半額シール
命野糸水
第1話
「起立、礼、サヨナラ」
日直の挨拶と共に帰りのSHRが終わった。俺は机の横のフックにぶら下げていたカバンを持ち教室を出た。そのままどこも寄り道をせずにバイト先のスーパーに向かった。
俺が通う学校はバイトが禁止されておらず、部活も必ずやらなければならないというルールはない。
部活をする奴もいるし、俺みたいにバイトをする奴もいる。部活をした後にバイトをするという強者も数人はいる。もちろん部活もバイトもやらない帰宅勢もいる。まぁ彼らは帰宅部という部活に入っているんだと言い張っているけど。
スーパーに着くと俺はいつものようにバイト先の着替えや荷物置き場も兼ねているロッカー室に向かい、そこの扉を開ける。自分用のロッカーにカバンや制服を入れバイト先の指定されているユニホームに着替える。
まぁユニホームといっても野球やサッカーなどで着るようなカッコいいものではなくただのエプロンと帽子である。午後4時50分になったことを確認し俺はロッカー室を出た。
手洗い場で石鹸を使い2回丁寧に手を洗った後にタイムカードを切る。本来着替えの時間も労働時間に組み込まれなければならないらしいが、このバイト先はそれを守っていない。
守らなければならないらしいが、守っていないところは意外と多いらしい。1日の着替え時間が仮に10分だとしたら、週3で入っている俺は1週間で30分、1ヶ月で2時間分のバイト代を損していることになる。塵も積もれば山となる、大きいことだがしょうがないと思うしかない。
タイムカードを切った後店長やパートのおばさんなどに挨拶する。その後俺は午後5時からレジ打ち業務に入った。
午後5時半頃だろうか、お母さんと思われる人と小さい女の子が俺のいるレジに商品を持ってきた。カゴの中には牛乳や卵や肉などが入っていた。俺は打ちミスがないように一点一点丁寧に素早くバーコードを読み取った。
数点バーコードを読み取った俺はカゴに入っている弁当に目がいった。その弁当には半額シールが付いていた。
おかしいと俺は思った。このスーパーでは弁当に半額シールが貼られるのは午後8時からと決まっている。まだ6時にもなっていない現在に半額シールが貼られている弁当が店頭に並ぶわけない。俺はその弁当を手に取り
「あのー、この弁当に半額シールが貼ってあるんですが、この弁当どこにありましたか」と質問した。
「えっ、この弁当。普通に弁当コーナーというのかしら。弁当が並んであるところに陳列してあったわよ」
まぁそう言うだろうと俺は思った。このスーパーにはレジが4台あり、今俺がレジ打ちしているところ以外のレジにはパートのおばさんが入っている。
おそらくこのお母さんはレジに入っている人を見て俺ならそのまま半額シール付きの弁当を見逃して通すのだろうと思ったのだろう。だが残念、そうはいかない。
「かしこまりました。こちらの弁当何か不具合があった可能性がありますので、一度こちらで預からせてもってもいいでしょうか。確認が終わり次第お客様に返却致しますので」
ちょっと待ちなさいという声が聞こえたが、俺は聞こえないふりをして半額シールが付いた弁当を回収した。そしてインカムを使い店長に弁当に半額シールが貼ってあることを連絡した。
「しばらくしたら店長が来ますので横でお待ち下さい」
「いやよ、そちらのミスでしょ。半額で売りなさいよ」
「それも含めてですね店長と話し合いますのでしばらくお待ち下さい。バイトの私ではどうすることも出来ないので」
お母さんはまだ何か言いたそうだったが何も言わなかった。隣にいる子供からママー、まだ?という声が聞こえていたので、それに対してはもうちょっと待ってねと静かな声で言っていたのが聞こえた。
しばらくして店長がやってきた。
「お客様、こちらの半額シールが付いた弁当がどこにあったのか案内してもらってもよろしいでしょうか」
「それはさっきこのバイトの人にも言ったけど弁当売り場に陳列されていました。でも半額シールが貼ってあった弁当はこれしかなかったですけど」
なるほどと店長は独り言を呟いたのが聞こえた。店長には何か解決策があるらしい。
「実はですね、本日半額シールの在庫が切れていまして、18時半ごろに業者から届く予定となっているんですが、それなのにここに半額シールがある。ちょっとおかしいですね」
俺は店長が嘘をついていることが分かった。半額シールの在庫は裏に大量にある。こないだ店長がシール頼みすぎたからしばらくは業者に連絡しないで済むということを言っていたのを知っているからだ。
もっともらいし嘘だが相手は焦るだろう。ないはずのものがあると言われているんだから。
「えっえっと。でもあったのよ。それは間違いないわ」
まだこのお母さんは諦めないらしい。もう負けを認めればいいのに。
「分かりました。では店内の防犯カメラを確認して判断しますので少々お待ちください」
「それはちょっと」
とお母さんが言った後に女の子が半額シールが貼ってある弁当を指さしながら
「このシールキレイに貼られているでしょ、私が貼ったんだ。お母さんに貼ってって言われて。ねっ上手でしょ」
とお母さんには爆弾となる発言を純粋ながらに言ってしまった。この言葉にお母さんは諦めたらしい。女の子を注意することなく黙ってしまった。
「奥に応接室がありますので、そちらで詳しく話を聞かせてください」
