あやかしタヌ姫の婚活冒険記!

天月 椎

プロローグ

「ねえ葉月はづき。あなた実は、タヌキなのよ」


 にっこり笑顔で投げかけられたその言葉に、葉月と呼ばれた寝間着姿の少女は眠たげな目をぱちくりさせた。

 そしておもむろに尋ねる。


「タヌキって、なんですか? お母様」


 その反応を予想していたであろう母・静葉しずはは苦笑しつつ、「百聞は一見に如かずよ?」と言った直後、「ぽんっ」と音を立てて煙に巻かれたような周囲の変化が起こる。

 気づけば、お揃いの寝間着で同じベッドの上に座っていたはずの母の代わりに、頭の上に、縁の黒い三角形の小さな耳をぴょこんと立てた大きく立派な獣が、黒いつぶらな瞳で葉月を見つめていた。

 毛色からして、母本人と確信するその獣は、二本の足でベッドの上にひょこりと立って、器用な身振り手振りを交えて曰く、


「タヌキ族は幻術に長けた、獣人の希少種。わたしとあなたは、その末裔というわけよ」


 通称「王国」と呼ばれる海沿いの新興国家「インヴェニア」。

 その西部の端を囲うよう聳える峻険な山脈を背にした森の中に、「アヴェナ」と呼ばれる長閑な村があった。村の一角には王国の一般的な家屋と毛色が違う異国風の小さなお屋敷が佇み、そこには王国では珍しい暗褐色の髪色と瞳を持つよく似た母娘が、仲睦まじく暮らしていた。


 この日は王国の収穫祭が各地で催されており、また同時に葉月の誕生日でもあった。特に今年は成人(16歳)を迎える大きな節目でもあったので、村あげての祝賀会が行われることとなった。例年以上に賑やかな、呑めや騒げやの大騒ぎが終わった夜のこと。

 いつになく真剣な表情で、「大切な話があるから」と呼び出された母の寝室にて聞かされたのは、葉月の人生をタヌキ生に変えてしまう衝撃の事実だったのだ。

 その割には、母娘二人して呑気な雰囲気ではあるが。


「成人を迎えたあなたは、これからお婿さん探しの旅に出なければいけないわ。それが我が家の古くからのしきたりなのよ」


 いつの間にか人間の姿に戻っていた母は、優しく葉月にそう告げる。かくいう母自身も、お婿さん探しの旅の中で、運命の旦那様と出会ったのだと、のろけ交じりに散々語ってくれたことを葉月は思い出したのだった。

 そしてこの後、葉月は母から初歩の幻術の手ほどき(まだうまくいかない)や、旅の心得などをみっちり叩き込まれる。そして久しぶりに母と一緒のベッドで、そのぬくもりを感じながらぐっすりと眠ったのだった。


 そして、秋の明け方のような肌寒さを感じて、葉月は目を覚ます。


「あれ、お母様は?」


 少し寝ぼけた頭は、一緒に眠っていたはずの母を探して周囲を見回すが、どこにも見当たらない。

 それどころか、


「お家が、ありませんわね」


 見渡せば、見慣れた広い庭の中心には、消えたお屋敷の代わりに大きな樹が一本だけ。その根元に、寝間着姿で蹲っていたことに気づき、葉月は呆然とする。そこに、聞きなれた老人の声が。


「おはよう、姫様。よく眠れたかね?」


 視線を移せば、小さい頃からずっとお世話になっていた、村の長老さんの姿を見つける。


「おはようございます、長老さん。ところで、お母様は何処へ行ったのでしょう? それに、この大きな樹は?」


 疑問符だらけの言葉に、長老は目を細め、楽し気に応える。


「静葉殿なら、日が昇る前に東へと旅立たれたよ」


 その言葉で、昨夜の母がピクニックに行く前の日のようにソワソワしていたことを思い出す。すべてを理解して、葉月はため息を漏らす。


(ああ、お父様に会いに行かれたのですね)と。


 そんな葉月を優し気に見つめながら、長老は再び口を開く。


「それから、この柿の木じゃが……ああ、この姿。なんとも懐かしいのう」


 そして語ってくれたのは、この村の成り立ち。王国西部のどん詰まりであるこの地は、かつて開拓地として栄えていた。そしてこの柿の木は、開拓民の一人が村のシンボルとして植えたものだった。


