少女は、雪の中を。

玄道

第1話

 一


 その日、大雪で車が使えず、俺──片倉千春は徒歩で現場に向かっていた。


 その途上のことだ。


 雪に半ば埋もれた自転車と、立ち竦む制服姿の娘を見つけた。


 ──知るか。こういうのを助けると、ろくなことにならねえ。寅さん映画じゃねえんだ、令和だぞ令和。


 ざくざくと音を立て、ワークブーツの俺は進む。


「あの」


 消え入りそうな、震えた声がした。


 振り返る。


 童話の中で、マッチを売るのが似合いそうな表情で、セーラー服の娘が俺を見ていた。


 先を急ごうとする俺に、娘は続けた。


「動かないんです。寒くって、スマホも駄目で」


「だから?」


 ──胸が痛い。


 義侠心と、世間体が俺を挟んで囁く。


『助けてやれよ、いくらなんでも、こりゃ本当に困ってるぞ』


『馬鹿、人が見てたらどうすんだよ。写真でも撮られたら終わりだぞ』


「助けてください」




 二


「……はい、すみません。今後は注意します。失礼します」


 俺は、スマホを貸した。


 彼女──ヒカワさんは、市内の高校生だった。


 ヒカワさんは、高校に遅れる旨の連絡をし、スマホを俺に返した。


「ありがとうございました!」


 お辞儀をすると、後ろで纏めた髪が揺れた。


「あの……それで」


「じゃ」


 ヒカワさんの顔に、見覚えがあった。


 幼い頃、一人で留守番をしていた時に、鏡や窓の中で見た、俺の顔だ。


 見捨てられた、子供の顔だ。


「雪道で……一人って……その」


 続きは、予想がつく。


 "危険だから、一緒に歩いてくれ"。


 その、さらに続きまで読めた。


 ──この先に仲間がいて、写真を撮る。そして、俺を脅すのだ。


 "未成年とこんなとこ、拡散したらどうなるか……わかるよね? "


 こんなとこか。


「急ぐんで」


「ま、待って」


 俺は歩き出す。


「……」


 諦めたか。


「学校に着いたら、私から先生に説明します。スマホ、貸してくれた方だって!!」


 "ざく"。


「……それなら」




 三


 県立R高校に着くと、氷川理恵は教師に説明を始める。


「スマホを貸してくれた方で、片倉さんです。本当に、雪で危険だからって、私からお願いして……」


 俺は、少し丸っこい男性教師から礼を言われた。


 四


 氷川理恵という学生とは、それっきりだ。


 だが、道すがら彼女が話したことは、この二週間の酒量を増やした。


 会えない妹。


 高校まで進んだはいいが、明確でない将来。


 ショーツで隠れる位置に付けたという、カッターナイフの痕。


 俺が、「知らない男にそんなこと、話すんじゃない」と窘めると、氷川理恵は言った。


 ──じゃ、誰に言えば……聞いて、くれるの。


 二人を包む外気、雪の塊……否、ドライアイスより冷たい、消え入りそうに静かな絶叫だった。


 明日から、また寒波が来るという。


 吹雪の夜を歩く、氷川理恵が浮かんだ。


 三本目のカップ酒に手を伸ばし、止めた。


 <了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

少女は、雪の中を。 玄道 @gen-do09

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