真面目ちゃんにジョークは通じない?

渡貫とゐち

第1話


「え……愛町(あいまち)さん……? それ、血、なの……?」


 日本生まれだが、見た目は海外の血を色濃く受け継いだ金髪ツインテールの女子高生だった。

 彼女はひとけのない廊下で倒れているクラスメイトを発見する……したのだが。

 彼女は血だまりに仰向けで倒れていた。


 すぐ近くには血がべったりとついたナイフが転がっている。そこに因果関係があるとは限らないのだが、状況だけを見れば、誰かがナイフを使ってクラスメイトの――愛町 相楽(さがら)を刺した、と言えるだろう。であれば、血の量にも納得だった。


 駆け寄った転入生が倒れたクラスメイトに触れかけて……触れていいものなのかと逡巡する。

 こういうのは警察がくるまで動かさない方がいいのでは……?


「し、死んでる……? よね……、だってこの血の量……」


 転入生――響鬼(ひびき)高良(たから)は分かりやすく頭を抱えてパニックになっていた。忙しく動いているがなにも進展していない無駄な動きばかりである。


「どうしよ、先生、いや、通報を……? あ、AED!! ――じゃなくて、人工呼吸をした方がいいのかしら!?」


 倒れているクラスメイトの唇を見て、ごくり、と唾を飲む。

 人工呼吸がいま正しい対処法だとは彼女も思ってはいないが、迷っている内に大事なクラスメイトが帰らぬ人になっては大変だ。

 やってダメならそれでもいい――やらなかったから助からなかった……は、いちばん避けなければいけないことである。


 ……迷う時間はなかった。


 人工呼吸、しなくちゃ! と転入生が唇を尖らせる。



(ふふっ、困ってるパニくってる可愛いなあ、転入生ちゃんはぁ!)


 内心で、愛町相楽は萌えていた。


 日本生まれ日本育ちのハーフの女の子。青い瞳の転入生――響鬼高良を歓迎しようと相楽が仕掛けたイタズラだった。

 やや(かなり?)過激だが、相楽からすれば優しい方だ。彼女も麻痺しているのだろう……、転入生へ仕掛けるにしてはチュートリアルを飛ばし過ぎている。

 転入生でなくともぎょっとする光景だった。


(このイタズラを通して、あたしと今日っ、仲良くなってもらうよ――――……あれ?)


 聞こえてきた不穏なセリフ。

 近づいてくる気配と吐息が、本当にしようとしているのだと目を瞑っていても分かった。


(ちょっ、人工呼吸!? まってまってまて!! 初めてなんだけど女の子の唇で、ええっ!?)


「意識をしっかりね、愛町さん……すぐに私が助けてあげるから」


(ヤバイ……作りモノの血が、リアル過ぎたからかも……傷口も本物と見間違うほどの出来だったけど、本当に騙せたらダメなんだってば! 一瞬見ただけだと確かに間違えるかもしれないけど、よく見れば嘘だって分かるでしょ!? 心臓の音ばくばくいってるし!! 気づくよ気づいてねえお願いっ! ――どど、どうしてこんなことに!?)


 キス――人工呼吸だったのはまだマシな方だろう。AEDを使われていたらと思うと……。それよりも先に通報、ではなく、まずは先生を呼ぶべきだろう。


 しかし、転入生はその選択肢がすっぽ抜けたように頭にないようだ。


(早く先生呼んでぇ! 真面目でクール、学業優秀なはずなのに緊急時にはポンコツになるのかこの子!)


 知らない一面が知ることができたやったー、とはならない。

 いや、さっさと相楽が起きてしまえばいいのだが、この真面目ちゃんを前にして嘘でしたー、とネタバラシをすれば嫌われそうで言い出しづらかったのだ。


 ここで嫌われると卒業するまで尾を引きそうな気がした……それは嫌だったのだ。

 だから良きタイミングを狙って体を起こそうと思っているのだが、なかなかそのタイミングがこなかった。

 このままだと本当に人工呼吸……を、されてしまうだろう。


「すぅ、はぁ……すぅ、はぁ……。こんな感じで息を送り込めば――」


(やる気じゃん……。ま、まあ、心配してくれてるってことだから嬉しいけど。ここで躊躇されたらさ、それはそれで複雑だしぃ)


 転入生に抵抗はないのだろうか。

 緊急時において抵抗なんてものはなくなって当然かもしれないが。


 だが、ここで人工呼吸をさせていいものか。少なくとも相楽は初めてのちゅーになる。相手もそうかもしれない……それとも慣れているのだろうか。何人目?

 相楽は、嫌ではなかったけれど……。


 してしまえば今後、彼女の顔を見れなくなることを自覚している。

 嫌ではなく、できればしたくないというのが本音だった。……だから。


(い、言う? ネタバラシ、する……でも嫌われたら――)


 立ち直れないかもしれない。

 転入生とは仲良くなる前なのでなんの思い出もないけれど、彼女から縁を切られるのは嫌だった。もしもそんなことをされたら……すっごい落ち込むだろう、泣いちゃうだろう……それほど、既に相楽は彼女に入れ込んでいた。


 一目惚れとは、色々と行動を迷わせる。

 相楽の今回の死んだフリだって、迷走の結果なのだから。



 ――ちら、と、相楽が一瞬だけ。

 ほんの隙間、目を開けた。


 すると、



「(くすくす、いつまで彼女は死んだふりをしていられるのかしらねー? はぁー、面白いことするじゃん……新しい学校は退屈しなさそうで安心したかも)」



 と、小声でぼそぼそと。

 静かな廊下。

 放課後だが、ひとけのない廊下なので彼女の呟きもよく聞こえた。


(この子っ、あたしのフリを知った上で、演技で騙されて……ッ。騙されたふりをするなんて、ズルい!!)


 と、自分のことは棚上げしている。

 専売特許を奪われたと感じた相楽が、意地以上に対抗心を燃やして腹をくくった。


(――いいね、なら、付き合ってやろうじゃないか!!)


 そう決意した。

 決意した、瞬間だった――完全に不意を突かれた。


「えい」


(ぶふっ!?)


 キスされた。

 ――人工呼吸、だったけど。


 唇に別の唇が触れている。柔らかい感触が、鮮明に伝わってくる――


(が、がまんっ、声を出すな……あたし! これは意地、なのよ……――うぁ、甘い……意識が飛ぶ、とろけるぅ……。なんだか、この子に全部を委ねたくなって……んくぅ!?!? え、し、舌が入ってきたけどっっ!? なんでっ、人工呼吸なんじゃないの!?!?)


 大人でもあまりしないような激しいキス――人工呼吸だった。


「ぷは。……まだ息を吹き返さないのね。仕方ないわ、じゃあもう一度――」


(ッッ、――も、もうむり! あたしの負けでいいから飛び起きて、)




「え? き、きゃああああああっっ!? あ、愛町さんが死んでるぅぅうう!?!?」





 …つづく

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