よけいなおせわ

ゆあさ

よけいなおせわ




「おばあちゃん、おはようございます」


 Mちゃんは来年、小学生に上がる、女の子だ。

 元気で、真っ直ぐで、優しい女の子。

 お母さんとお父さんが大好きで、たくさん遊び、道ですれ違う人たちに、毎日元気に挨拶するのが、日課である。


「おはよう、Mちゃん。今日も元気ねえ」

「うん。Mちゃん、いつも元気。おばあちゃんも元気?」

「うんうん。寒いけどね、Mちゃんからいつも元気もらってるからね、元気よ」


 ニコリと小さく笑うおばあちゃんは、Mちゃんにとっては、ただの近所の人だ。

 ちょっと離れた場所に住む、老夫婦のおばあちゃん。


 この辺りは都内郊外の中でも、いかにものんびりした田舎の町だ。

 Mちゃんの家は新興住宅地の一角にあり、おばあちゃんの家は、そこからちょっと離れた場所にポツリとある、古い一軒家だ。

 おばあちゃんはそこに、おじいちゃんと二人で暮らしている。


「だからね、Mちゃん。おじいちゃんとおばあちゃんと、仲良くしてあげてね」


 お母さんからは、そう言われている。

 ちょっと離れてはいるけれど、2人とは同じ町内会で、お母さんは去年、班長をやっていた。

 その時に、ずいぶん親しくなったようだ。

 その時、聞いた話によると、おじいちゃんとおばあちゃんは、子供を若い時に亡くしているらしく、以降、他に身寄りもなく、二人でひっそりと暮らしているんだという。

 それで、Mちゃんのお母さんは、Mちゃんにそんなことを言ったのだろう。


「おじいちゃんたちは、寂しいんだよ。だから、Mちゃんが声を掛けてあげたら、すっごく喜ぶよ」


 でも、そんなことを言われなくても、Mちゃんは公園に行くのと同じくらい、おばあちゃんたちの家に行くのが好きだった。

 二人はとても優しいし、オヤツをくれるし、色々なことを教えてくれるし、本物のおじいちゃんとおばあちゃんみたいだな、と思っている。

 本物のおじいちゃんとおばあちゃんは、どちらも北海道にいるので、なかなか会うことが出来ないこともあり、Mちゃんは近所のおじいちゃんおばあちゃんに、しょっちゅう会いに行っていた。


