欲しいものはー

@tamanochibibi

クリスマス

俺には11歳の離れた妹がいる。

妹はとても優秀で、私立の小学校に通っている。

その小学校の成績も大変素晴らしく、いつもテストの順位はTOP10。

友達も多く社交的で、好奇心が強いのに甘えん坊というまさしく天使のような妹なのだ。

ただ、頭が良いというのは察しが良いという事でもある。

この初冬の時期、察しの良い子供。

そうつまり、サンタの正体を隠すのがとても難しいということだ!


もちろん、いっそのことサンタの正体をバラすというのもアリだろう、しかし!

齢8にして大人の階段を登るのはまだ早いと俺は考えるのである。

まだ、まだ、まだ!まだ純粋でいて欲しい。

サンタの正体が兄である事に気が付かないで欲しいと願うのが兄心というものではないかと俺は思うのだ。


そんな俺は高卒で就職し、親の遺産と合わせて妹の私立の学費をセコセコ稼いでいる。

今日は12月の20日。クリスマスまであと少し。

新宿の電気街は妙に浮ついたような、逆にクリスマス商戦に合わせ殺気も混じり合うような独特の雰囲気で包まれる。

ヨドバシカメラ新宿西口本店。

今、おじさんがゲーム機の前で崩れ落ちた。

物価高の時代、子供から要望されたものが高尾山くらいの予算を通り越して富士登頂くらいの値段になっていたのだろう。何ともお気の毒なことだ。


一方の俺は、おもちゃのコーナーを彷徨い、動き回っていた。

要は要望されているものがないのだ。


「ご飯何がいい?」と親が言い、「何でもいい」と子供が答える。

そして親がキレ「本当に何でもいいのね!」とキレる。

正直、短気すぎるだろと昔は思ってたけど、確かに何でも良いはかなり困る。

特にこういう喜ばせたい時はまさしく致命傷だ。

もし全然欲しくないものをあげたら、多分うちの日向は落胆はしないと思うけど、引き攣ったような何処かぎこちない笑顔を見せるだろう。

そうなったら高い金を払ってプレゼントを買った意味がない。

俺がプレゼントを買うのは妹の何の曇りもない満点の笑顔なのだから。

ただーー


「もう一回聞こう。もう遅いしな」


幸い、クリスマスまで4日、猶予はある。

それにもう18時だ。

そろそろ帰らないと先に帰った日向がお腹空いたとか寂しいと涙ぐんた声で電話してくるかもしれない。

俺は手を繋ぐカップルの間を切り裂き走って駅へと向かう。

特急の発車まであと4分。

これに乗れるか乗れないかで日向との時間が10分も変わる。

たった10分、されど10分、その大きさはかなりでかい。

もっと早く気がつけば良かったという後悔の念を抱きながらキラキラと輝く新宿西口を走った。


プルルルルルとベルが鳴る。

近くのドアに滑り込んだ途端ドアが閉まった。

フーフーと息を整えながら閉じた扉に体を預け、日向のケータイにメッセージを送った。

帰宅ラッシュの電車の中はクリスマス前でも変わらない。

混雑した車内も、特急を降りて各駅停車に乗り換えれば、人の数も随分と寂しくなる。


俺の住む稲城の町はそこまで人の居ない、よく言えば閑静な住宅地。

悪く言っちゃえば人気のない暗い町だ。

日没したらもう、日向には一人で歩いてもらいたくない。

そのくらい人がいないし暗い。

俺もバスに乗って帰る。

文明というものは素晴らしいもので、どんな坂でもバスはぐんぐん登って疲労もなく笑顔で家に帰れる。

バス停を降りたら冷たい風がどっと吹きつけた。

が、今の俺は無敵だ。

もう日向という天使がいるお家まで後少し。

気温が寒くても体の中はすでにポカポカだ。


扉の鍵をかちゃりと回せばタタタと軽くかけてくる音が聞こえる。

天使降臨の音だ。


「おかえり!お兄ちゃん!」


「ただいま〜」


俺はそのまま小さな天使に膝を屈ませながら抱き寄せ合う。

柔らかくてあったかいその体に真の意味で心がポカポカしていくのだった。


「お兄ちゃ〜ん〜今日のご飯はな〜に?」


「親子丼で良いかい?」


「親子丼〜良いよ〜」


半熟の卵みたいにトロトロとした返事をする日向。

俺が返って来れば優等生の頭は全部カットされてフニャニャになっちゃうのが本当に可愛らしい。


「あのね、あのね〜今日は水利ちゃんが凄くてね〜いっぱいの粘土ですごいタワー作ってたの〜」


「水利ちゃんは器用だもんな。それで日向は何を作ったんだ?」


靴をしまっている間も手振りしながら全身を使って楽しそうにお話ししてくれる日向。

俺もきっと蕩けた顔になっているだろう。

二人で手を繋いで廊下を歩きながら、学校での話を聞くのが毎日の楽しみだ。


「猫ちゃん〜2月の展覧会で観れると思うから絶対来てね〜」


「もっちろ〜ん!絶対行くよ」


満点の笑顔。

クリスマスプレゼントなんてなくても、これだけで良いのではないかと思えるぐらいの満点の笑顔に俺は日向の小さな頭を撫でて答えた。

でも、年中行事は大切だし、日向も欲しいだろうから絶対にあげるけどね。


「キッチンは危ないからリビングにいなさい」


「は〜い」


俺は料理をする。

その間はおしゃべりは我慢だ。だって危ないし顔も見えないからね。

とは言っても親子丼は煮るだけだから簡単だ。

油を使い始めると途端に気に掛けることが増えて嫌だ。

この時、日向はゴロンとテレビ...ではなく勉強だ。

流石に真面目ちゃんなだけあって暇あれば勉強している。

えらい!と今すぐにでも褒めに行きたいが、まだ反抗期には入っていないとは言え、フツーに邪魔だろうし、無論料理もしなければいけないので我慢だ。我慢...


