世界〇

朝陽 透

第1話 開業初日

俺は、今日からカウンセラーをする。


看板は、とりあえず掛けた。

世界〇。

まあ、こんな感じでいいだろう。


きっと、普通に困っている人が来るに違いない。


部屋は借りたばかりで、壁は白い。

机は安物だ。

椅子だけが四つある。

とりあえず、家族連れでも来たら、なんとかなるだろう。


仕事は辞めた。

嫌になったからだ。

それ以上でも、以下でもない。


だから、開業した。


順序が正しいのかは分からないが、もう後戻りはできない。

やるしかない。


メニューは、とりあえずパソコンで打って、印刷したものだ。

それを、机の上に置いてある。


・話を聞く。

・心の癒し。

・心の防御。


こんなもんでいいだろう。

知らんけど。


午前十時。

予約はない。

当然だ。


来てくれ、クライアント様。


コーヒーを淹れて、椅子に座って待つ。

静かだ。

エアコンの音だけが、やけに大きい。


午前十時二十三分。

インターホンが鳴った。


――え、来た。


一瞬、逃げようかと思ったが、

それはさすがに、まずい気がしたので、ドアを開けた。


女性が立っていた。

少し緊張した顔で、紙袋を持っている。


「あの……今日、予約はしてないんですけど。」


「大丈夫です。」


反射的に答えた。

何が大丈夫なのかは、自分でも分からない。


部屋に案内し、向かい合って座る。

女性は椅子に腰を下ろすと、少し周囲を見回した。


「……思ってたより、普通ですね。」


「そうですね。」


「水晶とか、ないんですね。」


(水晶?)


「ないです。」


「カードとか……。」


「ないです。」


「守護霊とか……見えます?」


(来た。)


一瞬、正直に言うか迷ったが、

迷うほどの選択肢も、なかった。


「見えません。」


「なるほど。違う感じなんですね。

 何が専門ですか?」


「え?

 まあ……こんな感じです。」


そう言って、メニュー表を差し出した。


「なるほど。そういうことですね!」


「はい。そういうことです。」


「では、今日は“話を聞く”でお願いします。」


「分かりました。」


女性は、少し間を置いてから、話し始めた。


「私、最近、金縛りによくあって……。

 それで、不安なんです。」


「金縛りですか。」


「はい。

 その時、変な声が聞こえるんです。」


「なるほど。俺も、一時期、よくありました。」


「実は……お経みたいなのが聞こえて、

 何か、ぶつぶつ言ってて、

 意味が分からない、って思っていたら、

 体が動かなくなって……。」


「それは、怖いですね。」


「はい……。」


「気持ち、分かります。

 それで、俺なりに編み出した方法があるんです。」


女性が、少し身を乗り出した。


「何とか、声を出そうとするんです。

 それか、少しでも体を動かそうとする。」


女性は、メモを取り始めた。


「そうすると、不思議と、なんとかなったんですよ。

 あの時は、本当に大変でした……。」


「すごい……。

 それ、画期的ですね。」


「まあ、経験談ですけど。」


「私も、やってみます。

 今日は、ありがとうございました。」


女性は立ち上がり、深く頭を下げた。


「何かあったら、また来ます。」


ドアが閉まる。


……よかった。

よく分からないけど、解決できたらしい。

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