部屋
朝にはきっと
追憶
日常的に頻繁に使っていたような実用的なものよりもむしろ、あってもなくても構わないようなもの、壁に貼られた映画のチラシ、それを留めている画鋲の頭部が星の形をしているのや、ベットのヘッドボードに置かれた小さい人形、本棚の本に挟まれたポストカード、そういうものが胸を締め付けた。
部屋をすこしでもかわいくしたいとか何かちょっと楽しい気持ちになりたいとか、そういういじらしい思いで買って、工夫したいろんなもの。姿形が映った写真よりも何よりも、生きた姿を、命の形を表しているような気がした。
それでもやはり、手のひらの形にコーティングが剥げたカールドライヤーに触れた。剥げた部分に自分の手のひらを重ねて握ると冷たかった。スイッチを押してみてもその温度は変わらなかった。当たり前だ、コンセントを差していないのだから。これはただの、熱を持たぬ金属の塊。手のひらから、持ち主も同じだと、もう熱い血液は流れていない、ここにはいない、死んだのだ、と、淡々と伝えられているような気がした。
彼女が話さなかったこと、私に知られたくなかったことを、陰湿な好奇心から調べて知ることは、彼女が望んだ命の形を歪めることだと思った。そんなことをする権利は私にはないんじゃないか。知ってしまったら最後、戻れない。彼女が死から蘇らないように、知ってしまえば、決して。
彼女が生きていた頃、遠慮なく寝転がっていたベッドに今は、腰掛けることすらはばかられた。立ったまま部屋を見渡してまたベッドに目線を戻すと、何年も前のなんでもない日、彼女が化粧をしている間、クーラーで冷えた部屋、ベッドに寝転んで、何をするわけでもなくただそこにいた幼い自分が見えた気がした。右の頬に、冷たい布団の感触が蘇った。彼女との戻らない日々を思う時、それはいつも夏だ。
カールドライヤーを化粧台の上のかごに元通りに戻して、冷えた手のひらで涙を拭い、ベッドに背を向け、母の部屋を出た。どうしてこんな寒い季節に死んでしまったのだろう、夏生まれなのに。
彼女が生きた季節。死んだ日から止まったそれを閉じ込めるため、あるいは、私の中で生かすため、追憶の母はいつも笑っている。涙が止まらない私は駄々をこねる。もう少し生きていて欲しかった。うずくまると、幼い自分と目線が重なった。わたしを守り育てたあなたを思う。
部屋 朝にはきっと @asanikitto
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