Hello, Alternative World.

七理チアキ

上――

 異世界転生。


 という概念が在る。死に様は様々、何でも良いのだが、兎に角とにかく死んだと思った次の瞬間にふとまぶたを持ち上げると、見知らぬ土地で、見知らぬ身体からだに、前世の知識と記憶を持ち越して生まれ変わっている。というあれである。


 俺は頭を駆け巡る激痛に堪えかねて、うっ。と身悶え意識が覚醒し始めたところだ。どうやら横になっている姿勢のよう。背の感触がめっちゃ硬い。


 頭痛。この痛み、頭が割れるどころの話ではない。西瓜すいか割りの西瓜の末路を思わせる凄惨な痛みである。あ、いや待てよ。西瓜割りの西瓜はゲバ棒でぶち抜かれて割れる始末なのだから、割れる、というその言葉のとおりに正しく収まっているのか。

 ううん。そうさな。あるいは何か尋常の外に在るサイズ感の何かが。尨大ぼうだいな石門だろうか。それの中心に光線を走ったかと思えば二つにばかりと割れ、重く鈍く、開いていく感触。俺の脳髄が地を這うことを強制されるような、ずうん。とか、ずるりとした痛みである。

 ずきずきずんずん。頭痛に対抗すべく、門を閉じるようにして眉間に皺を寄せるばかりで、瞼を持ち上げることも叶わずにいる。


 俺は死んで、そんで異世界転生している。元いた日本東京とは異なる世界のなにがしかに転生しているのである。そのような予感がある。とても強い予感が。

 何故ならば、先の酷い頭痛に不協和音が伴い、俺の頭の中に響き続けているからだ。その不和の音の止む気配が、一向に見えないからである。


 けだし、死とは激しい痛みを包含しているはずである。文字どおり死ぬ程に。逆を言えば、これ程までの痛みが身体を支配しているのは、死にたてほやほやであって、知識、常識、感性、記憶、それらの持ち越しと同様に、この痛みでさえもが持ち越しの対象として持ち越されている。ということであろう。

 普通に考えれば当たり前のことだ。記憶を持ち越しているのならば、脳の機能がまるっと転送、転移していると考えるのが自然。痛みとは体の此処彼処そこかしこに走る神経に対する刺激を検知し、脳が痛いと認識することによって成り立っている感覚である。

 脳の機能がまるごと異世界に来たのなら、脳が検知していた痛みもまた付帯していて何ら不思議ではない。痛い、という感覚がまだ残っているんだろう。


 十中八九、俺は死んでいる。頭が西瓜のように、石門のように割れているのだ。死んでいて当然である。にも関わらず俺の意識は覚醒しつつある。とうことはどういうことかと謂うと、一度死んで、俺ではない別の生命体に生まれ変わっている、という状況に違いない。だから俺は、異世界に転生したと強く予感しているのだ。


 不意に肌寒さを感じ、この身がどのような状況に晒されているのか気になった。今の俺にとって瞼を持ち上げるというのは、頭痛に堪えるための儀式である眉間への皺寄せを一度解除し、別の手段で痛みに抗わなければならない。そういう決死の覚悟のうえでの行動である。

 何とか鉛の如き瞼を持ち上げて、自らの体をまんじりと見やる。見ようとするのだが、しかしまだ視界がぼやけている。ぼんやりと浮かび上がる俺の体に、黄土色がベースの至極複雑なモザイク柄が広がっている。ように見えた。


 成る程。ナイロンやポリエステルといった合成化学繊維が存在しない文明で、所謂いわゆるぼろ着といったところだろう。俺が糞だと思っていた東京での生活における文明よりも随分劣っているようだ。思うに、この世界の文明レベルは恐らくあまり進んでいない。ぼろ着を纏う生命体によって築かれた文明の発展度合いなぞは高が知れている。真に発展している文明の衣服はもっとしゅっとして、ぴたっとして、てかっとして、Science Fiction然としたスタイルのはずだ。だから未発展文明。俺の推察に間違いはない。


 じゃあ、他には。その他はどうであろうか。

 ぶろん。滲む視界の中で、白い塊が一つ駆け抜けた。あの走行音はそれなりの質量を伴ったものだと俺は思う。車輪も有しているか。

 持ち越した記憶の中から近しいものを結び付けるならば、乗用車、と呼称するのが最もしっくり来る。不鮮明だがシルエットはしゅっ、ぐんっ、しゅっ、としていたのでセダンタイプに近い。

 白いセダンを思わせる何かが俺の目の前を通り過ぎた、というわけだ。


 キマイラ合成魔獣。そんな言葉が俺の頭に過った。

 この地の文明は何だかがちゃついている。衣服の観点で見れば黄土色のぼろ着という、イザナギとイザナミがゲバ棒? いや、そりゃ失敬か。木の棒、ではなかったよな。であれば、矛か? 取り敢えず長っ細い何かで大海原を掻き回してオノゴロ島が出来上がった。そのあたりの時代であろうか。流石にもう少し後? ヤマトタケルノミコトらへん? あんまし変わらんか。

 兎も角、装束のレベル感は古事記の世界観なのに対して、移動手段は乗用車である。車輪を持った塊が、俺の記憶の中にある自動車と同じく、時速六十キロメートルだかで駆け抜けたのだ。この落差は何だ。ぼろ着と車輪走行体。これは文明のがちゃつき、Chaos Mixである。がちゃついた文明は、キマイラと謂う他ないのだ。


 まあいい。俺の身体感覚以外に、二つも外的な情報を得られた。

 もういい。ぶっちゃけ、陽光が目に刺さる感じがして頭痛が余計に酷くなるので辛い。どうせ目を開けていても視界がぼやぼやしているし。もう一度瞼を下ろし、眉間に皺を寄せて痛みに堪えるための防御姿勢に移行することにしよう。


 さて。俺が異世界に転生している、ということはこれまでの情報の羅列から疑う余地も無いだろう。持ち越しは記憶と死の痛み。新天地はキマイラ文明。

 では、死ぬまでの俺に関する情報を整理してみよう。そうすることに依って、この世界のBrand New俺、という存在に発現する技能を認知できるってわけ。さすらばこの世界で特異点と成り得る能力を持ち合わせているのか、適性、可能性が見えてくるのだ。俺はこの異世界で羽ばたくための準備をしている。建設的だ。我ながら流石である。


 もそもそ、死ぬ前の俺が何者であったか。

 上条かみじょうナツキ、二十九歳。

 おお。問題無くするっと出てくるではないか。良いぞ。


 次。その上条ナツキ(29)は何をしていた? バンドだ。うん、音楽活動をしていた。ギタリスト。

 悲しいかな、それ一本では食って行けぬのでコンビニエンスストアでアルバイトをしながらではあったが。確かにバンドマンである。

 ほほ。なんか尋常でない状況のわりに、するすると記憶を手繰り寄せられるではないか。よきよき。


 で? どんなバンドだったか、だ。

 俺が所属している。否、もう死んだんだから所属していた、か。

 俺が所属していたのは、オルタナティブロックバンド『Thanatosタナトス』。

 今時分の多様化し尽くしたRockに対し、何をもってしてAlternative代替であるのかは、俺どころか最早一億総評論家、誰にも分からない概念なのだが、オルタナティブロックを演奏するバンドなのだ。今時分、と言ったのは無論、俺が転生する前の、令和の地球上での時間軸の話である。


 それよか。俺、上条ナツキというIdentityについて認識が改まったところで、いよいよ、今際いまわきわに迫ろうではないか。

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