愛すべき姉について
@Kuretose
愛すべき姉について
人は常に比較を持ってその価値を知る。不幸な人間の存在を知り、自らの身の上の幸福を噛みしめ、食うこともままならなくなってから、袋麺の有難みを知る。僕もその例にもれず、愚かな者との関わりをもって、街行く人々の聡明さを知った。その愚かな者の代表例が我が家の長女である。僕には二人の姉が在り、先に記した女と僕とに挟まれた次女は、非常に聡明な、人として尊敬に足る人物であった。末の僕はというと言うまでもなく愚図であるため、彼女は全く持って突然変異というか、トンビにより産み落とされた鷹そのものなのである。生まれ持った才覚と、後天的に積み上げた努力を礎とし、僕の首が捻じ曲がるほど見上げても見えないような高みへと昇って行ってしまった。雲の上の存在ともなれば、家庭に巻き起こる嵐に関しても蚊帳の外といった感じで、彼女も件の家庭に生まれ落ちたために相当な苦労をしたと見受けられ、人生単位の春中絶えず降る雨の後に晴れやかな顔でつゆ知らず、といった具合である。この次女を語るにはありきたりな賛美のみで事足りるため、今後も含め長ったらしく語るつもりはない。今時分僕がしようとしている話の中心にいるのは長女のほうであって、これに関してはまあ、前述したとおり愚かな女である。全くくだらないものではあるが、彼女に関するお話を、いくつか語らせていただきたいと思う。
まず、彼女の簡単な身の上から説明する。現在26歳、高卒(専門学校中退)であり、職歴はない。実家のすぐ隣にある祖父母の家の一室を図々しくも占拠し、根城としている。家賃や食費に関しては父母そして祖父母、のみならず稀に叔父の脛まで齧る怪獣っぷりで、昨今の物価高に関しても全く持って無関心というか、当事者意識の欠片もない始末である。彼女は根が物静かに、引っ込み事案に出来ているため、学生時代はあまり群れることはせず文学を友としていた。僕からすれば不思議で仕方ないのだが、一部読書をするものは知的であるという認識をもつ人間が在る。よく本を読み、かつ知性の片鱗すら持ち合わせていない愚図の僕からすれば、これは全く勝手で、無根拠なイメージである。そもそも頭のいい人間は、青春時代の貴重な時代の大半を、読書に費やすなどという愚行には及ばないのだ。その点彼女は、まるっきり愚かさから文学少女になったわけではなく、人間関係や運動、勉学といった全うな青春から逃げた末の消極的行動であった訳だ。そして彼女は勉強など得意でも、まして好きでもなく、出来ないからしない、しないから出来ないという負の循環に見事に身を落とし、地元でも有数のおバカ高校、いうなれば退学校(これは進学校とは反対に学力が低く、かつそれに伴い退学者も多い学校を呼ぶ造語、いわば洒落なのだが、上手く伝わるろうか)へと進学した。その高校の当時の偏差値は確か35程度であったか。これは大体下位6%ほどの数値で、教育者お墨付きの馬鹿である。また、非常に退学者が多い。その理由としては、少年院或いは刑務所へ転校したり、まともに通学せず出席日数の要項を満たせなかったり、女子生徒であれば妊娠し女生徒から母へ転身したりなど多種多様で、それらにたった一つ共通点があるとすれば、それは根っからの社会常識の欠如と、今後の人生に対する浅慮であった。特に長期休みの開け頃にはまとまった数の退学者が出やすく、教室内の空席と名簿に引かれた横線は、まるでデスゲームの参加者のようだった。例にもれず彼女もまたこの高校からは足が遠のくのだが、それは不登校になったためであった。正直言って、僕は高校以上の学年における不登校というものに全く理解を示すことができない。小中学生であれば、彼らは半ば強制的に学び舎に収容されているため、それに対する毅然とした反抗として、或いは無理に放り込まれた人間の星座のように曖昧で出鱈目な関係性に戸惑ってしまった故の防御反応として、不登校という選択肢を選ぶことに一端の共感をもって理解し得るが、それ以降の学習施設に関してはこの限りではない。なぜかと言えば、これまでと違い彼らは自らの意思でその場に籍を置き、通っているからだ。自らの意思でその学校に通わせてほしい旨の願書を出し、それに見合う資格を示すため試験を受けている手前、かの場では前述したような理由は全て詭弁でしかない。だが彼女は現実に不登校になった。僕は辞めてしまえ、さもなくば学校を嫌う要因の全てを薙ぎ倒し、殺し回ってでも太々しく通い続けろとそう思ったが、彼女は実に中途半端な逃げの一手を打ったのだ。その後は人生の無駄に長いことを利用したっぷりと長考を決め込み、参ったの一言すら言わず勝敗を有耶無耶にしたまま勝負から降りてしまった。高校とは実に温情というべきか、いい加減なもので、自室に引きこもっていただけの彼女にも卒業の資格は与えられた。といっても、その最後は卒業証書を手に、桜とスカートを華々しく舞い散らせるような美しい春の去り際ではなく、郵便ポストの口に乱暴に突っ込まれた卒業証書の筒を、母がそっと彼女の部屋の前にお供え物のように置いて行っただけのことであった。そんな訳で晴れて(無論、皮肉である)高校を卒業した彼女は、選択を先延ばしにするように菓子作りか何かの専門学校へ入校した。