04 意外と大丈夫な勤め先

「……察された気はするが、まあそういうことだ。俺は挨拶の一環のつもりなんだが、相手によっては完全に『その気』に見えるらしい」


 レオニスがそう話しはじめたのは、中心街区から少し外れたところにある、小さな酒場でのことだった。「親睦を深める」ために飲酒の時間を持つというやり方には賛否あるが、互いに賛同するならよい方法だ。

 ジェズルはあまり店を知らないがレオニスは情報通で、「そう遠くなく、味も品も良い、あまり公務官のこない店」という厳しい条件を満たす酒場をさっと複数挙げてきた。

 「公務官のこない」という条件は、レオニスの顔の広さのためだ。ふたりで話そうというときに前からの知り合いに会って「最近どうだ?」なんてやられてしまうと、目的にそぐわない。

 もっともレオニスに言わせれば理術士の知名度も相当のもので、「ちょいと理術士様にお願いが」などと声をかけられない店、という意味で「品の良い」が必要だったらしかった。


 〈月光果〉というその酒場は、繁華街の外れにあった。座席と座席の間に距離が取られていて、個人的な話をするのに向いている。暗めの照明は落ち着いた雰囲気で、いい店を知っているものだ、とジェズルは感心した。


「しかし、俺の噂はいろいろ立ってたみたいだが、真実に近いものは全然聞いたことがないな」

「本人に噂を聞かせる奴もそういないんじゃないか?」

「いや、直接的な質問してくるのもいるんだよ」


 揚げ芋をつまみながらレオニスは言った。


「『誤解なら正しておかないと貴殿のためにならないぞ』なんてことを言ってね。ま、普通なら、自分の好奇心を満たしたいだけなのにこっちのためというふりをしてるぞ、と思うんだが」


 レオニスの斜に構えたような言説をジェズルは杯を揺らしながら黙って聞いた。


「――調律院はどうも勝手が違う。俺のため、というのは口実じゃない。かと言ってただ俺を案じるお人好しの群れでもなく、きちんと自分の欲も満たす」

「欲? 君の言う好奇心ではなく?」


 そこが否定されていたのが気になってジェズルは尋ねた。


「好奇心も皆無じゃないだろうな。でもあんたも言ったように、好奇心なら好奇心だと、正直に言ってくる」


 レオニスも酒に手を伸ばした。


「たとえば『誤りは正されるべきだ』にはじまり、『事実なら繰り返さないための対策を』『余所から尋ねられた際に嘘や誤魔化しをせずに済む程度の情報を』あとは」


 にやりと新任理報官は笑った。


「『ジェズル殿を困らせていないかどうか』」

「何だって?」

「アーニアさんだな、わりと序盤にきたよ。『仕事で困らせるのは構わない、それも互いの糧だ。だがジェズル殿と貴殿は共に成長を見込まれている、もし道行を阻害すると判定されたら私も容赦なく貴殿を理報官から下ろす』……だったかな」

「は」


 ジェズルは口を開けた。


「ま、それこそあんたを案じてのことで、噂の詳細を知りたいという訳じゃなかった」

「私を案じてくれたというのも皆無じゃないだろうが……それはむしろ均衡のためじゃないかな」


 燻し縞豆を口に運びながらジェズルは考える。


「アーニア殿が私と組んでいたのは新人の指導という面が強いが、君と組むのは言うなれば『本番』だ。ここの連携が巧く働かないと、先々の計画も変更しなくてはならなくなる」