「おばあちゃん、お母さんが、これ持って行ってって!」


 Mちゃんは、今日も老夫婦のお宅にお邪魔すると、重たそうに持っていた紙袋を差し出した。


「また……いつもありがとうね、Mちゃん。お母さんにも、今度ちゃんと挨拶に行くからねえ」

「大丈夫だよ! お母さんは気にしないでって言ってたよ」


 老夫婦は、あまり裕福ではない。

 それは家を見ればわかる。

 本当に古くて、ボロボロの平屋に住んでいるのだ。

 でも、決して汚くしているわけじゃない。

 家は物が少ないけれど、キレイに整頓されている。

 それに格好も、いつも身綺麗にしている。

 性格も穏やかで、優しい。


 なんでも、おじいちゃんの身体が弱く、若い頃にあまり働けなかったから、と言う話だった。

 だからMちゃんが貰うオヤツも、いつも芋を煮た物とか、近所でもいできた柿とか、パンの耳の揚げて甘く味つけした物とか、そんなものが多い。

 でも、Mちゃんには、逆にそう言うのが物珍しくて、美味しくて、嬉しいらしい。

 まさか気を使って嘘を言う年頃でもないし、Mちゃんは心から、そんな素朴なオヤツを喜んでくれているらしかった。


「いつもMがお世話になってるので、どうぞお気になさらないで下さいね」


 いつからか、Mちゃんのお母さんはおかずを多めに作り、老夫婦へくれるようになった。

 週に何回か、お母さんが夕方、届けてくれることが多いけれど、たまにこうして、Mちゃんが昼間に持ってくることもある。


「ありがとうね、Mちゃん。重かったでしょ」

「ぜんぜん大丈夫! Mちゃん来年から、小学生だもの」

「そうなの! そりゃあ楽しみだわね」

「うん、たのしみ!」


 にこにこと、無邪気に笑うMちゃんに、やってきたおじいちゃんも加わって、3人は炬燵を囲んだ。


「今日はね、ぬりえ持ってきたの」

「そうかい、そうかい」

「おじいちゃんもおばあちゃんも、ぬるんだよ」

「おじいちゃん、不器用だから、Mちゃんみたいに上手に塗れるかな」

「大丈夫! Mちゃんが教えてあげるね。ほら、これ、お姫様のぬりえなの」

「あらあら、Mちゃんみたいに可愛いお姫様だね」

「それからね、トランプするの」

「うんうん。この間、使ったトランプ、とってあるよ」

「あれ、パパのトランプなんだ」

「じゃあ、持って帰ってあげないと、パパ、困っちゃうんじゃないのかい」

「大丈夫。パパ、新しいの買うって言うから、Mちゃんがトランプ、作ってあげることにしたんだ!」

「それは楽しそうだね」

「うん!」


 3人は、まるで本当の爺婆と孫のように、その時間を楽しんでいるようだった。


 が、夕方、お母さんが迎えに来て、Mちゃんが帰った後のこと。

 老夫婦は、急に静かになった居間で、炬燵に向かい合わせで座り、Mちゃんが持ってきてくれたおかずを食べながら、ボソボソと会話をする。


「来年になったら、Mちゃんは小学生になるんだねえ」

「そうだよ。そうなったらもう、ここに遊びに来ることもなくなっちゃうかもしれないね」

「寂しいけど……ホッともするねえ」

「そうだね、ホッとするね……寂しいけど……」

「寂しいけど、仕方ないことだよねえ」

「そうだね。分かっているともさ」

「Mちゃんはこれから、どんな女の子になるのかねえ」

「……」

「……」


 


 その後はいつも通りの日常が続いていたが。

 