専門学校というのは、私立大学ほどではないが金のかかるもので、二年間で100万と余り幾らかの金が必要になるらしく、それに見合うほどの気概が彼女に感じられないことへの不満を母が漏らしていたことをよく覚えている。彼女の専門学生時代については、一文たりとも書くことがない。というのも入校から一二週間通ったのちは高校時代を思い出したように不登校を決め込み、半年が経って後期の授業料の50万を収めた後すぐに退学する運びとなった。結局まともに通えたのは最初の数週のみで、得た学びというのも自らの人間性に関する事柄に限るのではないだろうか。事実僕はその後も、彼女が菓子作りはおろかまともな料理をしている姿を見たことがない。学生という最後の言い訳も失くし、彼女は不登校から引きこもりの無職へ降格した。僕の家庭に人間程金のかかる存在をペットとして買うほどの余裕はなく、金の工面にほとほと困り果ててしまった彼女は、風俗の女となった。彼女曰く、家から電車で20分程の、地元唯一と言っていい都会染みたある街で、なんともなしに一人放浪していた時に、男にスカウトされ風俗嬢として手に職を、もとい手に陰茎を握りしめることとなったらしい。風俗の勧誘など、ある一定の、頭の弱そうな女にしかしないものであろうが、それを露知らず、まるで自らの女としての魅力に太鼓判を押されたとでも言うように誇らしげに語る彼女の頭と尻の軽さと言ったらなかった。僕は水商売の醜業婦に対し敬意を持つことはできないが、少なからず無職で居るよりは自尊心を蓄えていけるように見え、また金銭的な面においても、僕ら男が尊厳を全て売り払っても到底届き得ないような額をさらりと稼いできたりもした。まず初めに彼女が従事したのは、男の肉棒を手と口を持って奉仕する仕事であった。本番行為はなく、比較的単純な作業の繰り返しであるため性商売の登竜門ともされるピンクなサロンで、一端のピンサロ嬢となった。最初の内は鼻をつまみたいのをぐっと堪え、目に涙を溜め小汚い中年の情けない陰茎を咥え、生理的にも心理的にも嗚咽が出るのを堪え男を満足させたのち、恥辱に震える指で果て項垂れるそれに付着した精液を拭き取る日々であったのだろうが、一月もすれば肉棒が口に馴染んだらしく、その時分には客を一本、二本と呼んでいた。客の目よりも尿道の割れ目を見ている時間の方が長いというのだから笑える。今日のあの禿げのは臭かっただの、顎が疲れただの愚痴を聞くたびに、仮にも異性に、そして何より親族に対して恥じらいはないのかと疑問に思っていたが、自らの行いを恥ずべき事だと常日頃から忌まわしく思っていては、やるせない気持ちに苛まれてしまうのかなとも思う。
こんな風に一端のお水の女となった時分に、彼女は犬を飼い始めた。祖母と出掛けた先でふとペットショップに立ち寄り、そこにいた少しブロンドの交じった茶毛をしたミニチュア・ダックスフンドに一目ぼれしたらしく、当時21歳になる女が、駄々をこねる幼児のように買ってくれるまでここを動かないと強情を張ったらしい。流石往年の引きこもりというべきか彼女は立てこもりの色はを心得ていたらしく、ほとほと困り果てた祖母はその犬を引き取ることを決めたらしい。しかし困ったことに、彼女は根っからの乞食体質であり、呆れたことに自ら見染めた相手を娶るのに一切の身銭を切るつもりはないらしかった。犬っころというのは畜生の中でもカースト最上位の貴族身分であり、およそ30万円の値がついていたそうだ。さてそれを祖母が払えるのかというと、年金暮らしの老婆の身からは、逆さに吊るして干し柿みたいにした後に上下にぶんぶん振り回したところで一銭も落ちては来ないわけで、結句支払書は僕ら兄弟の両親のところへ届く運びとなった。当然、何の相談もなく30万円もの大金を請求されるなどワンクリック詐欺も同然であり、父は呆れと怒りを行ったり来たりしていた。そんな周りの苦心など露知らず、願望叶って憧れの小型犬との蜜月を過ごすべく部屋を整頓する彼女には、珍しく大人びた、母親然とした朗らかな表情が浮かんでいた。まず、なんらかの命を育てることになった暁には、名づけをするのが筋であろう。数多存在する種族の中からそれ一つを特別とし、区別をつけること、そして愛と願いをその名に込めることの二つの大役を担う名づけという行為には、当然誰しもが慎重に、深慮になるものである。我が家の母性が芽生えつつある脛齧りもその例に漏れず、ペットショップから自宅へと犬を招き入れるまでの二日間、うんうんと考え込んでいたようだった。そして犬を迎える日の朝方、僕が彼女の部屋を覗いてみると、綺麗に整頓された部屋に、犬用のケージが置かれていた。その左上の方に、幼稚園児の持ち物に張り付けるようなお名前シールが貼ってあり、そこには幼稚園児のような可愛らしい字でポンポンちゃんと書かれていた。一体これは何の悪ふざけだろうと思った。無論ペットにつける名というのは、人間に対するそれよりももっと気楽で、親しみやすさに重きを置いた志向で良いとは思うが、それにしたってポンポンちゃんはあんまりではないだろうか。確かに如何にも彼女の頭の中で鳴っていそうな音ではあるが、これからあの犬は、死ぬまでポンポンちゃんとして生きるのである。発情期を迎え、立派に成犬となった後も、果ては臨終の際にも、涙ながらにポンポンちゃんと呼ばれる羽目になる。そして何より、その名を口にするのは我々なのだ。