店長はそう言い親子を奥の応接室に連れて行った。
後日お母さんは警察に連絡しない代わりにこの店を出禁になったと店長に言われた。ちなみに俺は今回の対応が評価されて時給が50円上がった。
半額シール事件から3日後、俺はいつものようにバイト先のスーパーのレジを担当していた。
あの事件以来レジを担当する者は商品を細かく見るようになった。この品に貼られている半額シールは時間通りに貼られているか、他店舗のシールが貼られていないか確認する。
レジのスピードは遅くなってしまうが、それはしょうがない。今のところ偽物の半額シールや早めに貼られているシールは確認されていない。レジのスピードが遅くなったという文句を言う人も現れていない。
あの親子も現れていない。まぁ現れたところで店長に報告が行き、また事務所に連れていかれるだけだろう。今度こそは警察に連絡が行き、警察に身柄を任せることになるだろうが、知ったことではない。俺には関係ない話だ。
「ちょっといい、あなたに会いたいという女の子がいるの。ここ変わるからお菓子コーナーに行ってくれないかしら。その子は白い洋服にピンクのスカートをはいているから」
何人かの会計をし終えた後だっただろうか。数えていないので分からないが、パートのおばさんにそう言われた。俺に会いたい女の子?誰だ。記憶になかった。
なぜですかとか誰ですかとか聞くとおばさんの機嫌を損ねかねないので、俺は何も言わずにいうことを聞いてお菓子コーナーに向かった。
おばさんが言う通りお菓子コーナーには白い洋服にピンクのスカートをはいた女の子がいた。その子には見覚えがあった。例の半額シール事件、その親子の子供だった。向こうも俺に気付いたようだ。ちょこちょこと近寄ってきた。
「お兄さん。私のママを許してほしいの。あれはね、シールを貼ってしまった私が悪いの。ママは悪くないの。私がシールを貼ったから。私が私が」
確かにシールを貼ったのはここにいる女の子だ。それは間違えない。間違えないのだが、悪いのはこの子ではなく貼るように指示をした女の子の母親だ。母親が女の子に罪をかぶせて行ったこと。子供なら許されるだろう、パートもスルーしてレジを通すだろうと思って行動した母親が悪い。
「あなたが悪いわけじゃないんだよ。あれはね、君のママが悪いんだ。ママが悪いことをしたんだよ」
「ママはね、ここのスーパーが好きなの。あれからここのスーパーにまた行きたいって毎日言っているの。だから行かせてほしいの。お願いします」
女の子は頭を下げてきたが、そんなことをされても母親の出禁を解除するわけにはいかない。そもそも俺に解除する判断は出来ない。
出禁を解除するか決めるのは俺ではない。もちろんパートのおばさん達でもない。店長である。店長が判断することである。
でもな、店長は出禁を解除はしないだろうな。本来なら警察に連絡するのが正しい判断なのに、店長は出禁という形で罪を軽くしてあげたのである。その軽くした罪すら取り消しにしてほしいと母親は女の子を通じて言っているのである。無茶苦茶だ。罪の意識がない。
「いくら君が言ってもね、もうママはこの店に来られないんだよ。いくら君が頭を下げてもね、もう来られないんだよ」
「いくらお願いしても」
「いくらお願いしてもダメなものはダメなんだ」
「分かった。じゃあこれをあげる。ダメって言われたらママにあの人に渡してっていわれているやつ」
女の子は持っていた鞄から紙を出し俺に渡してきた。俺はその紙を受け取った。
「じゃあね」
女の子は紙を渡し終わると走っていなくなってしまった。俺は紙に書かれている文字を読んだ。読み終えた後俺は店長に会うために従業員しか入れない場所に向かった。
「店長、半額シールの親、警察に渡してください。お願いします」
店長は俺が入るなりこう言ったため少し困っていた。
「君も知っている通り、警察には連絡しないことにしたんだよ。まぁ本当は本部の指示では警察に通報するということになっているんだがね」
「店長もこの手紙を見ればその意見を変えると思います」
「手紙?」
「はい。先ほどあの半額シールの親の子が来てこの手紙を渡しに来たんです。女の子はママがまたこのスーパーに来たいから出禁を解除してくださいって俺はそんなことは出来ないって言ったんですけどね。
その後その子がこの手紙を渡してきました。受け取った後その子は走っていなくなってしまいましたけど」
俺は手紙を店長に渡した。店長は手紙を読み終えた後顔色を変えていた。笑ってはいない。驚きの顔だ。
「分かった。こないだ住所を書いてもらった紙もあるし警察に連絡する。君はもう帰りなさい。それからしばらくはバイトを休みなさい。いいか、これは店長命令だよ。大丈夫、クビにはしないしシフトも誰かに変わってもらえるように手配しておくから」
「分かりました」
バイド代が入らなくなってしまうが仕方がない。俺は返事をしてその部屋から出た。レジを変わってもらったパートのおばさんに店長に帰れと言われたため帰りますと一言言ってからその日は帰った。
女の子にもらった手紙、そこにはこう書いてあった。
もし私の出禁を解除しないのなら、あの若い男の子のパートに危害を加えます
半額シール 命野糸水 @meiyashisui
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