卵を掻き回しつつ、俺は日向の趣味について考える。

ちなみに俺の趣味は旅行だ。

最近は行けていないけど、貯金もできてきたしそろそろ二人でどこかに行きたいとか考えてる。

と、それはともかく日向には女の子らしい趣味がない。

いや別に男の子らしい趣味でも良いんだよ、うん。別にその辺はどっちでも良いんだけど。

とにかく勉強以外に何かしている所を見た事がない。

遊んだり、なんなら本を読んでいるところも見た事ないな。


勉強だけだと学生が終わって社会人になった時の将来が少し心配かなと個人的に考えてる。

まぁまだ小三だから、これから中学生とか高校生とか多感な時期に入って趣味とかも見つけるかもしれないけれど。

ただ俺は、こういうプレゼントから何か挑戦というか興味を勉強以外にも広げて欲しいなというのが俺の考えだ。

ただ、それと満点の笑顔というのは非常に両立し難い。

それは当たり前の話、興味のない物をもらっても当然"何これ?"ってなるに決まっているのだ。


「できたよ!」


「すっごい美味しそう!お兄ちゃんありがと!んん〜」


あまりの笑顔が可愛すぎて俺はついにギューっとでも優しく日向を抱きしめた。


「あったか〜い」


「だな〜さっ覚める前にご飯食べちゃおっか」


「うん!いただきます!」


美味しそうに親子丼を食べる姿を見て、作って良かったと喜びを感じる俺。

料理を作るというのはこういう対価があるから楽しいのだ。


「あ〜そうだ。サンタさんが早くクリスマスプレゼントを決めてくれって言ってたよ」


「え〜だからお兄ちゃんがいれば良いって言ってるじゃん!大体サンタさんっておかしいもん!」


ぷんぷんとぽっこりほっぺを膨らます日向。

やっぱり可愛い以外の感想が出てこないのだけど、ただ今はクリスマスプレゼントだ。


「サンタさんはおかしくないよ」


「だって、対価は子供達の笑顔とか言うけど〜私起きた時にサンタさんいないよ〜それってサンタさんは〜私の笑顔を妄想して対価にしてるの〜それってサンタさん変だよ?」


「いや、サンタさんに対価なんて必要ないんだよ」


「お兄ちゃん言ってたじゃん〜タダほど怖いものは〜ないんだよって。じゃあサンタさんのくれるものは怖い物?」


「あ〜いや、サンタさんは特別ー」


「もう分かってるよ〜お兄ちゃんがサンタさんにお金払ってるんでしょ〜?」


首を傾げながら俺の目をまっすぐ見る日向。

俺はそのまままっすぐそのくりくりとした目を見ながら嘘をついた。


「そうだよ」と。


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お兄ちゃんの目は揺らいでた。

お兄ちゃんは自分が嘘が上手いって思ってるみたいだけど全然そんな事ない。

目があってても顔が謝っちゃってるんだもん。

まっでも〜サンタさんなんていないってもう知ってるけど。

でもお兄ちゃんは、まだ私にホントの事を知ってほしくないみたいだから、まだ言わないでおくの。

お兄ちゃん悲しんじゃうかもだから。


でも、お兄ちゃん。私、本当にプレゼントはいらないんだ〜。

私は本当に、ホントーにお兄ちゃんがずっと私のそばにいてくれればそれで十分なんだよ。