あくまで彼女のペットだと言っても、実質的には母や祖母が世話に協力することになろうし、僕だって実家にいるうちは世話を焼き、愛でようと思っていたのだ。それなのに、僕はかの犬を散歩するとき、人が通る街並みの中で、行くよ、ポンポンちゃんなぞほざくことになる。動物病院に連れて行ったらどうなる?お待たせしました。高橋さんと、ポンポンちゃんですねとそう呼ばれるのだ。僕は涙ぐんだ目元に感謝の光を灯し、ポンポンちゃんのこと、どうもありがとうございましたと医者連中に向かって叫ぶことになる。そんなのはまっぴらごめんだ。僕は平生自分のことを馬鹿呼ばわりしているし、何もそれは決して謙遜などではないが、そういった類の間抜けではないと自負している。それにポンポンちゃんというのは、ちゃんまでが名前なのだろうか。例えるならばさかなクンのような書式である。であればいつしかポンポンちゃんが老齢となり、それに見合った威厳を醸し出した際には、僕はかの者をポンポンちゃんさんと呼ぶべきなのだろうか。ともかくこんな名前は全くふざけている、とそう憤慨したいところであったが、悲しいかな飼い主は彼女なのだ。一切金を払っておらずとも、後年になり世話の殆どを人に押し付けることになるとしても、あくまで彼女の犬であり、最終的な決定権は彼女にあった。昼下がりに、ついにポンポンちゃんは家にやってきた。ペットショップの狭い正方形のショーウィンドウの中にいた時よりも、家の玄関にぽつりと立っている今のほうがずっと小さく、か弱く見えた。初めは怯え切ってうずくまるばかりだったが、犬の方に視点を移せば見ず知らずの場所へと拉致監禁された末代わる代わる見たこともない巨人がこちらに好奇の目を向けてくるのだから当然の反応と言える。初めは犬を飼うことを独断で押し通した姉に対し冷めた目を向け、30万などという大金を払う価値があるのかとか、そもそも僕と同じく根が怠慢で、飽き性に出来ている彼女に飼い主が務まるのかなど事の顛末に不服の立場をとってきた僕であったが、いざ犬を目の前にすると、その小さな命のなんといじらしいことか、愛らしいことかとすぐさま骨抜きにされ、この子の為ならばポンポンちゃんなどという語彙を持つ間抜けとして見られてもそんなことを恥じようものかと息巻いたものであった。当の姉もポンポンちゃんに対して十全な愛を持ち得たらしく、不安がる愛しの子を無暗に怯えさせぬようにと、じゃれつきたいのをぐっと堪えて少し引いた場所からうっとりと母性の滲む目線を送るのだった。その翌日、邂逅への興奮冷めやらぬまま、僕はポンポンちゃんの様子を見に行った。すると、ケージの左上に書かれた可愛らしいポンポンちゃんという文字は消され、少しだけ大人びた文字でベルとそう書かれていた。どうやら姉も実際にポンポンちゃん、と声に出し呼びかけてみたことでその間の抜けた響きに気付いたらしく、冷静にそりゃそうだと思う反面、ああ、さよならポンポンちゃんと一日限りの愛しい犬とお間抜け一家のハートフルコメディに思いを馳せるのだった。改名に至った理由には深くは触れず、ベルという名前はどんな意味なのかと姉に聞いてみた。すると姉曰く、これはディズニー映画の美女と野獣の美女、ベルから名を拝借したらしい。それはフランス語で美しいという意味を持つらしく、これはなんともかの犬に似つかわしく、ポンポンちゃんと比べれば感涙物の素晴らしい名であった。その時には僕も随分とベルという名前が耳に馴染み、用件もないのにベル、ベルと名を呼んでは、まだそれを自分の名とも認識せず、何ら反応もしないその姿をも愛おしく思ったものである。だが後日判明したことだが、ベルはオスだったのである。それはそれはご立派な竿をぶら下げた彼は、全く野獣そのものであった。ポンポンちゃん改めベルという守るべき存在を手にした彼女は、より一層仕事に精を出す、というか出されるようになり、それにより乾いた心を癒す給水所として愛犬を愛でるのだった。器量は悪くともなまじっか醜女ではない彼女はむしろ風俗嬢としては十全な素質を持つようで、明細まで把握していた訳ではないが、真面目に数十年間勤めあげた中年のそれを軽く超えるような額を稼ぐようになっていた。ともすれば骨まで浸透した売女的思考が金遣いを荒くさせるのは当然の運びであり、祖父母が五十年ほど連れ添ってきたボロ屋の一室に、エルメスやルイヴィトンといった高級ブランドが並ぶようになった。畳が六畳ほど敷き詰められ、陽光を取り入れるのは障子であって挙句出入口は襖といった純然たる日本家屋とそれらのハイカラとの不調和と言ったらなく、畳の上に置かれたディオールのバッグは、心なしか居心地の悪いように見えた。もしかするとこの頃から、姉自身がそんな居心地の悪さというか不釣り合いな感じをこの部屋に抱いていたのかも知れない。女が高級品に手を伸ばすのは、自らがそれに見合うだけの高級品に成りたい、又は既にそう在るのだという自負を抱いたときであると見え、実際そんな女には不思議と得も言われぬ高級感がある様に感じずにいられない。