 新年明けて、1日。

 午後に入ってすぐ、Mちゃんがお母さんと一緒に、老夫婦の家へやってきた。


「あけましておめでとうございます」

「昨年はお世話になりっぱなしで」

「今年もよろしくお願いします」

「わざわざありがとうございます」


 玄関先で、そんな挨拶をする。

 老夫婦は、まさか1日のこんな早々から、誰かが来るとは思っていなかったので、驚いていた。

 誰かがって、老夫婦を尋ねてくる人など、お節介な近所の人くらいしかいないのだけれど。


 こうして。


「これからパパと3人で、初詣に行くんです」

「それはそれは、ご苦労様です」

「Mちゃんがその前に、どうしても、おじいちゃんたちに挨拶してから行くってきかなくて」

「ありがとうね、Mちゃん。わざわざ」

「おじいちゃんたちにも、Mちゃん、お守り、買ってくるね」

「いいんだよ、そんな……こうして来てくれただけで、十分だからねえ」

「大丈夫。Mちゃん今年からね、みんなにお年玉、もらったんだ! もうちょっとで小学生だもの!」

「……」

「……」


 老夫婦は顔を見合わせると、申し訳なさそうに、身体を小さく丸めた。


「ごめんねえ、Mちゃん。おじいちゃんたち、お年玉、用意してなかったよお……」

「ごめんね、Mちゃん……」

「えー」

「こら、Mちゃん」

「でも、お母さんが言った通りだったね」

「Mちゃん! ダメよ、そんなふうに言わないの。すみませんね、そんなつもりで来たんじゃないんですよ。また今度、なにか食べるもの、持ってきてあげますからね」

「いや、そんな……」

「どうせ余り物ですから、お気になさらず」

「いつもすみません」

「本当にごめんねえ、Mちゃん」

「いやいや、本当に、お気になさらず!」


 お母さんは大慌てでMちゃんを連れ帰って行った。

 いや、初詣に行ったのだろう。


 残された老夫婦は肩を落とした。


「まさか、Mちゃんくらい小さくても、お年玉が必要だとは思ってなかったわねえ」

「本当にねえ。Mちゃん、残念そうな顔、してたねえ」

「やっぱりMちゃんも、あんなに可愛くても人間なんだねえ」

「そりゃあね」

「……もう、来なくなっちゃうかもしれないねえ」

「まさか、お年玉目当てで来てくれてたわけじゃあ、ないだろう」

「そりゃあそうだと思うけれど……残念そうな顔、してたからねえ」

「たしかにねえ」

「Mちゃんが来なくなっちゃったら、寂しいだろうねえ」

「寂しいけど……仕方ないことだよねえ」

「いつかは、そんな日が来るんだしねえ」

「それは分かっているけれど、いざ考えると、やっぱり寂しいねえ」

「寂しいねえ……」


 二人は新年早々、落ち込んだように沈んだ時間を過ごし、そのうち、またボソボソと、どちらともなく話し始めた。


「こんなことを言うと…………でも、考えちまう。いっそ……お前、どう思うね?」

「そうだねえ……迷っちまうねえ……いやいや、ダメだよ。ダメダメ」

「ダメだって分かってはいるけどねえ」

「そうだねえ。迷うよねえ。寂しいねえ」

「そうだよねえ、そうだよねえ」


 いつからか、二人の頭からは角が生えてきていた。

 おじいちゃんの頭からは、大きな角が、1本。

 おばあちゃんの頭からは、小さな角が2本。

 二人はお互いの姿を見て、悲しそうに頭を抱えた。


「あれまあ、戻っちまったよお」

「困ったねえ。Mちゃんを食べたいだなんて思ったから、戻っちまったんだねえ」

「どうしよう、困ったねえ」

「どうしよう、困ったねえ……」


「……そもそもさ、頼んでもないのに、食いもん寄越したりする方が悪いんじゃないか?」

「そうだねえ……それは本当に、そうだと思うけども」

「こっちはただ静かに暮らしていたかっただけなのに、頼んでもないのに、何度も何度も……」

「確かにそうなんだわねえ」

「これはもう、いっそ……するしかないかねえ」

「困ったねえ」


 だが、夕方になって、Mちゃんは再び老夫婦の家へやってきた。

 一人で。


「あのね、Mちゃんね、お年玉いっぱい貰ったから!」


 だから、おじいちゃんとおばあちゃんにも分けてあげるの。

 そう言って、Mちゃんはおじいちゃんとおばあちゃんに、お年玉をくれようとした。

 驚いたのは、老夫婦だ。

 大慌てで、Mちゃんにお金の入ったポチ袋を押し返した。


「Mちゃん、気持ちだけで十分だよ」

「そうだよ、Mちゃんが貰ったものなんだし、それは大事に使いなさいな」

「Mちゃん、いっぱい持ってるから、大丈夫だよ!」

「だめだめ、Mちゃん」

「そうだよ、Mちゃん。そんなことしたら、お母さんに怒られちゃうよ」

「え、それはヤだな……」

「ね、だから、これはしまっておきなさい。大事にしてね、いつかきっと使いたい日が来るよ」

「気持ちだけ、貰っておくよ。おじいちゃんたち、もうそれでじゅうぶんだ」

「そうよ。Mちゃんの優しい気持ちだけでね、十分。ありがとねえ、Mちゃん」

「本当に、本当に、ありがとうねえ」

「ごめんねえ、Mちゃん」

「ごめんねえ、Mちゃん」


 私たちが間違っていたよ。

 老夫婦は何度も謝り、Mちゃんの手を取り、涙を流した。


「なんでおじいちゃんとおばあちゃんは謝ってるの?」

「なんでかねえ。ごめんねえ」

「へんなの!」

「変なんだよ、おじいちゃんとおばあちゃんは、変なんだよねえ。ごめんねえ」

「どこか痛いの? Mちゃん、イタイのイタイの飛んでけ! やってあげるよ!」

「ありがとう、Mちゃん」

「おばあちゃんたち、こんなに親切にされたの、はじめてだから、嬉しくて泣いているんだよ」

「嬉しくても泣いちゃうの?」

「うん、うん」

「ありがとうねえ、Mちゃん」

「ありがとう、ありがとう」


 いつの間にか、号泣する老夫婦の頭から生えていた角は、消えていた。




 それから、暫くして。

 Mちゃんの家のポストに手紙が入っていた。


「Mちゃんのお父さん、お母さんへ


Mちゃんをこんなに素敵なお子さんに育ててくれてありがとうございます。

実は私たちは、むかし長野の某所で恐れられた人食い鬼でした。

ですが私たちは歳を取り、また、もう人を食う気力もなくなり、この地を終の棲家としようと、移り住んできたのです。

人間の暖かい住処は、老いで寒さに耐えられなくなってきていた私たちにとって、とてもありがたく、なんの不便もなく、これまで、ここで暮らしてきました。

ですが、最近はここらも住む人が増えました。

それに、そちらから食べ物を分けてもらうようになり、私たちは食べることを思い出しました。

それにMちゃんが何度も会いに来てくれて、声を掛けてくれて、人間の柔らかい肉のことも思い出しました。

今思うと、なんて浅ましいでしょう。

私たちは一瞬でも、また、人を食べようとしてしまいました。

でも、Mちゃんの優しさに、私たち夫婦は救われました。

ですがもう、ここにいることはできません。

私たちはまた、終の棲家を探さねばなりません。

これまでたくさん親切をしてくれて、ありがとうございました。

そんなことがなければ、私たちはここで、静かに暮らすことが出来ていたと思うと、悲しく思います。

でも、こうなってしまったからには仕方ありません。


最後になりますが、私たちはこれまで長い間、たくさんの人間を見てきました。

Mちゃんもこれから先、どんどん変わっていくことでしょう。

今の純粋で、優しい気持ちを、いつかはなくしてしまう……それはご両親とも、とても悲しく、忍びない気持ちかと思います。

ですので、二人でよく話し合った結果、Mちゃんはやはり────」



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よけいなおせわ ゆあさ @Tmo_03

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