TARGET02:ご令嬢

第5話

   ◇


 本社ビル内にある事務所へ戻ると、窓際に置かれた偉そうな椅子に偉そうな男が偉そうな姿勢で腰かけていた。我らが誘拐組織株式会社玉虫商会の副社長、シュッとした方の玉虫兄治だ。

 彼とその双子の弟、玉虫兄弟とミドリは本当の兄弟のように育てられたと聞くが、そのくせミドリは双子の見分けがつかないのだというから呆れてしまう。しかしミドリにとっては目の前にいるのが兄か弟かはさして重要な問題ではないらしく、いつもの通り調子良く「よう、兄貴」と手を上げた。

 ミドリの顔を見るなり、「おおミドリ、遅かったな」と副社長は言った。安堵の滲んだその表情を見て、またこの反応だ、とダイヤは辟易する。

 予定より遅れたと言ってもたかだか三十分程度だ。それはむしろほとんど計画通りと言っても差し支えないくらいの誤差であり、事実、他のチームは数時間単位で遅れて帰還することもざらにあった。それなのに、正門の守衛も、商品管理の田中も、本社ビルの受付スタッフも、皆同じようにミドリの遅れを心配しては、無事を確かめて安堵する。それだけ彼は日頃から信頼されており、そして可愛がられているということなのだろう。

「何かあったか?」と副社長が尋ねると、「軽くトラブっただけだよ」とミドリはいい加減な返答をする。

「また相棒と揉めたのか」

「まさか。だとしたら仲良く二人でご帰宅なんてしないよ」

「そうか」と副社長は腕を組んだ。手脚が長く目鼻の大きい濃いめの二枚目の彼は、そんな何気ない仕草も様になる。「さすがにそろそろ揉める頃だと思ったんだけどな」

「失礼だな。『さすがに』ってどういうことだよ」

「だっておまえ、初めてじゃねえか? 相棒と二ヶ月も持ったの」

「そんなことないって。ゴキちゃんは三ヶ月だったでしょ」

「いや。ありゃあ二週間だったな。その頃にはもう落ちてた」

「はあ? そんなわけないだろ。俺、ゴキちゃんとは目を合わせないように気をつけてたんだから」

 すると副社長は大袈裟に溜め息をついてみせてから、「おまえ、全然分かってねえな」と言った。

「それ本気で言ってんのか?」

 眉を顰めるミドリを一瞥した後、副社長はダイヤの方を向いて続ける。

「おい金剛。ミドリの体質のことはなんて聞いてる?」

 まるで興味のない話題に傍観を決め込んでいたところ突然振られて迷惑に思いつつも、それをおくびにも出さずにダイヤは答える。

「はい。彼と目が合うと魅了され、性行為をすると服従してしまうと」

「ああそうだ」副社長は満足そうに頷いた。「だがそれだけじゃねえ。こいつと長時間同じ空間にいるとな、それだけであてられちまうんだよ」

「あてられるってなんだよ」ミドリが噛みつくように言う。

「要するに、その気になっちまうってこと。目なんて見なくても、同じ空気を吸ってるだけでな。おい金剛、おまえも気をつけろよ。あんまりこいつに付き合ってると、じわじわ脳をやられるからな」

「そんな人を有害物質みたいに」

 憤慨口調のミドリを横目に、「今のところ問題ありませんので」とダイヤは軽く頭を下げた。

「実際、ここまで持ってるのは大したもんだよな。ようやくミドリも良い相棒に恵まれたか」

「まあ、否定はしないけどさ。態度は悪いけど腕は良いみたいだし、何より俺のやり方に口出ししないのは助かる」

「相性も良さそうだよな」と副社長は歯を見せる。「おまえの運命の人とやらは、意外に金剛のことなのかもしれないぜ」

「やめてよ。俺はもう相棒に手を出すつもりはないの」

 不快な話題に巻き込まれた気配を察知し、ダイヤは二人を睨みつけた。「一体なんの話でしょうか」

 するとミドリは、「あー」と気まずそうに頭を掻く。

「うちの親父ってさ、あれで意外にメルヘンなところがあるんだよ。占いとか信じちゃう感じ」

 ミドリの言う親父とは、つまり玉虫商会の社長のことだ。社長は長いこと持病で入退院を繰り返しているそうで、ダイヤとは三ヶ月ほど前に入社試験で一度会ったきりだが、その時の彼の印象といえば豪胆な老獪といった風情であり、占いなんてものとは最も縁遠い部類の人間に思えた。悪徳な霊感商法で儲けているとかなら話は別だが。