しかし、そんな棚のずっと高い位置に陳列された商品を、自らの手を伸ばすことなく男の手を借り手にした女には、やはり身の丈に合わぬ感じというか、子供が母親の化粧品で遊ぶような微笑ましさもない、ボロ衣を纏っているかのようなみすぼらしさを感じるのだ。この場合彼女はどちらにあたるのだろうか、手を伸ばしたのは間違いなく彼女なのだが、それも結局は男が鼻の下と股の下を伸ばした結果であるし、男に依っているという点で本質的には同じに思える。だが、どういう了見か、はっきりとしないのだが、僕は彼女にそれほどのみすぼらしさを感じることはなかった。肉親として、根っこにある甘勘定がそうさせたのか、ただ月並みに貯金もすべきだろうよと思っただけであった。しかし、根が怠慢で、楽観的に出来ている彼女は、次第に仕事場から足が遠のくようになった。昼夜逆転の生活と、自尊心を絶えず摩耗していく仕事内容が流石に心身共に堪え始めたらしく、その時分には仕事のないときはひたすら眠り、のそのそと起き出すと酒をグビグビとやりだすようになった。身売りの社会性というのは基本的に社会人はおろか学生バイトのそれにも遠く及ばず、また小売り業者の側でも端から期待していないようで、週に2,3回しか出勤しなかろうが、当日の朝になって行けませんと電話一本で仕事を断ろうがすぐさま首を切られるということはなかった。それに助長した部分もあってか、果てには身支度を始める時間になってから仕事に行くか、休むかを決めるようになっていた。ここまで来てついに先方も彼女を見限ったのか、彼女は店を辞めた。本人は店長に腹が立ったからだと言っていたが、それはつまり店長から勤務日数の不足を理由に暗に退職を推奨され、堪え性もなければ優しく歯にバスローブを着せた物言いを理解する頭もない彼女のことであるから、気を悪くしてしまったのだろうと見受けられる。記憶が少し曖昧だが、犬の散歩を祖母が担う事の多くなったのもこの頃であったと記憶している。余談だが、馬鹿は無論ペットを飼えば親馬鹿になるもので、彼女は犬を可愛がるばかりであまり躾をしなかった。あんな可愛い生き物を叱れるかという点には同意するが、それにしてもおしっこを所定の位置にせず、耄碌した老人よろしくそこら中にまき散らすのには、家中の物が顔をしかめたものだった。僕のゲーム機に小水を垂れやがったときには、なまはげを引き合いにだす老人よろしく、韓国人に引き取ってもらうぞ、と通じるはずもないのに脅したものだ。だが飼い主には似ず生みの親に似たのか、犬そのものは非常に賢かった。言うことを聞くどうかは別としても、何となく人間どもが怒っているのかどうかの判別は付いていたようだし、これをすれば喜ぶのだろうとあざとい仕草を学習したりもした。とりわけ感心したのは、僕が家を出る際に、彼は行かないでくれと言わんばかりに玄関先まで付いてきて、ワンワンと鳴き続けるのであるが、僕が後ろ手に玄関のドアを閉めた途端にピタリと鳴くのをやめるのだ。感情的になって鳴いているようで、その実これ以上は無駄だから諦めようという線引きはしっかりしているのだ。それかむしろ、この線は考えたくはないのだが、何も引き留めるつもりなどさらさらなく、ただお見送りのポーズをしてくれているだけなのだろうか。忘れ物を取りに戻った際になんだ、戻ってきやがったのかと言わんばかりにちらと一瞥を与えられようものなら、こちらがわんわんと泣いてしまいそうだ。
さて、これから彼女は第二のキャリアを歩んでいくことになるのだが、お水の世界というのは一度足を踏み入れれば泥沼化し、なかなか抜け出すことができないようであった。いくら金が稼げても、他の分野において役立つ経験や技術、社会的な信頼などは何一つとして手に入らないのだからそれは当然と言えば当然であり、他の仕事ができるのならそうしている、と後年彼女はそう漏らしていた。結句ピンサロ嬢時代のコネを使い、メンズエステやソープといった風俗を転々としていた。それらは全て同じ穴の狢という奴であり、彼女はそれから2,3年は変わらず穴であり続けた。ところで、風俗嬢はおじさん達から巻き上げた多額の金を、一体どうしているのか。彼女達の殆どが、慎ましく生活をするだけならば持て余してしまうであろう金額の、十分の一程も蓄えておくことをしない。無論身内のために費やしたり、借金の返済に充てたりなど苦心している者もあろうが、やはり多くは散財するのである。例えばファッション。メイク道具や服、バッグやアクセサリーといった小物達。無論、彼女達は自らの体を商売道具にしている訳だから、美しく着飾ることは必要に駆られてのこともあるだろうが、それにしても度が過ぎている者も多い。僕の姉をとってみても、見た目も価格も似たようなバッグを幾つも持っていたり、ストレス発散と称して衝動買いを正当化したりしていた。そして、これも昔からの典型だと言うが、ホストにハマる者が後を絶たないという。姉も例外ではなかった。人生のレールからは早々に外れた彼女は、その先にあった奈落へ向かうレールには首尾よく乗り込めてしまったようだった。少しホストについて語らせていただくが、以下は僕の実体験ではなく、親戚の元ホストから聞いた話と、一般論によるものである。新人のホストには、なかなか客がつかない。知らないラーメン屋に入ったときには、とりあえず人気所を食べておくのと同じく、わざわざ無名のホストを指名する物好きは稀なのだ。そうして人気がないことが不人気の原因となる、負の循環に陥る。そのため彼らは店内でふんぞり返って客を待つわけにはいかず、旧石器時代の本能を呼び覚ましてメスを狩りに行く。