第4話 飛山城跡

 情報屋サキが残したメモに記されていたのは、オリオン通りの喧騒から遠く離れた場所だった。鬼怒川の断崖に位置する歴史遺構、「飛山城跡とびやまじょうあと」。

​「所長、なんでまたこんな城跡に? ここはクリーンルームどころか、ただの土と草の匂いしかしないですよ」

 マサがパーカーの裾を揺らしながら、復元された防塁を仰ぎ見る。

​ 変美は、中世の土塁が幾重にも重なる広大な敷地の真ん中で、空を仰いだ。

「……いや、マサ。ここは絶好の『リモート拠点』だ。視界が開け、鬼怒川のせせらぎが雑音を消してくれる。そして何より――」

​ 変美の鼻が、ぴくりと動いた。

​「風が運んでくる。この場所には似つかわしくない、**『消毒液と静電気』**の匂いだ」

​ 二人は復元された掘立柱建物から少し離れた、立ち入り禁止区域の茂みへと足を踏み入れた。そこには、周囲の景観に溶け込むようにカモフラージュされた、コンテナ型の秘密オフィスが隠されていた。

​ サキが言っていた通り、そこは空気清浄機がフル稼働する「完全無臭」の空間だった。バイオリン盗難を裏で操っていた再開発組織が、警察の目を盗んでデータの送受信を行っている中継地点。

​「中に入ったら僕の出番ですね。ハッキングで証拠を……」

 マサがタブレットを取り出そうとしたその時、変美がコンテナの通気口に顔を近づけ、深く、深く空気を吸い込んだ。

​「待て。マサ……無臭の裏側に、**『古い粘土』と『濡れた鉄』**の匂いが混じっている」

​「え? それってただの城跡の土の匂いじゃ……」

​「違う。これは、この城が落ちた数百年前の匂いじゃない。**『今、掘り返されたばかりの地中の匂い』**だ」

​ 変美は確信した。彼らの目的はバイオリンそのものではなかった。バイオリンに仕込まれた発信機を利用して、この飛山城跡の地下に眠る、再開発計画を根底から覆すような「ある遺物」の位置を特定しようとしていたのだ。

​ コンテナのドアが開き、中から作業服を着た男たちが現れた。彼らは変美を見るなり、手に持った発掘道具を構える。

​「……飛山城跡は、かつて難攻不落を誇った。だが、現代の城は気密性が高すぎて、中の『企み』が濃縮されすぎている」

 ​変美は男たちが放つ、緊張による**「アドレナリンの尖った匂い」**を読み取り、一歩先を読んで攻撃をかわしていく。

​「マサ、警察に連絡しろ! キーワードは『飛山城跡・無断発掘』。この風に乗る、欲望の臭いも一緒に届けてやれ」

​ 夕暮れの鬼怒川から吹き上げる冷たい風が、城跡を通り抜けていく。変美は、男たちを取り押さえながら、夕闇に消えていく「無臭のオフィス」を眺めていた。

​「所長、結局、歴史の匂いまでは消せなかったってことですね」

​「ああ。土の下に眠る真実の匂いは、どんな最新の空気清浄機でも、リモートの画面越しでも、誤魔化すことはできないのさ」

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