第2話 気が合うふたり


 ――クリスマス当日。


 雪はやまず、数十年ぶりのホワイトクリスマスになった。

 その日、約束通りにおれは、待ち合わせをしていた駅前に向かった。

 しかし、約束の時間になっても、流々は姿を現さなかった。


 両親にも流々の居場所が分からず、嫌な予感がしたおれは、地元だから――と、足を使って探し回って、やっと見つけた。

 待ち合わせ時間から遅れて、四時間後のことだった。

 人だかりができていた道幅の狭い道路には、スリップして倒れたトラックが車道に上がっており、近くには救急車とパトカーが数台、停まっていた。

 周りには多くの警察官が野次馬をどかそうとしている。

 人だかりを掻き分けて覗いた中心地点には、積もった雪の中に埋まっていた流々が掘り出され、隠すように布がかけられていたところだった。


 雪は白いはずなのに。

 流々の周りの雪だけは、なぜか赤かった。

 叫ぶ警察官に押し戻され、人の波に飲まれて、気づけばおれは地元でも知らない狭い路地で一人、立っていた。

 街灯もない真っ暗闇で、スマホが振動していることに気づいて、頭では分かっていないけれど、自然とその電話を取っていた。


 母親から、流々が息を引き取った、と聞かされてからも。

 電話を切って家に帰り、それから数日間……

 おれはなにをしてなにを考えていたのか、まったく覚えていなかった。





 スリップしたトラックに撥ねられ、横転に巻き込まれた。後に聞いた流々の死因だ。

 後ろから一発だったので、流々は危険を感じることも痛みを体感する暇もなく、即死だっただろう。苦しまなかった、その点においては、幸せだったのだろうと思える。

 他人事のように。

 おれはそう思った。





 ……二人きりの部屋。

 姉が顔を俯かせて見ていたスマホから、視線を上げた。


「なかなか始まらないわね……」

「母さんたちも戻ってこないし、問題でも起こったとか?」


 予定であれば、流々の葬式は既に始まっている時間だった。

 遅れるなら遅れるで、一報でも入るとは思うが……。

 それすらないということは、それほど切羽詰まっているのかもしれない。


 問題が起きたのならば、手伝うべきかと思ったが、大人の事情に子供が首を突っ込むべきではない。声をかけられたら、もちろん手伝うが、野次馬根性丸出しで覗き込むようなことをすれば、ただでさえ問題が起こって焦っている大人たちを刺激してしまうことになる。

 こういう場合は、子供は大人しくしているべきだろうと、上げる気のない腰を座布団に深く沈み込ませる。


「あんた、その歳で老人臭いわよね」

「じいちゃん……流々の方のね。から、色々と聞いてて。その影響かな」


 豊富な人生経験を聞かせてくれたおかげで、おれはこの歳で大人の事情やら世間の空気感やらを理解している、とは言い難いが、知ってはいる。

 なので考え方が年寄りみたいとはよく言われる。

 子供から見れば大人っぽく見え、年上から見ると冷めているとか大人ぶっているとか、鼻につくらしいけど、それについては知ったことではなかった。


 理解者は数人いればよく、わざわざ集団に属す必要もない。

 無理がある人間関係は、思い切って切り捨てるべきなのだ。


「ふうん。まあ、どうでもいいけど。……私、ちょっと見てくる。子供とはいえ、これでも成人した大人で大学生ですから、あんただと門前払いだろうけど、私なら手伝えるでしょ」


「おれの面倒を見といて、と返されるのがオチだと思うけど」

「うわぁ、ありそう……。それをあんたに言われるのがムカつくわね……」


 とりあえず行くわね、と退屈だったのだろう、姉は襖を開けて、騒がしい廊下へ出た。

 慌ただしい声と足音が、さっきよりも大きくなっており、場の深刻さがおれにも伝わる。





「……流々が、いない?」


 襖越しで聞こえた大人数人の会話からすれば、そんな内容だった。

 もちろん、断片的に聞いただけなので、聞き間違いかもしれない。そちらの方が可能性としては高いだろう。

 それにしても、内緒話にしては声が大きいし、おれがいると分かって話しているようにも聞こえるのは、「こちらからは頼めないけど、本人から聞かれれば答えられる」という暗黙の了解を意識しているのだろうか。


 だとしたら。

 流々のためなら、おれだってなにかをしたい。


 襖を開けると、葬儀屋さんだろうか――の人たちがいて、驚いた振りをしておれの質問に答えてくれた。

 内容はほとんど聞かれていた……と。それを踏まえて、手伝いをおれが申し込んだという設定にしてほしいらしい。


 どうやらおれの両親と流々の両親からは、おれを関わらせるなと口止めされているらしい。子供の手も借りたいような事態で、おれの助けを借りることはできないが、おれから志願したという言い訳がほしいのだと。


