて噂がよく流れていた。


 ただ本人は「ウザい」「二度と声をかけるな」など冷たい対応で、以後は無視を徹底していることから、二学期以降は距離を置かれているとも……


 美人が思いっきり冷たい表情で、話しかけるなオーラを常に出していると、なんか迫力が違うんだよ。


 そんな当たりがキツイ鈴木さんだから、女子も虐めの対象にはできずに、結果的にいつも一人でいるとの話なんだ。


 それに僕と同じで、部活にも入っていないらしいし……


「いや、お前…… アタシがヤンキーでビッチだから、誰も近付かないって言われているんじゃないのか?」


「そんなこと言ってる人もいるけど、鈴木さんって授業態度が真面目で成績も良いよね? だからチャラいの以外では、僕の反応の方が普通だよ?」


「本当に?」


「本当に。あと、僕はB組の加藤翔です。加藤でも翔でも好きに呼んでいいよ」


「そうならいいな…… ところで翔のGNは自分で買ったのか? やっぱりスズキ推し?」


 なんとなくだけど、鈴木さんの雰囲気が柔らかくなった気がする。そして選んだのはまさかの名前呼び、これは結構破壊力がある。


 美人が微笑むと惚れそうになるから、厳しい顔のままでいてもらった方が良かったのだけど……

 いや、それはそれでクセになりそうかも……



「残念ながら、親父のお下がりだよ。ただ両親がスズ菌感染者だから僕もスズキ一択だね」


「それなら同士だね。よし、翔には特別にアタシの名前呼びを許そう。苗字だと逆に過剰な愛情を込められそうだからね…… ふふっ」


「鈴木さん? あっー、スズキさんだもんな。たしかに愛情込めちゃいそうだ。なら乃亜さん?」


「アタシが翔って呼び捨ててるんだ、同じでいいよ」


「の、乃亜…… じゃあよろしく」


 優しい笑顔にたじろぐが、同好の士である事がわかると自然と仲間意識が出て来る。

 普段女っ気が無い僕は、同世代の女子には一歩引いてしまっているけど、不思議と距離が詰められていた。


「ところで乃亜はこの後どこか行くのかな?」


「んー、冬用グローブを買ったから、少し走らせようかなって感じ」


「ならさ、東雲辺りまで一緒に流さない? あっ、僕のは遅いから合わせられないか……」


「大丈夫、アタシも法定速度目安だよ? 捕まると財布が辛いしね。東雲か、いいね。だけど日曜だから長居はしないよ」


「帰りの渋滞は嫌だから?」


「そう!」


 早速僕を先頭にして、2人でのツーリングが始まる。

 ちなみに僕が前なのは、前側に初心者をおくのがマナーだからだ。


 年齢的に考えると経験に大きな差は無いけれど、この場合は愛車の加速力の差ということにしておこう……

 


 -----



「翔、明後日はどうだ?」


「千葉の富津岬は?」


「いいね。ところでインカムは?」


「昨日届いてすぐ付けたよ。乃亜は?」


「アタシも。じゃあ駅前7時集合で」


「了解、7時ね」


 学校の廊下ですれ違いざまに、乃亜が声を掛けてきたので、立ち止まって予定を確認する。僅か10数秒の会話をして終了だ。


 東雲ツーリング後にはLINEも交換しているが、偶々人のいない廊下ですれ違ったから、予定の確認をしただけなんだ。

 まぁ小声だったし、そもそも地味な僕だからなのか、周りには気付かれ無かっただろう。


 前回は途中で車に横入りされたり、信号でバラバラになったり地味に大変だったから、今回は通信手段を手に入れることにしていたんだよ。



【翔、寝坊するなよ】


 LINEで短文が届く。

 彼女はスタンプを使わず、短文だけ送ってくることが多い。

 

