秘密


テストまで、残り1週間をきった。

「一般生徒はこの抜き打ちテストでクラスが決まって、クラスによって学習内容が変わってくるらしいな。可哀想だよな、抜き打ちでこの1年の地位が決まっちまうなんてさ。」

「……」

「オレらは特待合格したから、そんなことしなくていいのな。マジ楽〜、ヌルゲー。」

「…………んだけど。」

「あ?なんか言ったか?」

「知人みたいな顔してるけど、僕の記憶の中の知人には、君みたいにだらしない格好してる不良はいないんだけど。」

「はぁ!?同期の特待生だろぉが!ここで覚えろ、トア、ヒダカトアだ!」

みずなは困っていた。付近に誰もいない食堂の隅っこで食事をしていたのに、ヒダカトアと名乗る知らない男が、勝手に相席に座った上に一方的に話しかけてくるのだ。

翔空も翔空で困っていた。コイツ、同期のクセに自分を忘れているだけでなく、いくら話しかけてもうんともすんとも言わない。

「……あぁ。入学式の日に会ったね、そういえば。あの時に比べて、かなり服装が乱れてるから、君だってわからなかった。第2ボタンまで外してるの?変態?」

「口を開いたかと思えば、イヤミしか言えねぇのかよ。ま、いいけどな。涼しいぜ、お前もやってみろよ。」

「遠慮しとく。」

みずなは翔空を観察した。いつもの癖だ。人は嘘ばかりつくが、表情や仕草をしっかり観察すれば、まるで暗闇に目が慣れていくかのように本来の姿かたちが見えてくる。

流石に視線に気がついたのか、翔空は食べ物を食べる手を止めた。

「……なんだ、ジロジロ見て。」

「君、左利きなんだね。」

「おう。悪いか?縷籟にはあんまいねぇよな、左利き。」

「そう、左利きの人は、純粋な縷籟人にはすごく少ないんだ。当然、縷籟という国自体にも殆どいないが、国の西のほうにだけ、一定数の左利きがいる。どうしてだと思う?」

翔空の表情がこわばった。

「……知らねぇな。」

「そっか。君なら知ってると思ったんだけどね。」

「はは、オレ、バカだからな。」

翔空はらしくなく、苦笑いをした。みずなはそれを面白く思ったのか、容赦せずに続ける。

「君、素行の割に、随分とテーブルマナーがいいね。姿勢もいい。育ちがいいんだね、どうして縷籟警軍学校に入ったの?」

「……てめぇは?」

「君とは無関係だということだけ言っておく。僕はただの、縷籟の一般人。」

「そうかよ。ならいいわ、どーでも。てめぇすげぇな、一瞬で気がついたのか。」

翔空は感心して、また食べ物を口に運んだ。

「なんの事?僕はただ、君のテーブルマナーを褒めて、志望理由を訊いただけだけど。」

「てめぇ、意外と喋るんだな。思わず驚いちまったわ、口の達者さに。」

「興味のない奴と喋るのが嫌いなだけ。君はリアクションがわかりやすすぎて面白いね、まるで本当にバカなんじゃないかって思うくらい。」

「そりゃどーも。縷籟の奴は、どいつもこいつもイヤミったらしいな。」

みずなは席を立った。翔空も後に続いて、椅子を引く。

ここまで嫌がらせを言ったのにそれでも嫌な顔ひとつせず隣を歩く人間に、みずなは初めて出会った。今まで色んな人に付き纏われたが、そういう奴らは大抵、孤独なみずなを嘲笑いにきただけで、少し口を開けば全員、嫌そうな顔して逃げていく。

翔空もそうだろうと思っていた。縷籟警軍学校を志望する奴にまともな環境で育った人間はいない。みずなも然り、恐らくは、翔空も然り。追い払うついでにそれを揶揄ってやろうとしたのに、どうして、こいつは付いて来るんだ。