「お前ね」


 今度はレオニスが口を開け、それから呆れた顔をした。


「気づけ。自分が慕われていることに」

「いや、普通だろ」

「自覚ないタイプか。気をつけないと俺と同じ問題が起こるぞ」

「そんなことそうそう起きるもんか」

「俺もそう思ってたよ」


 苦笑して元渉外担当官は鳥串を注文した。


「せっかくだし、少し詳細を話しとくか。いやその前に、俺が聞いたなかでいちばん荒唐無稽なやつを聞いてくれ」

「荒唐無稽? 噂がか?」

「そうそう。そこまで行ったら異動じゃ済まんだろというような」

「ああ、そう言えば私も聞いた。さすがに誰も本気で言ってないとは思ったが」


 思い出してジェズルは杯を置いた。レオニスがにやにやするのに呼吸を合わせる。


「国際問題」


 同時に言ってふたりは笑った。


「それそれ! 俺がナイリアン方面に派遣されたとき、騎士の奥方に手を出したとかな! 無茶苦茶すぎんだろ」

「だいたい、ひとりで行った訳じゃないだろう?」

「当たり前だ。去年だから二年目だぞ。いちばん下っ端で、雑用係。公式の場には出なかったどころか、宿の外にすら出なかったくらいだよ」


 北の隣国ナイリアンの騎士といえば王族に次ぐと言われるほどの地位だ。カーセスタ王国で言うなら、国王の次の権力者たる識士に近いだろうか。

 そんな相手を「下っ端」が侮辱したとしたら、確かに国際問題だ。当人の異動程度で済むはずもない。


「実際にはそれをぎゅーっと小さくした版。もちろんカーセスタ内でな。とあるお偉いさんの娘に俺が色目を使ったと……いや使ってないんだけどな……」

「『俺にずっと興味を持ってほしい』と?」

「言うなそれを」


 ニヤリとジェズルが先ほどの言葉を繰り返せば、レオニスは突っ伏した。


「具体的に何て言ったかは覚えてないんだが、指輪が目の色と合ってるとか、もっと聞いていたくなる声だとか、誰でも言う程度のことだよ」

「……誰でも言わないな、それは」


 これはレオニスの冗談なのかどうなのか、判断しかねながらジェズルはもっともな指摘をした。


「そうかあ?」


 理報官は顔をしかめている。どうやら本気に近いらしい。


「君が調律院にきた理由の一部も判るように思えてきた」

「お?『更生してこい』じゃなくて?」

「最初は私も思った。『更生させろ』かとね」


 ジェズルはレオニスの軽口、或いは本心を一旦受けて返した。相手によってはムッとする物言いになったが、レオニスは大丈夫だろうと踏んだのだ。案の定、面白がる様子で笑っている。


「君も気づいたように、理術局に勤めている人間の多くは『クソ真面目』と言われる類だ。私も含めて」

「自分で言うのは珍しいな」

「このクソ真面目たちは、自分で解決できないと思えばしっかり共有する」

「それで? 俺の不埒が一日で広まるって?」


 レオニスは逆説的に言った。つまり、彼が本当にそう思っているのではなく、「そうでないならどういうことだ」という質問だ。


「『レオニス理報官に髪型を褒められたがどういう意味だろうか』と同僚に聞けば『レオニス理報官の言うことなら挨拶だ。ほかの人物だったら理律違背の可能性もあるから相談に乗ろう』とでも返ってくる」

「広まってるじゃねえか」

「口説いたつもりじゃないならかまわないだろう?」

「まあ、かまわんが」

「つまり」


 ジェズルは空になった杯を弄びながら、次を頼もうか迷いつつ続けた。


「深刻に考えて親や上官に相談したり、或いは不安を覚えて誰にも言えなかったり、逆に浮かれて周りに言いふらしたり、そうしたことが起きづらい。君が君のまま振る舞っても意外と大丈夫な勤め先、という訳だ」

「そんなことあるか?」


 レオニスが顔をしかめたのは、「調律院はそんな場所なのか」という問いではなく、「そのままでいいなんて有り得ない」だろう。彼は、この異動を「調律院で大人しくできなければ、公務官としてあとはない」とでも考えている。


 具体的にレオニスが何をしたにせよ、同じようなことを繰り返さないようにしようと――少なくともあまりよろしくなかったと自覚しているのは、ジェズルに対して出た「またやっちまったか」に集約されている。軽く思われるようなこと、気のあるようなことを口にするのはレオニス・キイルスという人物のしょうだが、それで職を追われるくらいなら直すべきだと本人も考えているのだ。


 しかし、それは彼の強みでもある。

 「愛嬌」とでも言うものはなかなか後天的に身につくものではない。レオニスが渉外担当官として振るっていくはずだったその「魅力」は、理報官として使っていくこともできる。

 それこそが望まれているのではないか。


「あるんだよ」


 ジェズルは、そうとだけ言った。

 レオニスが「そのまま」を望まれて理報官として着任した、というのはジェズルの想像にすぎないし――合っている自信はあるが――、くどくど説明するようなことでもない、と思った。


「俺のままで、ねえ」


 どうも釈然としない顔でレオニスもまた空になった杯を揺らす。

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