おにぃ〜ちゃん♪


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


日向を風呂に入れたら、すっかりスヤスヤになる。

俺の膝を枕にして可愛らしい寝顔を晒す日向。

ただこのままだと風邪を引いてしまう。

どうせ添い寝するんだ。

俺もこのままベッドに入って寝ようと日向をひょいと抱き上げて寝室に運ぶ。

まだ軽く、小さい日向。


「立派に成長するんだよ。日向」


すやすやと眠る日向に俺はそっと声をかけた。

さて、俺も一緒に眠るとしよう。

明日も早いのだから。


Zzz...


「にい...」


小さな声が聞こえてポンポンと胸を叩く感覚がして俺は目が覚めた。

そこにはボーッと寝ぼけたような顔をした大天使の顔が目の前にあった。

大天使・日向は俺の体の上に馬乗りになってボーッと俺の胸を叩く。

別に痛くはないんだけど、「どうした?日向」と聞いても一向に返事がない。

というか何やら頬が火照っているような、俺はピンと来る。

多分風邪引いたなーと。


体温計を持ってくる為に、とりあえず日向の脇を掴んで横に置く。

脇がかなり発熱してる上、全くの無抵抗。

もしかするとかなり重症かもしれないと思って体温計を持ってく最中に小児科に電話を一報入れた。


「ほら、バンザイして」


「にい...」


日向の細い腕を持ってあげるとやっぱり物みたいに簡単に上がって脇を開く。

俺はそこに体温計をギュッと挟み込ませる。


「日向、自分で体動かせるよな?」


「うん...」


と日向がか細い声で言ったらその体温計の挟んでいた腕を勝手に挙げた。

当然体温計は床にコロロンと転がり落ちる。

これは相当頭が回ってない時の日向だ。

転がり落ちた体温計を見ても表情一つ変わらない。

ボーッとした顔のまま。


ピピピと体温計の音が静かな朝の部屋にこだまする。

"39.0°"体温計はそう示した。


「水、飲めそうか?」


俺が聞くと日向はこくりと頷いた。

コップに水を入れる。

吐き気もなく水も飲めれば救急車とかを呼ぶ必要はないだろう。


「ほい。水。持てるか?」


「ふぅい...」


日向にコップを渡すと可愛らしくちょびちょびとまるで猫のように舐めるように水を飲む。

ふと日向の目が蕩け、こちらを見ているのを感じる。


「どうしたーうわっ!」


唐突に、日向の手が俺の背中に伸びてそのままモゾモゾと日向と同じ布団の中にグルグル巻きにされた。

そして、蕩けながら...


「お兄ちゃん...私の欲しいのは...お兄ちゃん...」


「ど...どうした...日向?」


「ずっと、ずっと一緒にいてくれるよね。一生、ずっと私から離れないでね」


寂しそうな泣きそうな声で言う日向に俺は風邪で不安になってるんだろうと軽い考えをした。

俺は、その寂しさを紛らわそうと軽率な発言をする。

それが日向にとって、そして俺にとってどれだけ大きな言葉になるかも、俺はまだ知らない。


「いるよ。ずっと、ずっと。日向の側にいるからね」

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