第21話 『九日間』
第21話 九日間
SDカードを郵送してから、現場の空気は一度、止まった。
止まったように見えた。
田坂あさ子は、四日間、姿を見せなかった。
欠勤の理由は共有されない。
体調不良とも、私用とも言われない。
ただ、来ない。
その不在が、逆に濃い。
本山菜七子が、小さな声で浜崎に尋ねた。
「……田坂さん、来てないね」
浜崎は短く答えた。
「気をつけてください。色々と」
それ以上は言わない。
菜七子は一瞬だけ目を見開いた。
何かを察したようにも見えたが、追及はしなかった。
間水所長が知らないはずはなかった。
郵送先は、現場事務所宛。
差出人は記していない。
だが、誰が送ったかは、想像がつく。
浜崎秋夫以外にいない。
それでも、誰も何も言わない。
四日間、異様な静けさがあった。
女たちの声が減る。
休憩室の笑いが小さくなる。
大澤だけが、妙に落ち着かない。
何かを待っているような視線。
五日目の朝。
田坂あさ子が出勤してきた。
浜崎は、その瞬間に違和感を覚えた。
暗さも、怒りもない。
むしろ、晴れやかだった。
表情が軽い。
声の調子も、柔らかい。
「おはよう」
いつもより丁寧に聞こえる。
大澤のテンションが、急に上がる。
「おはようございます!」
声が一段高い。
田坂と間水所長の距離も、近い。
言葉数は多くないが、立ち位置が違う。
机を挟まず、並んで話す。
浜崎は、そこで初めて不安を覚えた。
(会社は、完全に田坂についたか)
録音を送ったのは、自分だ。
対話のための材料のつもりだった。
だが、会社が先に動いた可能性もある。
弁護士。
警察。
相談。
田坂が何をどう説明したかは分からない。
だが、戻ってきた彼女の様子は、追い詰められた人間の顔ではなかった。
九日間、現場は静かだった。
静かすぎた。
誰も浜崎に直接触れない。
目も合わせない。
だが、視線は感じる。
会話は短く、すぐに途切れる。
まるで、何かが決まっているかのように。
浜崎は、少しだけ思った。
(順番を間違えたかもしれない)
本人に送る。
対話の可能性を残す。
それは理屈としては正しかった。
だが、相手が会社と先に共有したなら。
物語は、別の形で組み立てられる。
浜崎は、記録を取ることしかできなかった。
音は残っている。
だが、それをどう解釈するかは、聞く側に委ねられる。
九日目の朝。
出勤して事務所の扉を開けた瞬間、空気が違った。
そこに、本社の澤梅課長が立っていた。
そして、もう一人、見慣れない人物がいた。
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