【乃亜こそだよ、渋滞は嫌だからね】

【心配ならモーニングコールしてくれ】

【えっ、僕から?】

【任せた】


 そういう僕も同じタイプだから、なんとも言えない心地良さがあるんだけどね。


 今迄は、僕も乃亜も原付2種で高速には乗れないこともあり、マスツーリングなどには参加していなかった。

 だから初めてインカムを買って、話しながら走るのは期待しているし、離れても問題のないのは有り難いんだ。



 -----



「安物とはいえ結構な出費だからな。翔、暫くは付き合ってくれるんだよな?」


「そっくりそのまま返す、せめて元は取らせて欲しい。モテない僕から行かなくなる理由は無いだろうし」


「そういうことなら安心だ。翔も安心しろ、アタシも誰とも付き合う予定がないからな」


 そこそこの台数が走っているが、まだ渋滞の始まっていない道をゆっくりと走る。

 そして、このインカムというものは本当に便利だ。


「安物だけどよく聞こえるな。街中でも信号数個なら届くようだね。翔の方は?」


「こっちも音は大丈夫。あとはナビと通話が影響なければ良かったけどね」


「いいやつだとナビの音も問題ないみたいだけど、今迄も聞いていなかったんだ。大丈夫、大丈夫」


 千葉市に入ると国道が合流して、あとはほぼ真っ直ぐなルートになる。 

 そうすると運転も気負わなくて良くなって、自然と雑談が多くなっていった。


「翔は千葉は走るのか?」


「片側3車線道路はそんなに走らないよ。コイツは60kmでも、結構な振動だからね。千葉はみんな法定速度で走んないから、GNにはキツイんだよ」


「それ、5速だよな?」


「そう。笑えるのはオモチャみたいなシフトインジケータ付きなとこ、使えるんだけどね」


 初めはお互いのバイクのことを話していく。そして次は好きなバイク、好きになった切っ掛け……


「子供の頃は金谷港近くの浜焼きの店に来たことがあって…… そこって、店先から磯に出られたんだ」


「いいね、うちは両親が早くに離婚したからな。あっ、でも伯父さんがバイクで、マザー牧場に連れていってくれたな」


「それって、ミニペケ(GSXーR125)を売ってくれた伯父さん?」


「そう。姿勢が腰にキツイって、今はハンターカブに乗り換えてるよ…… クスクスッ」


「裏切り者だ、ホンダに乗り換えてるし!」


 風景を見ながらだからか、だんだんと自分の想い出話が混じってくる。


 運転中の雑談は、深く話し込む事を脳が避けるので、自然と軽く流すことが出来るんだ。

 そして、すぐに新しい話が浮かんだら、軽く笑い合ってまた流れていった……



 -----



「二人で走るのって楽しいな」


「僕も思ったよ。こうなると一人で走ると寂しく感じそうで怖いな」


「クスクスッ…… でもわかるな。翔だとちょうど良いんだよなぁ」


「同じスズキ愛好者だし、友だちほど近くないからかな?」


 休憩をしながらも、乃亜との雑談は話題は絶えない。

 今迄話したことのない異性だから、多少の遠慮がまた心地良く感じる。


 もちろん何でも話せる友だちと会うのは楽しいが、運転しながらだと大笑いじゃなくて、軽い笑いがちょうどいいんだ。


「酷いなぁ、アタシはもう友だち枠に入れてるよ? だけど翔は違うのか……」


「それなら喜んで! 正直とっても嬉しいよ」


「お、おぅ…… そんなにマジで喜ばれると、揶揄えないじゃないのよ……」


 頬を赤くして小さく喋る声は、いつもより数段可愛らしい。

 どうやらこれが、彼女の素なのかもしれないな……


「乃亜って意外に照れ屋なのか? 顔赤いぞ」


「そっちが揶揄うなら、帰りは置いていくからな!」


「ごめん、許してください! マジで追いつけないから」



 -----



 その後も日曜日のツーリングは続いた。

 次は近場をグルグルと、その次は横浜まで足を伸ばして……


 気がつくと中学からの友だちよりも、色々な話をしているような気がする。

 男友達との話の内容なんて、変わり映えしない繰り返しが多いからな。

 

