愚草と徒花

影森 蒼

愚草と徒花

 隔離された大地で私は根を張っていた。張り巡らせた根の感覚からすると私を守り、育てるためだけ整備されたような、囲いに覆われていた。

 私はいつから物を思い、考えることを始めたのだろうか。明確な時期が分からぬまま、肥沃な大地から送り続けられる栄養と快適すぎるくらいの雨風を享受していた。

 花を咲かせたい気がした私は、空に向かって語りかけていたのだ。

「一人で何をぶつぶつと語っているんだい?」

 初めて届いた誰かからの言葉に管が詰まるような衝撃を感じた。私には彼がどのような存在なのか知覚する術を持ち合わせていない。しかし、私と同じもしくはそれに近しい存在なのだろうと結論づける。

「君も花を咲かせたいんだろう? 僕も同じさ。共に頑張ろう」

 彼から送られてくるのは今まで受け取ってきた養分でも雨でも風でもない、どこか太陽にも似たような眩しさと暖かさを兼ねた言葉だった。

「君はどうして花を咲かせたいんだ?」

 私は太陽が顔を覗かせているうちに問うことにした。

 生きる目的を。

 朽ちるまでに刻もうとしているその生き様を。

「分からないさ、きっと君だってそうだろう? 漠然と花を咲かせるべきだと思った、それだけの理由さ。多分、生に理由をつけて自分を見失わないための仲介が欲しいだけなんだ」

 私はあまりに達観した彼の言葉に返す言葉が無かった。通り過ぎて行く生温い優しい風が私たちの体をふわりと揺らす。

 この日、彼とは言葉を交わさなかった。それでも彼との問答、共に体を揺らした時間が二人の間に見えない根を張ったようだった。


 私は彼と多くの時間を過ごした。風が吹けば互いの振幅を共鳴させるように体を揺すり、何度も太陽と星が入れ替わっていく瞬間を見届けながら何度も将来について語りあった。

 私たちはまだ何者でもない自分たちのことを愚かな草、“愚草"と呼ぶことにした。

 二人が花開く瞬間を夢見て。

 しかし、それは彼が、彼だけが蕾を身につけた瞬間に終わりを迎えたのだ。

「私も早く蕾を実らせないとな。もう君は愚草ではなくなったね。おめでとう」

 私は喜ばしさと先を越された僅かな焦りを感じながら彼に話しかける。

「ああ、確かに愚草では無くなったね。でも、私は豊かに花開いたところで何もない存在らしい。すまないね」

 彼の言葉は、実を結ぶ気のない花を誇っているように聞こえて、私は酷く腹が立った。

 私は彼よりも早く意識が芽生え、雨風を感じていた。それなのに彼が先に蕾を実らせ、体の内側が雨が降らない日のようにひび割れていく。

 もしかすると私は花開く権利すら与えられていないのかもしれない、その不安を共有したかった節もあるのかもしれない。

「自分を卑下するの辞めてもらってもいいか? 正直言って君の態度は未だに蕾のない私を馬鹿にしているようにしか思えない」

「ああ、すまないね」

 返事は風のように軽く、とっくに地面は乾き切っている。

 照りつける日差しがここまで煩わしく感じるのは初めてだった。

「何かあったのなら教えてくれないか? 大体、生きるのに自分を見失わないためのものがあればいいと言ったのは君じゃないか。君から芽生えた蕾は自分という存在と理由を繋ぐ仲介たり得ないのか?」

「君に話したってどうにもなりやしないんだよ」

 この問答を繰り返しても何も実らない。

 私は彼から教わった仲介を手放すことにした。

 彼を徒花で終わらせないために。

「君が花開き、身を結ばせないのは私が“愚草”だからだろう?」

「……」


 沈黙が丸一日流れた後、雨が降った。すっかり乾き切った大地が水分を取り戻していく。

「すまなかった。君の思いを無碍にするようなことを言ってしまって」

 その一言は消えかけていた私たちを繋ぐ根を取り戻すのに十分だった。

「君と語り合えるのなら私は身を結ばなくたって構わない」

「同感だ。だからこれから朽ちるその日ま……」

 雨を降らせた存在は私をしっかりと抑え、大地を抉るように持ち上げた。

 土を含んだ水が引き上げられた根を伝って滴り落ちていく。

 いつかこの日がやってくるとは思っていた。雨を降らせる存在からしてみれば何もない私を生かしておく必要がないのだから。

 この日、初めての痛みを覚えながら彼が花開き、名の知らぬ実を成らせる光景を見たような気がした。

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