 細かいことはこっちで言い訳しておくので、なにが起こったのか聞くと、どうやら流々の死体が、保存していた棺桶から綺麗さっぱり、消えていたらしい。


「盗まれた、とか?」


 かもしれない。

 証拠も手がかりもない。だからこそ、手詰まりで焦っている。

 だが、幼馴染で、たくさんの時間を共有し、秘密も打ち明け合ったおれなら、もしかしたら直感的に分かるのではないか、と葬儀屋さんは考えたらしい。

 確かに、両親はおれを巻き込むことを反対するだろう。

 ……流々の死によって傷ついたおれを、そっとしておきたいのが親だ。


 流々を連想し続けるこんな事態を、おれに任せようとは思わない。

 おれは考える振りをして、


「じゃあ、ちょっと探してみます」





 心当たりのある思い出の地――なんてものが近くにあるわけでもなく、葬式がおこなわれる建物の屋上。雪はやんでおり、積もった雪も解けて、除雪されている。


 曇り空の下、制服だけだと肌寒く、身を震わせる。探している大人が、誰もここに訪れないのは当たり前だ。流々とはまったく関係がないし、盗人であれば、袋小路に行くわけもない。


 だから最初はおれも、見当違いの場所を馬鹿みたいに探していると自嘲していた。

 大人ではないので責任なんてなにもない。見つからなくともいいだろう、そう思い……、息苦しい空間から息抜きに出てきた、という方が正しいだろう。


 だが、


 流々が、屋上の柵を掴んで、立っている。





「お前は、誰だ」


「……あ、緑……」



 振り向いた流々の姿をした誰かは、表情をくしゃっと歪め、ぎりぎり笑みに見えた。

 一番、会いたくない人に出会った、そんな考えが感じられた。



「……なんできちゃうかなー。こんな場所、探そうと思わないでしょ?」


「好みや考えが合うのはおれたちらしいだろ。人がいないだろうなと思った場所に足を運べば、そりゃいるよ。おれたちは似た者同士なんだから」


「……だね」


 さっきよりは自然に、流々は笑っていた。


「それで。もしも本当に流々だとしたら、幽霊? おれを連れていこうとしているのか?」


 流々はそんなことしない。だけど、おれだったら同じ状況であればそうする。であれば、似た者同士であるおれたちは、自然とおれの行動が流々の行動にもなる。


 流々は嘘を吐かないけど、死んでまで強がれるほど、強いわけではないのかもしれない。死んで初めて見える欲望があるのだとすれば、おれを連れていこうと思ってもおかしくはない。


「別に、いいけどな」

 おれは手を伸ばす。

「どうせ流々がいないのなら、生きている意味なんてないし」


「……そう言うだろうと思っていたら、本当に言うなんて。ほんとに、似た者同士だよね」


 つまり流々でもそう言ったし、そうしたのだろうと。

 だけど流々は嬉しそうではなかった。……当たり前か。

 流々ならば、たとえ自分がいなくともおれには生きていてほしいと、そう思うはずだから。


 流々が柵から手を離して、ゆっくりと近づき、おれの手を取った。……冷たかった。体温なんて感じられない。幽霊であった方が信じることができただろう。

 触れることができて冷たい、この流々はじゃあ、死体そのもの……?

 ぐっ、と引っ張られ、足が地面から離れた瞬間に、視界がぐにゃりと歪んで、気持ち悪い浮遊感からおれは今、落下しているのだと遅れて気づいた。


 不安から握り返そうとした手の平は、宙を掴み取り――、

 隣に流々がいないと、見なくとも分かった。

 急激な光に視界が埋められ、咄嗟に目を閉じれば、次の瞬間には息ができなくなり、代わりに大量の水を飲み込んでしまう。

 どっちが上だか下だか分からないままもがき、やっと見つけた水面から顔を出して、大きくむせる。足が着いたので、霞む視界の中、見えた陸を目指して歩く。


 陸に上がって、とりあえず大の字で横になる。

 呼吸を整えようとしても収まらなかった。

 びしょ濡れのまま、しかし寒くはなかった。

 日除けのようにおれを覆ってくれている、南国に生えている木のような葉が、視界の先に見えたが、それよりも今の状況が整理できない。

 なにも整理できていないのに、どんどんと新しいことが起こり過ぎている。



「はぁ、かっ、うぉぇ……ッ!」


 ばくばくと鼓動する心臓を、肌に爪を立てるように握って落ち着かせる。

 いつもの鼓動に戻るまで、しっかりと五分ほどはかかっただろう。


 起き上がり、濡れて重たくなった学生服を脱いで、ワイシャツになり、空を見る。



「どこだ、ここ……?」

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