 そんなこんなで早2か月、すっかり仲良くなった僕たちは、何故かファミレスでモーニングを食べていた。


「やっぱり雨かー、残念だな」


「まぁ冬の雨の中、レインコートで走る気にはならないし、翔はパン、ライス?」


「ライスにしとくよ。注文ありがとね」


「タッチパネル押しただけだよ。わざわざ礼を言わなくても……」


 そう言いながらも、乃亜は満更でもない顔をしている。

 この2か月で知ったことの一つは、彼女は人には強要しないが、とても礼儀正しい人だった。


 マメに休憩をとりながらのツーリングでは、道の駅や田舎の喫茶店によく入る。


 そこでは金髪に着崩した制服といった、学校での見た目とは全く異なり、店員に笑顔で挨拶し、店を出るときには「ご馳走さまでした」と頭を下げていく。

 そんな姿を見て、僕も真似をすることにしたんだよ。


「でもありがとうね、雨なのに付き合ってもらっちゃって」


「いやこっちこそだよ。乃亜とファミレスでゆっくり話すのも、したことないから嬉しいよ」


「コラ、あまりアタシを甘やかすな。でも、すっかり日曜日は翔と走る日になってるから、アタシも近場のファミレスでも嬉しいよ。ありがとね」


 そう言って薄っすらと頬を染める姿を見ると、何故か心が騒ついてしまう。

 残念ながら女性に慣れていない僕は、彼女の魅力に当てられてしまったようだった。



 -----



「あのさ、翔って初詣とか行く人?」


 年末が近づいた12月21日、年内最後のツーリングの途中の休憩中に、乃亜が上目遣いで聞いてきた。

 いや、それは可愛すぎるからやめて欲しい。


「今年までは友だちと行ってたけど、来年は初日の出を観に行こうかなって思ってる」


「バイクで?」


「バイクで」


 今年の正月は、まだ免許取りたてだったし、中学の友だちと約束していたからなぁ。

 今回は1時間おきに連絡するって約束して、両親の許可は取ったから友だちには断ったんだ。


「何処に見に行くの?」


「まだ決めてないけど、千葉の方が良いのかな。乃亜は初詣?」


「アタシはここ数年、伯父さん夫婦と初日の出を見に行ってるんだ。それでさ……」


「ん? どうした」


「よかったら、一緒に初日の出見に行かない?」


 驚いたのが大きいけど、お誘いは素直に嬉しい。

 だけど、問題は乃亜の伯父さんだよね…… 初対面なのに、それが初日の出ってどうなんだよ?


 空気を読んで断った方が……


「場所は決まっているの?」


「大山千枚田に行く予定なんだ。千葉県だし、とても綺麗なんだよ」


 あれ? 僕はなんで断ってないんだ?

 この流れにしちゃったら断りにくいじゃないか……


 案の定、乃亜はとても嬉しそうに上気した顔で、そこがどんな場所か早口で教えてくれている。


 無意識に断るのを避けたってことは、僕は初対面の大人と会う面倒より、乃亜の笑顔が見たい気持ちが大きいってことなんだよな……



 -----



「初めまして加藤くん。君の事は乃亜からよく聞いているよ。今日は真っ暗なのと、寒いから気をつけるんだよ」


「よろしくね、翔くん。まさか乃亜ちゃんが男の子を誘ってくるとはねぇ」


「もう、早苗さん! 余計なこと言わないの! 翔は防寒は十分だよね? 伯父さん、あれ貸して」


 伯父さん夫婦と一緒だからなのか、年相応に可愛らしく見えてしまう。

 気負っている雰囲気が無いからか、感情がストレートに現れていて、どんどん素の彼女が見えてくる。


「今日はお誘い頂きありがとうございます。親戚の団欒に混ぜてもらえて嬉しいのですが、本当によろしいのでしょうか?」


「あらあら、随分と礼儀正しい男の子なのね。さすがは乃亜ちゃんね。オートバイは乃亜ちゃんだけだったから、優しそうな男の子が来てくれて嬉しいわ」


「もう、早苗さんやめて……」


「加藤くん、気にしないでくれ。今年はボクたちはこれで行くからね。これは2人が使ってくれ」


 そう言って、後ろの軽ワゴンから電熱グローブを出してくれる。

 僕の冬用グローブだと、止まっているときは平気だけど…… 走り出したらとても耐えられないんだ。

 指先が冷えると身体も固まってしまうから、これってとても助かるんだよね。


「早く着かないと、四輪は駐車場に入らなくなるよ! もう走り始めるからね」


「ちょっと待って、インカムの同期をお願いね。車に置いておくから3人で話しましょう」


 早苗さんはそう言って、車から剥き出しのインカムを持ってくる。

 そして車を先頭にして、僕たちはいつものように話しながら千葉県に向かって走り出した。


「二人は毎週話しながらツーリングしてるのよね。私たちもそうだったのよ」


「お二人は学生からのお付き合いなんですか?」


「伯父さんと伯母さんは高校の同級生だって。それで大学在学中に結婚したの」


「できちゃった結婚じゃないのよ? どうせ結婚するのだから、綺麗なうちにウェディングドレスを着せたいって卓人さんが言ってくれてね……」


「……いや、それは、付き合うときに早苗が約束だって」


 一瞬伯父さんの声が聞こえたけど、そこからは早苗さんの惚気話が続いていった。

 車内のスピーカーで伯父さんも聞こえているから、かなり恥ずかしいのだろう。

 偶に「やめてくれ」と小さな声が聞こえてくる。


「それでね翔くん。私たちが初めて初日の出ツーリングに行ったのが大山千枚田だったのよ。海は混むって有名だったから、あえて違う方に行ったの」


「そうだったんですか。なら僕も期待しておきますね」


「あら、それは日の出のこと? それとも乃亜ちゃんのことかしら?」


「ええっ! 日の出、日の出ですよ! 僕と乃亜じゃ釣り合いが取れてません」


 早苗さんは悪戯っ子が大きくなった人のようだ。

 親世代から見れば、僕と乃亜の釣り合いは違うように見えるのかもしれないけど、今現在はモデルのような彼女と、頑張っても月並みな僕じゃね……


 でも、卑屈になるつもりは無いんだよ?