その狩場は街中で、ナンパをしたり、最近ではマッチングアプリで知り合ってから店に誘い込むという手口もあるらしい。しかし、そう簡単に女性を釣ることはできない。見ず知らずの男に声を掛けられ、僕と飲むのに数万出してよだなんて言われても、いくら男前といえど相手にしない女が殆どで、またマッチングアプリのほうは回転率が悪い。そもそも、女性の全てが男を求めている訳ではないし、男を求めてはいても、ホストは願い下げということも多々ある。数打って当たらないとなれば、当然的を絞る。では比較的ホストに引っ掛かり易いのはどんな女か。承認欲求が強く、金があり、水商売にも理解がある女。そう、同じ穴の狢、同業者、つまりは風俗嬢である。ホストは客として、風俗に出向く。女はさていつも通り一本抜いたりますかと財布と金玉がパンパンに膨れているであろう男を待ち構える。今度のちんぽはどんな男に付いてるのかしらと思っていると、ドアが開き、ホストが姿を見せる。溝川の中で鯉は一層美しく輝いて見えるかもしれない。ホストは当然恋に落とす気満々であり、この機を逃してはならぬと女を口説く。ついでに一発抜いてスッキリしたところで、じゃあ今度は僕の店へと誘導するのだ。これがなかなか打率が良いらしく、新人ホストが風俗に客を取りに行くのは界隈では正攻法らしい。無論失敗することもあるだろうし、時にはミイラとりがミイラにというべきか、すっかり風俗の常連に落とされてしまうこともあるらしい。いわば男と女の真剣勝負なのである。そして、姉はこの勝負に負けた。初めのうちはハマってなどいない、一回行ってみたかっただけで、そりゃあ楽しかったけど、別にいつでも辞めれるなぞほざいていた。これは僕が煙草に依存し始めた頃に吐いた言葉と瓜二つで、実際ホストにハマる者の多くは最初このようなことを言うらしい。で、案の定というか、根がどこまでも意志薄弱でまた三大欲求にも肩を並べるほどに承認欲求を肥大させてきた彼女は晴れて常連になった。初めは数千円、次には一万円の酒を入れ、一か月記念だからと10万の酒を入れる。資産はなくともなまじっか現金だけは持っているもんで、歯止めも聞かず、おじさんからホストへと金を運ぶ仲介業者のようになっていった。風俗に出勤し、退勤後その足でホストに向かう。仕事終わりのサラリーマンが飲み屋に通うようなこの黄金ルートを開拓してからは、かなりの額を入れ込んでいたようだ。姉が贔屓にしていたホストの源氏名はもう覚えていないが、仮に一輝としておこう。(僕の好きなゲームに出てくるホスト役の名前…)ある日彼女がふとこんなことを口走った。
「一輝と付き合ってるからさ」
その一輝という男の写真をスマホで眺めながら、さも当然のように呟いたのである。僕はさてどうしたものかと思いつつ、極力角を立てぬように聞き返す。
「付き合ってるって、そりゃホストじゃないの」
「ホストだよ。そりゃ最初は客とキャストだったけど、なんだか気が合って、お互い好きだなーって思って、それで付き合ったの。私のことが好きだって言ってくれるし、将来の話だってしてくれる。彼と話していると安心するの。」
「へえ、それで、その人はまだホストの仕事は続けてるの」
「うん、そりゃあ少しは嫉妬するけど、大事なお仕事だし、枕はしないって言ってたし。だからいいの。私もたまにお店に遊びに行ってるよ、彼女だもん、支えてあげなくちゃ」
僕の中では十中八九、いや九分九厘答えは決まっていた。だが、馬鹿だなあお前、そりゃあ本命営業ってやつだよ。お前以外にも沢山の女にそんな風なことを言ってやって、売り上げにしてるだけさ。土台彼女と酒を飲むってのに金を出してやる所か丸々払わせるなんてそんな馬鹿な話があるか。とそういってやりたかったが、恋は盲目、耳は耄碌した老婆よりも遠のく。僕の助言などむしろ妄言として聞き流されてしまうだろうから、僕は適当に相槌を打つに留めるのだった。存外早く魔法は溶けた。彼女がプンスコ怒りながらホストなんてもう行かないと言うのである。彼女が語った情事の顛末はこうだった。姉が夜の街を歩いていると、我が彼氏、一輝を見かける。そしてなんと、私というものがありながら、女らしき人間と腕を組み、連れ立って歩いていくではないか。女の、膀胱よりも短いヒステリーの導火線に火が付き、怒りが爆発しそうになったが、ふと冷静になり、導火線を渡る火にちょっと待ったをかける。一輝はホストだ。同伴といって、女の子と店の近くで落ちあい、ちょっと寄り道してからお店に行くこともある。であれば今彼はお仕事中であり、彼女たるものそれを理解し、この嫉妬を抑えねばなるまい。ちょうど二人が歩いて行ったのは一輝の店がある方向だった。大丈夫、ただ、二人が店に入るところを確認できればいい。そうすればホッと胸を撫でおろし、一輝に対してモヤモヤした気持ちを抱えることなく接することができる。店までの距離もここからそう離れていないし、別にこれくらいならばストーキングにはならない。サッと確認して、後は踵を返して当初の用事に立ち返れば良いのだ。不安に蓋をし、ゆっくりと後をつける。一輝にばれぬように、人混みに紛れ一定の距離を保つ。そうだ、その角を右に曲がれば繁華街に入る。そしてここを真っすぐ行き左手の路地に入る。ラブホテルが立ち並ぶ所謂ピンク通りである。そしてここを通り抜ければ一輝の店につく。通り過ぎれば...
