ほんとはね

葉野亜依

ほんとはね

 鏡の前で絃佳ちゃんが悩んでいる。辺りにはたくさんの服が散らばっていた。


「これにしようかな……いやでも、やっぱりこっちの方がいいかも……」


 ああでもない、こうでもないと体に服を当てて鏡の中を覗き込んでいる姿を見て、ふふふとあたしは笑った。何ともかわいくてほほえましい光景だ。

 これから、絃佳ちゃんはクラスメイトの男の子――聡利くんとお出かけするのだ。聡利くんは絃佳ちゃんの好きな人で――そう、所謂デートっていうやつだ。


「聡利くんはどんな服が好みなんだろう……あー、わからない!」


 好きな人にはかわいい自分を見てもらいたい。

 そう思って、絃佳ちゃんはどの服を着ていけばいいのがずっと悩んでいるという訳である。

 あたしは絃佳ちゃんに提案してみる。


「あの服なんてどうかしら……そうその白のワンピース」

「これにしようかな……髪も編み込みにして……」


 さらさらの髪を絃佳ちゃんが器用に三つ編みにしてヘアピンでとめる。


「うん、その編み込み、ワンピースにとても似合っているわ!」

「これで大丈夫かな……」

「とっても可愛いわ!心配しなくても絶対に大丈夫。聡利くんもほめてくれるわよ!」


 不安そうなその声にあたしは力強く返した。



   *



 桜も散り始めた春の頃。バスを待っている間、絃佳ちゃんは本を読んでいた。

 その日、絃佳ちゃんは高校生になった。真新しい制服はちょっぴり大きい。

 絃佳ちゃんがぺらりと本のページをめくったその時、挟んでいたしおりが風によって飛ばされた。


「あっ、しおりが……」


 たかがしおり。されどしおり。絃佳ちゃんのお気に入りのそれは風に乗って飛んでいく。

 絃佳ちゃんが走っていると、前から男の子が歩いて来た。


「よっと!」


 その男の子がジャンプして宙に舞うしおりをつかんだ。「ナイスキャッチ!」とあたしは拍手をしたい気分だった。


「はいこれ」

「あ、ありがとうございます……」

「どういたしまして。……それ、何読んでいたの?」

「えっと、これはですね……」


 しおりを取ってくれたその男の子が聡利くんだった。これが二人の出会いだった。

 絃佳ちゃんが話してみると、聡利くんも新入生で、本が好きなことがわかった。そして、なんと二人は同じクラスだった。好きな本のジャンルも似通っていて、二人はすぐに打ち解けた。

 お互いに本を貸し借りしたり、本の感想を話し合ったりして、傍から見ても二人の仲が良いのがわかる。

 優しくて趣味も合う聡利くんのことを絃佳ちゃんが好きになるのは時間の問題だった。


「うんうん、良い感じねぇ!」


 二人について話を聞くたびに、あたしはそれはもうニヤけたものだ。


「もっともっと二人のこと聞かせて!」


 そう周りにねだったのは一度や二度のことではない。だって、甘酸っぱくてすてきなんだもの!


「だから、二人のことを聞きたくなっても仕方がないでしょ」


 なんて、あたしはひとりごちるのだった。



   *



 そして、今日は二人での初めてのお出かけ。いや、デートだ。休日に男女が出掛けるのだからデートで間違いない。


「今度の休みの日、一緒に映画を観に行かない?」


 そう誘ってくれたのは聡利くんだとあたしは聞いた。どうやら、二人が読んでいた本が映画化されるらしい。


「聡利くんやるわねぇ!」


 あたしが口笛を吹けたのなら、ひゅうと上機嫌に吹いたことだろう。


「わ、わたしでよければ!」


 そう答えた絃佳ちゃんはきっと恥ずかしがりながらも嬉しそうだったに違いない。

 ――ああ、その瞬間を見られなかったことが残念だわ……。あたしもその場にいたかった!

 絃佳ちゃんの片想いではなく、聡利くんも絃佳ちゃんのことが好きなことも裏は取れている。

 何でも、絃佳ちゃんのことを「好きだなぁ……」と聡利くんが呟いていたらしい。


「それなら告白しちゃいなさいよ!」


 そう言ってやりたい。お互いを想い合っている二人を見ていて、じれったいったらありゃしない!

 でもダメ。焦っちゃダメよ。あたしは、二人を見守ると決めたの。


「絃佳ちゃんは優しいのよ。どんな本も丁寧に扱ってくれるし、とても楽しそうに本を読んでくれるの」


 そんなこと、きっと聡利くんはもう知っているのだろう。まあ、絃佳ちゃんが好きになった男の子だからね。それくらいわかっていてもらわないと。

 あたしは、聡利くんにもっともっと絃佳ちゃんの良いところを知って欲しいと思っている。

 ――どうか、絃佳ちゃんが好きな人と幸せになれますように。

 あたしはそれをずっと願っている。


「絃佳ちゃんそろそろ時間よ」

「ああいけない!もうこんな時間だ!」


 絃佳ちゃんはカバンを持って、慌てて部屋を出て行こうとした。


「絃佳ちゃん!忘れているわよ!」

「あ、そうだ!本持っていかなくちゃ!」


 絃佳ちゃんが戻って来て、本棚の前に立った。

 本棚の扉を開けて、あたしの隣の本を手に取った。次に聡利くんに貸し出される本である。

 あたしは、声を張り上げた。


「次はあなたの番よ!」

「任せろ!絃佳ちゃんと聡利くんの話が盛り上がるように、おいら頑張るぜ!」


 本棚の中のみんなで「いってらっしゃーい!」とその本を見送った。

 帰って来たら、あの本に絃佳ちゃんと聡利くんの話をいっぱい聞かせてもらおう。その時はとても自慢げに話されるんだろうなぁ……。

 ほんとはね、貸し出されていく本たちがとてもうらやましい。あたしだって、話を聞くだけじゃなくて、もっともっと二人のことを見ていたいのに!


「でも、絃佳ちゃんと聡利くんのファーストコンタクトを見た本はあたしだからね!」


 そう言って、戻ってきた本たちに言い返すのはいつものことである。


「でも、二人が出会ったきっかけはぼくなんだよねぇー」


 と、一番自慢げなのは二人の恋のキュービットのしおりなんだけどね。

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