ヤバい女

水城 黎(みずき れい)

第1話 評判

 私の名前は鈴木秋津。

 池袋の家から、埼玉県の若葉駅にある宝が丘高校に通う高校二年生だ。


 父は現職の政治家で、表向きは宝が丘高校の理事も務めている。

教育に熱心な政治家――それが世間の評価。


 けれど、父にはもう一つの顔がある。

 裏では高級クラブの社長をしていることを、私は知っている。

もちろん誰にも言えない秘密。


 幼い頃から私は両親のオモテの顔に矛盾がないよう、お利口に生きてきた。

 政治家になりたいという目標は、もう公表している。

 学校でも「政治家志望の真面目な子」として知られているくらいだ。


 でも私は、父のような“影”を持つ政治家にはなりたくない。

国を良くするために、正しいことをしたい。

そう思って、地味に、堅実に、善良に生きている。


 


 学校帰り、駅の階段で大きなスーパー袋をぶら下げて降りていくおばあちゃんがいた。


「手伝いますよ」


「あら、すみませんねぇ」


 たった二十段ほど一緒に降りるだけで、こんなに優しい笑顔に会える。

こういう小さなことを大事にできる人が、街を、ひいては国を幸せにして行くんだと私は思う。


 


 川越市駅を出て、本川越駅へ歩く。

 西武線は他社との乗り継ぎに非協力的だとよく言われるけれど、ここ川越でもJRや東上線と駅が離れていて、十分ほど歩かされる。


 これは、西武が城下町の中心に駅を作り、国鉄や東武は外縁を通した結果、街が発展しすぎてもうくっつけられなくなっただけらしい。


 街は一度出来上がると変えにくい。

誰かが直そうと思わない限り、永遠に不便なまま。

――いつか私が政治に関わるようになったら、こういうのを真っ先に改善したい。


 そんなことを考えながら、知る人ぞ知る近道を曲がったときだった。


 


「返して!」


 聞き覚えのある声がした。


「ん?」


 隣の組の絵梨花ちゃんだ。

 お母さんがお花の先生で、うちの母と仲がいい。


 その絵梨花ちゃんを囲んでいるのは、テニス部の意地悪二人組。

 リーダーのマツモこと松森あゆみ。

 そして実行役のキムこと木村厚子。


「なんだ鈴木じゃん。やっぱこの道通った、ウケる〜」


 マツモが笑い、キムが動いた隙間から絵梨花ちゃんが見えた。

 コンクリートの上に正座させられ、膝が痛そうだ。制服も汚れている。


「こいつ金ねーんだとよ。このSuica、お前買う?」


 キムが絵梨花ちゃんの記名があるSuicaを二本指でひらつかせる。

絵梨花ちゃんは懇願するようにそれを見つめていた。


「ケイタイ持ってないから、それがないと帰れなくなっちゃうの」


 道ゆく人は見て見ぬふりをして通り過ぎる。


 私はどんな状況でも、正しく優しくありたい。

見て見ぬ振りはしない。

そして感情を見せずに冷静に対処できるはず。


「いくらなの?」


 キムがマツモを見る。

マツモが目尻で微かに笑った。


「一万」


「買うね」


 悔しげな顔をしてはならない。

こういうときは、正直な感情を見せてはならない。

故・安倍晋三の国会答弁のごとくフラットな表情で、財布から一万円札を出す。


キムがひったくるように受け取り、鼻で笑った。


 二人は笑いながら去っていった。

「な?鈴木が通ってきっと買うって言ったろ」

「クソ金持ちー、ウケる」


 


「ありがとう、秋津ちゃん」

 制服をはたきながら、絵梨花ちゃんは、何もなかったかのように明るく笑った。

 慣れてしまっているのだろうか。


「ちょうどお金持ってたから良かったよ」


「秋津ちゃんって、ほんと強くて正しい人だね……」


 その言葉は心底嬉しい。

「そ、そうかなっ」

この評判が茶園先輩に届いてくれたら嬉しいな、と心のどこかで思ってしまう自分の狡さが恥ずかしい。

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ヤバい女 水城 黎(みずき れい) @mizuki_rei2025

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