彼女の願いも虚しく、二人はふらふらと、徐々に左に依っていき、ずらりと立ち並ぶラブホテルの内の一棟にふらりと入っていった。あの少し人目を気にするような、それでいてスマートな入店仕草は確実に初犯ではない。なんならフロントを顔パスで抜けてもおかしくはない。姉は大いに戸惑った。何故だ、一輝よ。枕はしないと言っていたではないか、それともまさか、彼女なのか。私という者がありながら...この時分に至って初めて、姉は自分が本命営業をかけられていた可能性に思い至った。そして後日姉が一輝を問い詰めると、観念した彼は姉との関係は営業に過ぎなかったこと、そして枕をしないのは本当で、あの夜の子こそが真の恋人であったことを白状したらしい。姉はこの件を持ってキッパリとホスト通いを辞め、また一輝を失ったことに関しては悲しみよりもむしろ金のかかる趣味を切り捨てるいいきっかけになったと捉えているようだった。全く、つくづくホストという生き物の口八丁は恐ろしいものだが、女も女である。特に風俗嬢の経験があるのならば何故気付かないのだろうか。自分とて、口を動かすのは愛ではなく金のためであろうに。
風俗嬢として身銭を稼いでいるうちに、彼女も25歳になった。当初は、20代前半ですっぱりと足を洗うと話していたが、肩まで使った性の泥沼から、抜け出せずにいた。性衝動をぶつけるための女体としては、女には消費期限がある。男の口から言うのは酷く乱暴で、無遠慮なことだろうが、これは抗いようもない現実であると思う。愚鈍な姉にしてもそれは重々承知の上らしく、いつか昼の仕事をしたいとそう言っていた。生まれついての考えなしではあるが、この頃の彼女の頭の鈍さはちょっと病的というか、自分にとって都合の悪い事柄に耳を塞ぐその仕草は防衛本能から来る現実逃避に思えた。そんな訳で彼女と話すときは皆、否定的な言葉は用いず、毒にも薬にもならない先延ばしの肯定だけを置いていくようになっていた。僕も例外ではなかった。そんな彼女との会話には面白みもなく、現実から目を反らす彼女の神経をただ逆撫でぬようにと発する言葉は、死に際の人間に対する方便のようで遣る瀬無さを感じていた。母は、勿論このままでいいはずもないと理解していたが、どうにも解決の糸口が見つけられず、またそうして自らのために苦心する母に対してきつく当たる娘に、疲労と鬱憤が溜まっているようだった。それは月日を重ねることで積み重なり、次第に僕の前でぽつりぽつりと溢れることが増えた。姉の母に対する態度は僕から見てもあんまりで、それは根が幼稚な彼女の間延びした反抗期から来るものもあろうが、何より他に吐き出す当てのない彼女の、母に対する甘えだったのだろう。とは言え僕からすれば敬愛する母に対してどこまでも舐め腐った悪態を付く精神的幼児には、ちょっと我慢ならない思いを抱えていた。そして彼女の、どこまでも現実を知らぬ人生観や、独りよがりの自己弁護に過ぎぬ他者への批判などに僕は辟易し、このクソガキを打ちのめしてやりたいという思いを禁じえなかった。そしてある日、僕の本音を、ハリネズミのように丸くなっている彼女の心をこじ開け、そのどてっぱらに突き刺してやるに至った。その日、僕と姉、そして母の三人でかねてより付き合いのあった母の妹(以降叔母とする)の家に遊びに行った。叔母は僕らの家から車で30分ほどの場所にある、閑静な住宅街の中の一軒家に住んでいた。並木道に面した叔母の家は、優しい白色で、茶色のレンガに囲われた庭に、名は知らぬが赤や黄色の可愛らしい花が咲いていた。叔母夫婦が仲違いののちに離婚するまでは、僕の理想とするような家庭だったのではと思う。この家で飼われていた黒色のラブラドールのぺスは、幼い時分の僕が家の玄関を開けると、尻尾を振って飛びついてきた。後ろ足だけで、ちんちんのような姿勢で立った時の彼は当時の僕と上背に差がなく、僕はこれをすっかり怖がってしまい、叔母の家を訪ねるときは決まってぺスを抑えてもらっていたことを思い出す。やがて僕も大きくなり、飛びついてくるぺスを受け止めて可愛がってやれるくらいになった時分に、彼は死んでしまった。庭で遊んでいて、うっかり転がったボールを追いかけ、道路に飛び出して車に轢かれたらしい。僕は、何か大事なものの死という事象を、この時初めて経験した。叔母の家へ行くと、今でも虹の向こうにぺスを思い出す。子供たちも独り立ちした今、叔母は件の家に一人で住んでいた。寂しさがないわけではないのだろうが、彼女は明朗な人物で、いつも明るく笑ってくれた記憶がある。あの笑い声が、僕は好きだった。家に上がる際、やはりいつもぺスが前足を浮足立たせて待っていた玄関の左隅をちらと見てしまう。感傷というほど痛みを伴う記憶ではなく、柔らかな懐かしさを感じた。独り身には少し広すぎるであろう居間にお邪魔すると、叔母が僕らにジュースと菓子を出してくれる。僕は犬のように食事を前にして待てができるほど賢くはないため、面倒なことは考えず出されたものは欲しいだけ食べているのだが、これが可愛らしい童ならばいざ知らず、既に体の方は成熟しきり、小憎らしさまで感じる面をした男の行動なのだから、きっとみすぼらしく思われるのかもしれない。母と叔母の世間話の内容は、殆どよくわからない、僕の知るところのない話であったが、叔母をお姉ちゃんと呼び楽しそうに話す母に、女子だった頃の面影を感じた。二人が顔を合わせ話すときには昔と何ら変わらない姉妹となり、積る話を一つずつゆっくりと笑いに変えていくのだった。次第に話の軸は二人の姉弟へと移っていき、僕は今どんな勉強をしてるのかとか、今は何てゲームが流行ってるのとか話していた。取るに足らない話には姉も交えて笑いが生まれたが、次第に話は誠実さを増していった。そもそも母が僕の姉を叔母に引き合わせたのは、単にしばらく会っていないからというだけではなく、この頃の姉に関する問題を解決する糸口を叔母に求めたからである。それを叔母は承知の上であったが、何も端から怒鳴りつけてやるといった心持でもなく、まして自分が全て解決してやろうなどという傲慢さも持ち合わせていない彼女は、まあ話を聞いてみようといった程度の姿勢だったそうだ。根が臆病に出来ている姉は、清々しいまでの内弁慶であり、相手が親族だとしても、猫を被り、か弱げに声を低めて話すのだった。
