処刑された王女は、空に国を築く~筋書きから外れたので、好きに生きます~

@Hikaru_fukunaga

第1話


 鉄の階段を昇るたび、冷え切った鎖がジャラリと鳴る。


 民衆から投げつけられた石が頬をかすめ、冷たい痛みが残る。


 見上げた先には、朝日を乱反射させて白く光るギロチンの刃。


「──処刑を執行しろ」


 ​冷酷な宣告が、冬の朝の静寂を切り裂いた。


 私の人生は……

 一体何だったのだろうか。





 この世界には、ひとつの古い神託がある。


『ディールの輝きを宿す者、

 世界の頂点に君臨する』


 ディールとは、光を七色に分ける特異な宝石の名だ。

 宝石の内部に差し込んだ光は、混じり合うことなく、澄んだ虹色へと反射する。


 その輝きは、古代より

 「神に最も近い光」と呼ばれてきた。


 だが――


 千年もの間、その輝きを宿す者は現れなかった。


 神託は次第に忘れ去られ、

 人々はそれを、おとぎ話として語るようになった。


 しかし。


 神託が再び語られることになる。


 処刑台に立たされる──

 一人の王女によって。


 


 シャノン・ルーン王女。

 愛称はシャナ。


 王宮で、彼女ほど忌み嫌われた存在はいなかった。


 理由は、あまりにも単純だった。

 彼女の魔力量が、“限りなくゼロ”に近かったからだ。


 幼いシャナが測定石に触れても、

 魔力を示す光は、一切灯らなかった。


「……反応、なし?」


 一瞬の沈黙のあと、ざわめきが広がる。


「魔力ゼロの王女? 不吉だ……」

「王家の恥だな」

「使用人以下の魔力量なんて、聞いたことがないわ」


 その言葉の意味を、幼いシャナは理解できなかった。

 ただ、大人たちの表情が一斉に冷えたことだけは、はっきりと覚えている。


 それからの日々は、静かな地獄だった。


 廊下を歩けば、ひそひそと囁く声が背中に刺さる。


「魔力ゼロの王女」

「存在自体が不吉」

「早くいなくなればいいのに」


 視線は冷たく、言葉は棘のようだった。


 


 そんなある日。


 シャナは中庭の片隅で、空を見上げていた。


 高い空を、白い鳥が一羽、音もなく横切っていく。

 羽ばたくたびに光を受け、きらりと輝いた。


(……いいな)


 誰にも責められず、

 誰にも縛られず、

 ただ、空を飛べる存在。


(私も……空に行けたら)


 この城よりも高く。

 この国よりも遠く。


 誰の視線も届かない場所へ。


 その願いは、言葉にすらならなかった。

 ただ胸の奥に、小さく沈み、静かに残った。


 その小さな願いを踏み潰すように、硬い靴音が近づく。


「……女王様」


 シャナは、反射的にそう呟いていた。


 女王――シャナの義母は、すれ違いざまに歪んだ笑みを浮かべ、言い放つ。


「目障りね。私の視界に入らないでちょうだい」


 胸が、きゅっと締めつけられる。


 この言葉も、もう何度目か分からない。


 それでもシャナは、ぎゅっと拳を握りしめ、何事もなかったかのように耐え続けた。


 信じられる人が、いたからだ。


 いつも優しく微笑んでくれた義妹、エリシア。

 そして、婚約者である公爵家の子息、レオナルド。


 ふたりは、シャナにとって大切な存在だった。


 


 ある日、国王が視察から戻ると知らされ、王宮は慌ただしかった。


 正面回廊に人が集まり、シャナも端に立っていた。

 特別な期待はない。ただ、王女として迎えるべきだと思っただけだ。


 重い扉が開く。


「お父様〜! おかえりなさい!」


 真っ先に駆け出したのは、義妹エリシアだった。

 嬉しそうに国王へ抱きつき、無邪気に笑う。


「ただいま、エリシア」


 国王は穏やかに言い、手にしていた小箱を差し出した。

 淡く光る宝石に、周囲がどよめく。


 少し離れた場所で、シャナは一歩前に出る。


「……おかえりなさいませ」


 声は、思ったより静かに出た。


 だが国王は足を止めない。

 視線も、言葉も、向けられない。


 まるで、そこに誰もいなかったかのように通り過ぎていく。


叱責されるよりも、否定されるよりも「無」として扱われることの方が、心はずっと削られるのだと知った。


 それを見て、エリシアは同情の眼差しを向ける。


「お姉様、気にしないで。きっと忙しかっただけよ。

 それに何も言われないのって、気楽でいいと思うな」


 優しい笑み。


「そうね……ありがとう、エリシア」


 エリシアの優しい言葉に、シャナはそう思うことにした。

 


 それから、季節の変わり目。


 エリシアのデビュタントの日。

 レオナルドにエスコートしてもらった舞踏会でのことだ。


 その場でも、貴族たちはひそひそとシャナを侮辱していた。


 だが、そのとき。


「王家の名に泥を塗る気か!

 今すぐ訂正しろ!」


 レオナルドだけが、声を荒らげた。


 自分を庇ってくれる人がいる。

 その事実だけで、シャナは救われた気がした。


(この人たちだけは……)


 二人がいたから、この状況にも耐えられた。


 言葉の端々に、かすかな違和感を覚えることはあった。

 それでも信じることを選んだ。


 ここで疑えば、

 本当に独りになってしまう気がしたから。


 だからこそ。


 その信頼が裏切りだったと知ったとき、

 彼女の世界は、音を立てて崩れ落ちた。


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