 今年の目標は、成績を今の学年20位前後から一桁にすること。そして狙いの大学を安全圏に入れられたら、自信を持てると思うんだ。


 もちろん身嗜みにも気を付けて、清潔感を大事にしたいし、彼女さえ良ければ、日曜日のツーリングだけは続けて行くつもりなんだ。


 そして彼女の隣に立てるような自信が持てたら…… たとえ玉砕するとしても、自分から当たって砕けるつもりなんだ。

 

「……アタシなんか、そんな凄くないよ」


「乃亜、何か言った?」


「何も…… 早苗さん、揶揄うようなことは言っちゃダメです」


「あらあら、ごめんなさいねー。あなたたちが私たちに似てたから、つい余計なこと言っちゃったのよね」


 乃亜は早苗さんとは似てないから…… 僕が早苗さんってこと?

 いやいや、僕はもっと落ち着いているよ……ね?


 そんな雑談をしていると、思ったよりも早くに駐車場に着く。

 でも、日の出には相当時間があるというのに、駐車場には先客がいて、本当にギリギリ入れたって感じだった。これは駐車場が少ないのも関係あるのだろうな……


 それからは、軽ワゴンの後ろで暖かいコーヒーをもらい、サンドウィッチを摘む。

 トイレも駐車場にあるから、女性連れでここに来るのは正解なんだろう。

 逆に海だと余計なトラブルになりそうだよな……



 -----



「よし、薄明になってきたな。加藤くん折角だから乃亜を連れて上の方に行っておいで。ボクたちは車の中にいるから、ゆっくり見てくると良いよ」


「乃亜ちゃん。人が増えると離れ離れになっちゃうから、翔くんの手を握っておいてあげるのよ?」


「さ、早苗さん。僕は大丈夫ですよ……」


「そうだね。翔、良い場所に連れてってあげる」


 早苗さんの言葉のとおり、乃亜は僕の手を取って坂の上に歩いていく。

 残念なのは厚手の手袋をしていること、でも何故か彼女の温もりを感じられる気がした。


「乃亜、寒くない?」


「ちょっと風が強いね。くっついてもいい?」


「もちろん、なんなら抱きしめるからね?」


「ば、バカ……」


 僕は風上に寄って、斜め後ろから片手で抱き寄せるような格好になる。

 身長差が10センチもない僕たちだから、顔がすぐ近くになったけど…… 乃亜は特に嫌がる素振りは見せず、肩に顔を寄せてくれていた。


 それからどのくらい経っただろう……


 ゆっくりと明るくなった東の空の下に、明るい輝きが見えてきた。


「翔、初日の出見れたね! 去年は雲に隠れてたけど、初めて一緒に来て、一緒に見れるなんて……」


 そう言って、半分だけ振り返る横顔は、初日の出の淡い光に照らされて、美しくもあるが可憐という表現が似合っていると感じられた……


 出会ってからまだ2か月半程度なのに、どうしようもなく愛しいという気持ちが、心の中から止めどなく溢れてきてしまう。


「ありがとう乃亜、ここに誘ってくれて。初日の出も、それにもっと綺麗なものも見れた。僕は今日の事は一生忘れられないかもしれないよ」


「わたしも…… こんな綺麗な日の出を見ると、いつも意地を張っている自分が馬鹿馬鹿しく思えるの。それに今年は一人じゃ無いし……」


 一人と言った意味がわからないほど鈍感じゃない。

 彼女の今迄は、親にも友人にも恵まれなかったのだろうから……


 そんな彼女だから、僕がここにいる意味はあるのだろうし、これからもあって欲しいと願う。

 だから僕は今言わなければならないと思った事を、初日が昇り切らないうちに彼女に伝えていた……


「乃亜、僕はまだ君の横にいるには釣り合いが取れないと思う。だけど今年は死ぬ気で頑張って見るよ。頑張ったあとに君に伝えさせて欲しいから、今は何も言わないでくれ」


 乃亜は驚いた表情で僕を見て…… 暫く目を伏せてから、小さな声で答えてくれた。


「バカ…… あのね、わたしも頑張るし応援もするね。あとね…… それまではわたしも年齢イコールで待ってるから、早く自信をつけてね」


「乃亜? それって?」


「あのさ、写真撮ってもいい?」


「も、もちろん」


 僕の質問をはぐらかして、乃亜はすぐに近くの夫婦に頼んでから俺の腕をとる。

 そして何枚か写真を撮ってもらった後、お返しに夫婦の写真も撮っていた。


「翔、覚悟しておいてね。わたしって本当に重いから」


「重いのは嬉しいから大丈夫だよ。ちなみにどれくらい?」


「告白のときにプロポーズをねだった、早苗さんと同じくらいかな!」


 そう言ったあと顔を真っ赤に染めて…… 乃亜は車の方に駆けて行ってしまった。


 どうやら僕の今年の目標には、結婚資金を貯め始めることも追加していいみたいだ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

初日の出と彼女の横顔 金木犀 @miyu001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画