「別に今の仕事を否定するつもりはないけどさあ、いつまでもって訳にいかないじゃない?今すぐにどうこうしろって言うんじゃないよ、でも何か考えていかないとね」
「うん」
「何か、やりたいこととか考えてることとかあるの?昼の仕事だって、探せばいくらでもあるんじゃあないの」
「ドッグカフェの店員になるって決めてる。」
「ああそう。いいじゃん、猫カフェみたいなやつでしょう?今ワンちゃんのもあるんだねえ、ワンちゃんのお世話なら、日頃してるし、上手く活かせるんでないの」
「うん、ワンちゃんと触れ合って、仕事する」
「でもまあ、ああいうのってわんことの触れあい以外のことも大事になってくるよねえ、カフェっていうくらいだから料理作ったりもするんでしょう?多分。どこら辺で探してるの?店」
「まだ」
「まだって言ったって、とにかくお店探して面接受けてみないことには始まらないさねえ、昼夜逆転もゆっくり直してかなきゃいけないし」
「分かってる。」
少し、苛立ったように姉はそう答えた。目を反らしているのか項垂れているのか、顔を伏せている。
「それに、家にいるんならそれでもいいけど、せめて食費くらいは家に入れるようにしないと。いつまでもお母さんに甘えてちゃ駄目よ」
「うるさいな、そんなこと叔母さんに言われる筋合いない」
そう彼女がぶっきらぼうに吐き捨てると、母がなだめる様に言葉を掛ける
「そんな言い方ないでしょう?お姉ちゃんだってあんたを心配して言ってくれてるんだから」
「うるさい、お前は黙ってろ」
舌打ち混じりに答えると彼女は、居間を飛び出す。
居間の空気はぴたりと凍り付いたが、母の表情に、僕の怒りは火にかけられたやかんの如く激熱した。平生の不満を押さえつけていた蓋は吹き飛び、今にも沸騰した感情が溢れ出そうだった。むんずと立ち上がり、開きっぱなしの居間のドアを潜ると、最後の理性を持ってそれを後ろ手に優しく閉めた。彼女は玄関で靴を履いていた。
「お前、じゃないだろ!日頃から舐めた口聞きやがって、大体お前が馬鹿みたいに食っちゃ寝してられるのは誰のおかげだ!25にもなって反抗期の終わらないクソガキを養って、飯まで出してるんだぞ!言われたことだって何も間違っちゃいない、いつまで現実から目を反らし続けるつもりなんだ?ドッグカフェの店員になる、でもまだ店すら探してないだ?てめえは25歳なんだぞ!そのうえ学歴もなければ職歴もない。言っておくが風俗嬢なんて間違っても職歴になんか書けねえからな、お銭が欲しくて体売ってましたなんて人様に言えたことじゃねえんだよ!人様の何倍も頑張ってようやく人並みの職にありつけるんだよ!いいから黙ってバイトしろ!コンビニでもどこでもいいから体以外のものを売ってみろ、ちんこしごく以外で手を動かせよこの売女が!」
僕の怒号をただ黙って背骨に受けていた女が、こちらを振り返り喚く。
「お前に何が分かるんだよ!好きでこんな仕事始めたんじゃない!高校辞めたのも、専門学校行けなかったのも、じゃあ全部私のせいだっていうのかよ!あんな状態で、学校なんて通えるわけないだろ!仕事だって、こんな障害があって他に何ができたんだよ!なあ!」
ああ、書いてしまった。やはり語らないほうが良いんじゃないか。僕はこのお話を、ただの笑い話にしたかった。間抜けな姉の、くだらない出来事を、駄文でもいいから笑えるように書きたかった。だから、あえて語らなかったことがいくつかある。だがやはりそれらをあえて隠し、姉の人生を語るのはただ彼女を笑いものにする、いじめでしかないと思い直した。姉にまたそんな思いをさせるのはあまりに酷だ。彼女はあまり賢くなかった。これは冒頭にも書いた通りで、別に訂正する気はない。だが、付け加えるとするならば、おそらく軽度の発達障害なのではないだろうか。当時はそれらの障害があまり社会に知られておらず、両親はわざわざ病院を受診することもなかった。そして僕の生まれた家庭は、お世辞にも良いとは言えない環境だった。その劣悪さの最も酷かったのが、姉が中学生~高校生の時期であったと思う。もし、万が一この文章が彼の目に届いたら、そう思うと僕は生きた心地がしないが、やはり言わねばならない。父は屑だ。叱ることと、感情に任せて怒りをぶつけることの分別のない男で、暴言を吐かれることも少なくなかったし、暴力も振るわれた。その中には理不尽なものも多々あった。大人になり、当時を俯瞰することのできる今だからこそ断言できる。そんな父の不機嫌が振りまかれる家庭は、憩いの場ではなかった。とりわけ思春期を迎えた姉には堪えたことだろう。彼女が地元でも有数の低偏差値高校にしか合格できなかった時、彼は娘を馬鹿だと罵った。親のすべきことは、子の至らなさをそれでも愛し、むしろその過程の努力に目を向け、認めてあげることではないのか。