第8話
第6話:絶技の証明、あるいは狂乱の終焉
運命の決闘当日
王立リリウム学園の広大な演習場は、かつてない緊張感に包まれていた。
観客席には、固唾を呑んで見守る生徒たちと、不測の事態に備える教師陣。その最前列で、アリア・フォン・ルミナスは祈るように胸の前で手を組み、銀髪の少女の背中を見つめていた。
中央に立つのは、紫黒の霧を纏い、瞳に狂気的なまでの執念を宿したグレイス・バイオレット。
対するシフォンは、昨日ガリルとの対話の末に調整を終えた、どこにでもある演習用の木槍を無造作に下げて立っていた。
「……来ましたわね、シフォン・アルトワール」
グレイスの声は、もはや人のそれとは思えぬほどに掠れ、歪んでいた。彼女の手の中で脈打つ魔槍が、周囲の空間を物理的に歪ませている。
「貴様さえ、貴様さえこの世から消してしまえば……アリア様は再びわたくしだけを見てくださる。あの御方の隣に立つのは、気高き血を引くわたくしだけでいい。その愛を、永遠のものにするために……貴様をここで、塵ちりへと変えて差し上げますわ!」
吐き出されるのは、理性という名の防波堤が決壊した後の、剥き出しの妄想。
シフォンは冷ややかな、けれどどこか憐れみさえ含んだ瞳でグレイスを見据えた。
「……アリアは、誰の物でもない。あんたのその歪んだ妄想は、ここで私が打ち砕く。……ついでに、格の違いというものを、その身に刻んであげよう」
「黙れッ!」
刹那、世界から音が消えた。
魔石の力により肉体の限界を強制的に突破したグレイスの姿が、陽炎のように揺らぎ、消える。
次の瞬間、彼女はシフォンの眼前に肉薄していた。
一突き目は、心臓。二突き目は、喉元。三突き目は、眉間。
「雷鳴らいめい」と呼ぶに相応しい神速の三連撃。それは常人の動体視力を完全に置き去りにし、死の宣告を突きつける。
だが、シフォンは動かなかった。
否、傍目には動いていないように見えただけだった。
「……なっ!?」
グレイスの驚愕。
必殺の穂先は、シフォンの身体を貫く直前で、まるで槍の方が彼女を避けて通ったかのように、極限の紙一重で空を切ったのである。シフォンは最小限の足捌きだけで、死の軌道からその身を外していた。
「運良く避けたか……! だが、次はこうはいきませんわ!」
グレイスが即座に追撃へ移ろうとした、その時。
「――っ、が!?」
彼女の両足から力が抜け、その場に激しく膝を突いた。
「……何……? 何が、起きたというのですわ……!?」
グレイスが己の足元を見れば、制服のズボンの上からでも分かるほど、両膝が強烈な打撃を受けたかのように青紫に変色し、腫れ上がっていた。
観覧席にいた、武道に明るい一部の教師や実戦経験のある軍部の外部指導員たちが、驚愕のあまり総立ちとなる。
彼らは見たのだ。
グレイスの神速の三連撃、その突きが繰り出される極わずかな「隙間」に、シフォンの木槍が電光石火の速さで二度、グレイスの膝を正確に叩いたのを。
「……攻防一体……だがあれほどの速さの攻撃の中に、自分の攻撃を差し込む。……戦場や達人の中でもこれほどのことをやってのけるのはそうはおるまいて。」
「ふ、ふざけるなッ! 貴様のような小娘が、わたくしの神速に割り込むなど……!」
狂気に突き動かされるグレイスは、折れそうな足を魔力で無理やり固定し、再びシフォンへと踊りかかった。雷鳴のような連続攻撃が演習場を揺らし、紫の閃光が幾度も爆ぜる。
しかし、シフォンの舞は終わらない。
彼女は流れるような動作で全ての攻撃を躱し、あるいは木槍の石突いしづきで受け流し、その合間を縫うようにして確実にグレイスの体幹、関節、経絡へと打撃を重ねていく。
やがて、魔石の暴走に肉体が悲鳴を上げ始めたのか、グレイスの挙動に明確な「鈍り」が生じた。大きく振りかぶった一撃。それは、死神を前にしては、あまりに致命的な隙であった。
「……終わりだ、グレイス」
シフォンの身体が、黄金色の魔力に包まれる。
彼女は肺腑はいふに溜めた息を一気に吐き出し、木槍に全霊の魔力を込めた。
迎え撃つグレイスの胸部へと、カウンターの一撃が放たれる。
「あ……」
衝撃波が演習場全体を駆け抜ける。
シフォンの木槍は、グレイスの肉体を傷つけることなく、その胸部中央――制服の下に隠されていた、不浄な紫光を放つ「呪物」のみをピンポイントで捉えていた。
――パキィィィィィンッ!
硬質な硝子が砕け散るような、不快な音が響き渡る。
呪物を核として維持されていた暴走的な魔力が霧散し、グレイスの瞳から狂乱の火が消え、深い昏睡へと落ちていく。
崩れ落ちるグレイスの身体を、シフォンは優しく抱き止めた。
「……これ以上、あんたの愛を汚させはしない」
シフォンが静かに告げると同時に、待機していた医療班が駆け寄ってくる。彼女はグレイスを彼らに引き渡すと、ふと、演習場の外周――森の影に視線を向けた。
そこには、誰にも気づかれぬよう、影のように一人の人物を拘束し、音もなく姿を消すガリルの後ろ姿があった。黒幕の捕縛。完璧な仕事ぶりに、シフォンは心の中で小さく頷く。
演習場には、静寂が戻っていた。
シフォンは手元の木槍を見ると、役目を終えたそれを地面に置き、観客席で涙を浮かべるアリアへと歩み寄る。
「……アリア。終わったよ」
「シフォンさん……!」
駆け寄ってきたアリアの抱擁を受けながら、シフォンは演習場の空を見上げた。
伝説の死神の力の一端を晒してしまった。学園での平穏は少し遠のいたかもしれない。
けれど。
(……アイス、五つ。……それだけは、絶対に守ってもらう)
夕暮れに染まり始めた学び舎で、銀髪の少女は密かな報酬への期待を胸に、戦士としての顔を静かに下ろすのだった。
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