「この樹には、そんな謂れがあったのですね」


 葉月の言葉にうなづき、そして長老はつづける。

 王命を受け、開拓団は王都から西へ、さらに西へと進んでいった。そこに立ちふさがったのが件の峻険な大山脈。何処にも抜け道はなく、山を超えるのも不可能。王国は西部に早々見切りをつけると、今度は東部の大森林に目をつける。独立心旺盛な開拓貴族たちに率いられ、目端の利く者は一獲千金を夢見てみな旅立っていった。

 かつては最前線の開拓村だったこの地も次第に人が減り、何世代も過ぎて残ったのは、今更新しい土地に移り住むなど出来ない、平穏な生活を望む者ばかり。村が寂れると共に、柿の樹も次第に衰え、殆ど枯れ木同然になっていた。


「そんな時に現れたのが、静葉殿じゃった」


 王国の遥か東から旅をしてきたという、久方ぶりに訪れた若い客人を、村人たちは心を込めて歓待した。

 そんなささやかな宴の最中、彼女はふらりと何かに導かれるよう村の片隅へと向かっていった。

 不思議な雰囲気を纏う彼女に率いられるよう、なんとはなしについてきた老人たちが見つけたのは、かつて村のシンボルだったという年老いた樹。それを感慨深げに見上げ、穏やかに語る彼女の声を聴いた。


「柿の樹は、わたしの一族の象徴なのよ。なんだか懐かしいわ」


 足もとに落ちていた木の葉を一枚拾い、そして年老いた住人達を振り返って、こう言った。


「もう一度、夢を見てみない?」


 枯れ果てた木の葉が柔らかな光を放つと、そこはかつての活気のある村、そしてたわわに果実を実らせる村の象徴。その光景に、村の皆は心を躍らせる。しかし夢は長くは続かない。幻は消え、再び元の寂れた村に戻る。村人たちは落胆するが、彼女はこう続ける。


「この幻を、真実にしましょう」


 村人たちの心には、かつてご先祖様達が見ていたであろう光景が、鮮やかに焼き付いていたのだ。静葉は柿の木の前に立って優しく語りかける。


「さあ、今度はあなたの番よ?」


 直後、枯れかけていた柿の木は、小さいながらも趣のある、異国情緒溢れるお屋敷へと姿を変えていた。


「わたし、ここに住むわ」


 それからの彼女は、身に着けていたいくつかのアクセサリを元手に村の復興に着手する。

 村人達の伝手を辿り、地道に交渉を続け、半年もすると村には少しづつ人が戻り始める。

 その見事な手腕に、どこか高貴な生まれなのだろうと察した村人たちだが、それ以上は詮索することもなく、ただあの時見た幻を現実にすることだけを考え、一心不乱に復興を進めていった。