そうして進学した学校に、根が引っ込み事案にできている彼女は馴染めるはずもなかった。偏差値の低い学校には、どうしても、暴力が蔓延る。想像力の欠如から、人を傷つけることに戸惑いがない。いとも簡単に引き金を引けてしまう。その標的になるのはいつだって自己主張に乏しく、精神、及び肉体的に弱いものだ。僕は決して、決して被害を受ける者に責任があるとは言わない。だが現実として、原因はあるとそう思っている。上手く集団に紛れることができない。かといって、自分の身を自身で守り切る強さもない。そういった弱者が、被害者になる。姉はすぐに音を上げた。当事者でない僕にはただ想像することしかできないが、それはきっと耐えがたい痛みであろう。周囲に味方はおらず、救いの手はなくただ悪意に塗れた手だけが伸びてくる。心を痛めつけるためだけに発せられた言葉は毒のように体を蝕み、体に伝わる痛みや恥辱は心を蝕む。人を壊すには十分すぎる仕打ちだというのは想像に難くない。本来ならば、そうして傷付き、命からがら逃げかえった幼子に与えられるべくは両親の温かい抱擁と、力強い擁護の声であるはずだった。学校に行くことのできなくなった彼女に、父は問いただした。何故だ、と。彼女は答えることができなかった。親に、いじめられているなんて軽々しく口にできようはずもない。そんなことはまともな頭があればわかるはずだ。無言のまま俯く彼女の頬に触れたのは、父の平手だった。流れ落ちる涙を拭き取るため添えられたわけではない。きっとあの時、父にぶたれたときに、彼女の心は壊れてしまったのだと思う。それからというもの彼女はこれまで以上に父と距離をとる様になった。彼女が祖父母の家の一室に住んでいるのもそれが理由である。そして彼女はそれ以降高校に行くことはなかった。そして、彼女が異常に阿呆のようになったのはこの時期からであった。まるでおバカキャラで通っているテレビタレントのように、幼児程度の知能しか持ち得ないかのように振舞うようになったのである。看護婦をやっているためにある程度の医療的知識を有している母の考察では、自分を守るための防衛本能なのではないかということだった。嫌なことを考えたくない、だから自分は分からない、考えられませんと思考に膜を張る。それが無意識の内に行われ、常習化し彼女の思考には常に靄がかかっているような状態となってしまった。また、彼女の社会復帰の大きな妨げとなったのが、パニック障害である。それはいつ頃から現れ始めたのか定かではないほどにまるで生まれもった性質のように自然に彼女の肉体に現れた。緊張や不安がトリガーとなり過呼吸や激しい動悸などの発作を引き起こす障害で、それは日常の至るところで起こり得た。厄介なのが、このパニック発作自体が、発作を引き起こす原因になるという点だった。今ここで発作が起こり倒れたらどうしよう、人混みの中、突然動けなくなったらどうしよう。そういった不安がパニック発作を引き起こす、負の循環が生まれる。このような障害を持った状態で、まともな社会生活を送ることは非常に困難を極める。彼女が一二週間でやめてしまった専門学校に関しても、たった数日で発作を起こし、その際の周りの、悪気はないだろうがやはり異質なものを見るような目が、彼女の心を砕いてしまった。そうして彼女は路頭に迷った。かような状態で、雇ってくれる企業など見つかりようはずもなかった。これに関しては、実際企業側を責め立てることもできない。いつ爆発するかも分からぬ爆弾を抱えた人間を雇うメリットなど存在せず、せめて人材として稀に見る優秀さならいざ知らず、彼女は特段何の武器も持たぬ高卒に過ぎなかった。そんな彼女が醜業婦に身を堕とすのは至極当然の運びで、むしろ穀潰の障害者から懸命に成り上がったともいえる。ホストにハマったのも、肥大した承認欲求故であり、本来ならば親から受けるはずだった承認を他者に求めたに過ぎない。数年の生活を通して、彼女のパニック障害は幾らか寛解に向かっていたが、昼の仕事に対する怯えがあるの致し方のないことではないか。壊れた心に、彼女の仕事はどのように響いたのであろうか。一見すれば太々しい、開き直りを持ってしか耐えうることができなかったのではないか。無論彼女の振舞の全てを容認することはできない。また正当化する気もない。ただ、彼女は愛すべき姉であった。あの時、あの瞬間、愛されるべきであった。僕は父を許すことができない。貴方が、貴方だけは、あのとき、愛するべきだったのだ。その両の手は、彼女の頬を張るためではなく、傷付いた小さな体を抱きしめてあげるためにあったのだ。あの瞬間、全てを悟ったように叫び声を上げる母の事が忘れられない。目に焼き付き、耳から離れない。あの時母は、自分が腹を痛めて生んだ最愛の我が子から、一生涯を掛けて恨まれることを覚悟したのだ。
僕の、叔母の家にての発言に立ち返ろう。最低だ。全てを知った上で、しかしそれでも彼女を許すことができず、母のためなんて大儀めいた言い訳を胸に、自らの抱えていた鬱憤を吐き切ったのだ。それはあの日の父の張り手よりもずっと浅ましく、独りよがりの物だった。それ以降、彼女とは言葉を交わしていない。既に実家も離れてしまっているために、今現在彼女がどのような暮らしを送っているのかもよく知らない。恐ろしくて、母に問うてみることもできていない。ただ、彼女を愛すべきだったという後悔が残るばかりである。
愛すべき姉について @Kuretose
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