「それで、親族一同、毎年年始に一年間の運勢を占ってもらうのがうちの恒例行事になってるんだけど」

 そして、想像以上に本格的に占いに入れ込んでいるらしい。

「で、今年俺が占い師に言われたんだよ。『近い将来、運命の人が現れるでしょう』ってね。それ以来親父ったら、まあ張り切っちゃってさ」

 迷惑千万、といった風に、ミドリは肩をすくめてみせた。

「『おまえの運命の人を見つけてやる』なんて言ってお見合いをセッティングしたり、大事な商品を並べて『好きなのをやる』とか言ってきたり、まだ相手もいないのに『孫はまだか』とか言いだしたり」

「おまえは好みがうるせえんだよ。嫁なんてさっさと適当に決めちまえばいいのに」

「兄貴に言われたくないよ。占い師に言われてたろ? 『火遊びには気をつけろ』って。いい加減遊んでばかりいないで跡継ぎ作りなよ。多分、親父がここまで盛り上がっちゃってるのは、実の息子が二人ともいつまでも嫁を取らないからだ。あの人は死ぬまでに孫の顔が見たいんだよ」

「親父はそういうところ、古くて困るんだよな。俺も弟も男一筋だから、諦めてもらうしかねえよ。男でさえあれば誰でもいけるのに」

「俺だって相手の条件は一つしか出してないよ」

 じゃれるように言い合う男たちを眺めながら、「意外ね」とダイヤは口に出した。

「森羅万象老若男女、誰でもいいんじゃなかったの?」

「いけるかいけないかで言ったらいけるけど、良いか悪いかで言ったら良いわけじゃないよ。生涯の伴侶にするってんなら尚更ね」

「じゃあどんな人がいいのよ」

「ふふ、気になる?」

「どうでもいいけど」

 そう答えたにも関わらず、ミドリは構わずに続ける。俺が求める唯一の条件。それはね、と前置きして、彼は言った。

「俺に魅了されない人、だよ」

「はあ」それはまた、おかしな話だ。「あなたに惹かれない人と結ばれたいっていうのは、ちょっと無理があるんじゃないかしら。身勝手ですらあるわ」

 追われるより追う方が燃えるタイプ、ということなのだろうか。

「違うって。俺は単に、対等な関係を築きたいだけなの。体質を利用して奴隷みたいに服従させるんじゃなくてさ」

「な、我儘だろ?」と副社長がミドリに指を向ける。「そんな奴、いるはずもねえのによ」

「いるって。きっとどこかには。『運命の人』なんて言うからにはそれくらいの条件は満たしてくれなきゃ困る」

「それなら今からもういっぺん行ってみるか、運命の人探し」

 そう言って副社長はデスクの引き出しを開けると、何やら書類を取り出した。

「何? また親父のお見合い? 今何時だと思ってんの。二十三時だよ、ジューイチジ」ミドリは左手首をトントンと叩くような仕草をするが、そこに腕時計はついていない。

「まさか。仕入れの方だよ。おまえ、プライベートじゃろくに人付き合いねえんだから、仕事で出会う確率の方が高いだろ?」

「はあ? なんで今から仕事に行かなきゃなんないんだよ。今何時だと思ってんの? 夜ジューイチジ!」

「固いこと言うなって。本当は他のチームの案件なんだが、別件が長引いて帰ってこねえんだよ。そろそろタイムリミットだから、おまえらに頼むわ」もう三時間も過ぎてんだぜ、と副社長は愚痴っぽく言う。

「いやいやいや! おかしいって! そもそも俺の仕事は一日一件までの約束だろ!」

「たまにはいいだろ。緊急時くらい協力しろって」

「疲れてるんだよこっちは!」

「一回きりでへばってるようじゃモテねえぜ?」

「そういうことじゃないんだってば! いい? 俺は一時の相手でもその場限りでは本気で愛してるの。それを取っ替え引っ替えするのは精神的に来るんだよ」

「うるっせえなあ。おい金剛、さっさとこいつ連れてけ」

「はあ」とダイヤは眉を顰める。「あの、どういった案件なんでしょうか」

「詳しくは俺も知らん。弟の担当だからな」

 副社長は極めて無責任なことを言い放った。そして手元の書類を差し出しながら、無責任な発言を重ねる。

「ほら、これが計画書だから。自分で読んでどうにかしてくれ」

 彼のあまりに堂々とした態度に、これはいくら抗議しても無駄だということを察する。ダイヤは書類を受け取ると、往生際悪く喚き続けるミドリの襟首を掴み、事務所から引き摺り出した。

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