 自分の手を離れても大丈夫と静葉が確信する頃には、すっかり大きくなったお腹を抱えてお屋敷に引きこもる。そして生まれたのが葉月だった。

 村での新しい命の誕生に、村人たちは我が事のようにとても喜んだ。葉月と名付けられた少女は、皆から「姫様」と呼ばれとても愛され、大切に育てられた。


「お母様の娘として、わたしも恥じぬ生き方をせねばなりませんね」


 初めて聞いた母の成した偉業、そして村の皆から受けた愛情を胸に、葉月は初陣の兵が出陣するが如き面持ちで、明け方の村を力強く歩み進める。

 静葉の出自と一族のしきたりを村でただ一人知らされ、その旅立ちを見送った長老は、今また少しづつ小さくなって行く背中を見送って、感慨深げにつぶやく。


「わかってはいたが、寂しいものじゃの」


 ふと振り返って見ても、昨日まであったはずの小さなお屋敷はなく、あるのは枝葉を多く広げ、明け方の太陽のような果実を実らせた、立派な樹があるだけだった。


「あれから十六年。この村は、もう大丈夫。ですからお二人とも、心置きなく良き旅を」


 そこまで言って、ふと気づく。

 葉月が寝間着のまま、しかも手ぶらで行ってしまったことを。

 十六年前と比べ、すっかり寂しくなった額を片手でぴしゃりと叩いて、「やっちまったな」とばかりに嘆息する。


「何か餞別でもと思っていたが……何故か忘れておったわ。さては、静葉殿に化かされでもしたか?」


 そう言って短く笑うと、


「ま、姫様ならなんとかなるじゃろ」


 あっさりと日課の早朝散歩に戻って行った。

 タヌキ母娘のおっとり気質は、村人にもしっかり伝染していた。


 さて、村の入り口から森の木々の間をぬって伸びる一本の小道を、葉月は意気揚々と歩んでいる。


「まずは、小道を抜けて街道に出てから、それから……」


 これからの予定を思案し始めたその直後、「ぽんっ」と音を立てて葉月の寝間着が煙に紛れ、一枚の葉っぱになって消えてしまう。


「え!?」


 硬直するのは一瞬。一糸まとわぬ姿になった自分に気づき、葉月はとっさに木陰に逃げ込んだ。

 そしてこれが母の仕掛けた悪戯だと気づく。「お母様のいけず!」と叫びたくなるのをこらえ、周囲に人気が無いことを確認してから、冷静にタヌキ変化の術を行使。無事、子ダヌキへの変化を成功させる。

 前脚で無意識に毛並みを整えながら安堵のため息を漏らす。


「まったく、危ないところでしたわね」


 ひとまずピンチは脱したが、このまま街に行っても面倒事が待っている。タヌキのままなら珍獣扱いで見世物小屋行き、変化を解いたら危ない人だし、どっちにしても最悪誰かの晩御飯!(意味深)

 何とか服を工面しなくてはとひと思案。そして、小道の途中にぽつんと落ちていた小さな「柿の葉」に視線を注ぐ。

 それは母の幻術の「核」になっていたもの。母ほどの術者なら不要な、初心者向けの補助具・魔法使いの杖に相当する。

 本来なら高価なそれを、使い捨てながら適当な材料で代用する技術を、昨晩母から教わっていたのを思い出す。


「なるほどお母様。これも試練ということですのね」


 タヌキ族にとって相性の良い「落ち葉」を用いて、葉に残った生命力をきっかけに術を行使する。母曰く「誤魔化しの杖」。

 そのため先ほどの柿の葉は、もう杖にする力が残っていないが、今いる場所は秋の森。落ち葉なら掃くほど落ちている。


 小さな両手で器用に木の葉を拾い集め、杖に適した大きさと、形の良いものを厳選する。


「それでは行きますわよ!」


 落ち葉を一枚手にして額の前に掲げ意識を集中。さっそく幻術で服を作ろうとする。

 しかし何度やってもうまくいかない。ただ形だけを真似ようとしても、葉っぱは葉っぱのままで、生命力だけを無駄に消費する。昨夜母は、幻術の初歩についても教えてくれたが、その時も全くうまくいかなかった。


「幻術はイメージが大事。だから色んなものを注意深く見ること。そして世界を学びなさい」との言葉を思い出す。


 その時はまだ解らなかったが、今ならはっきり分かる。今までどれだけ漫然と周囲を見て来たのかと、自らを省みる。

 長老の語った物語。その時母は何を思い、そして村の皆に何を見せようとしたのかと思いをはせる。


「何かが、掴めた気がしますわ」


 そして手にした最後の一枚の葉を改めて見つめる。その色は、昨夜見たタヌキ姿の母の毛色によく似ていた。

 今一度深くイメージするのは、暖かそうなタヌキの毛皮。昨夜一緒に眠った母のぬくもり。

 木の葉に意識を集中すると、「ぽんっ」と音を立て、そして一着の毛皮のポンチョが現れる。


「やりましたわ!」


 手触りも、温かさも、そして匂いまでもが見事にイメージ通り。

 初めての幻術の成功に、葉月は満面の笑みを浮かべる。


「本物と見分けが付かない幻なら、それは本物と同じ。そうですよね、お母様」


 そう独り言ちつつ人の姿に戻った葉月は、出来立てのポンチョを纏うと、意気揚々と森の小道を進んでいくのであった。

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