「なぁ、ミズナ。」

翔空が突然止まったので、みずなは振り返った。いつもは呼ばれても振り返らないのだが、なんだか、翔空にストーカーされるのは、悪い気分では無いというか……。

「なに?」

「あそこ見ろよ。カイトとソラじゃね?」

「……カイト先輩?」

見ると、廊下の途中にある少し広いスペースに、海斗と空がいる。何かを教えているようだが、妙に、空が怯えているように見えた。

「ソラ、随分と縮こまってんな。あれか?パワハラってやつか?」

「お、トアくんにミズナくん!2年生の棟で何してんの〜?」

急に高い声に話しかけられ、2人はビクッと後ろを振り向いた。

「……なんだよ、リクか。ビビらせんじゃねえよ。」

「ごめんごめん。で、何やってんの?」

「ソラ見つけたから見てんだよ。怖がってんじゃん、3年のセンパイにパワハラされてカワイソー、ってな。」

翔空が2人を指さすと、陸はクスッと笑った。

「やだな〜トアくん、カイトくんはいい人だよ。優しくて、温厚で、優しいし。」

「あーね、マジか。じゃあなんであんなに怖がってんの?ソラは。」

「うーん、なんかよくわかんないんだけど、ソラちゃん、カイトくんが苦手なんだって。性格は好きなんだけど、全体的に気味が悪い、って。」

気味が悪い……わからなくもない。大きな帽子の影で右目が伺えないし、ずっと口がニコニコ笑っているし。

「なんてゆーか……透明感がないよね、カイトくん。」

「はっはは、透明感って……もし透明だったらそれはオバケになっちまうだろ。」

「でもカイト先輩、人間らしくないよね。表情変わらないし。」

「……おいミズナ、怖いこと言うなよ。」

「何?トアはオバケが怖いの?」

みずなは珍しく、ニヤッと笑った。

「うお。テメェ、笑えるんだな。」

「失礼だね。」

みずなは海斗を見た。ダメだ…興味がないと割り切ったつもりでいたのに、どうにも3年生の事情が気になってしまう。

(どんなに考えても、コン先輩がササメ先輩を怖がっていることへの説明がつかない……)

逆らうな、と言われたか。だが実際に喋ってみれば、逆らうどころか、そもそも本人に自分の意思がないときた。怖がる要素がどこにもない。

「……わからないや。まあいいや、きっと時間が解決してくれる。」

「あ?何の話だ?」

「なんでもないよ。行こう。」

「おう。じゃあな、リク。」

2人は1年の教室に向かった。歩いてる途中、みずなは何も言わなかったが、翔空が口を止めることはなかった。


・ ・ ・


「…なあ、レント。」

「なに?」

「暑い。離れろ。」

4年の棟。図体も声も大きい男子がまるでアリのようにうじゃうじゃといる、とにかくむさ苦しい棟だ。

いつもはとてもうるさいのだが、今日はなぜか、やけに静かだ。もっとも、その理由は明らかで、この状況をつくった本人たちもこれを自覚している。

「おい、鬼のクロセだ。少しでも逆らったら退学になるって噂の……」

「しかも滅多に顔見せないオギもいるじゃん!アイツ、喧嘩強すぎて教師でも敵わないとか……」

「マジかよ。ちょ、道、開けようぜ。」

このようなことは、何も初めてではない。一般生徒は異常に徇と蓮人を恐れている。そして恐れている理由は、退学に対する恐怖だけでは無い。

「なぁなぁ、くっつきすぎじゃね?あの2人。」

「まさか、“あの噂”は本当だったのか?」

「噂って、あれか?縷籟警軍学校の風紀委員長は……」

言いかけた一般生徒が、突然言葉を切らして、尻もちをついた。

「ひっ、オギ……!?」

蓮人が殴りかかったのだ。目の前で寸止めされた拳に、生徒は動けなくなる。

「レント、やめろ。」

「ジュンが良くても俺が良くねえよ。」

「誰が校則違反まみれのお前をこの学校にいさせてやってるのか忘れたか?これ以上面倒事を起こすな。」

「……はいはい。」

蓮人はまた、徇にくっついた。

「次、生徒を殴ってみろ。退学だからな。」

「殴ってない。それに、ジュンは俺を退学にできないでしょ。」

「ははっ、まぁな。」

2人は再び、2人の世界に入っていく。

「噂してる奴に殴りかかったぞ。やっぱ怖ぇ……」

「な。なんであんなヤンキーと、天下の風紀委員長様があんなに仲いいんだよ……」

「護衛、みたいな感じじゃねえの?さっきもクロセが止めた瞬間にやめたし……」

特待生は授業の出席義務がない。優等生の灯向と違い、徇と蓮人は毎日出席している訳でもないので、一般生徒との親交が浅く、根も葉もない噂が立ちまくっているのだ。この学年の誰も、この2人の笑ってる顔を見たことがない。



徇と蓮人が見えなくなった頃。そろそろ休み時間が終わるのでみんなが教室に戻ろうとしたところに、か細い声が「あのっ!」と響き渡った。

「すみません、迷子になってしまって……1年生の教室って、どっちですか?」

小さくて華奢で可愛らしい……その場の4年生の心は、その可憐な少女に次々と奪われていく。と、同時に、誰かが叫んだ。

「赤ネクタイ?もしかして、特待生か?」

その声を皮切りに、廊下は一気に騒がしくなった。

「特待生!?1年のか?」

「この弱そうな女が……?」

集団の中でも特に図体の大きい男が前に出て、1年生の前に立ちはだかる。

「1年の特待の野郎が何の用だ!?俺たちを見下しに来たのか!」

「違います!私は、道に迷って……」

「女だからって容赦はしねえぞ!」

「私は女じゃなくて……わっ!」

男は、1年生に殴りかかった。

縷籟警軍学校の一般生徒には、一定数、特待生に対してかなり攻撃的な層が存在する。自分が特待合格できなかった悔しさ、無力さを特待生たちにぶつける、頭の弱い連中だ。

もっとも、特待合格は点数によって決まる。相対的になれるものでもないので、完全に自分たちの実力不足が原因であるのだが、それでも彼らは特待生を良く思わない。しかし、4年の特待生は怖い……だから、この1年生は、その連中にとってのいい餌食なのだ。

「先輩にはまず自己紹介と挨拶だろう、1年!」

「はいっ!帝王の仰せの下に、1年特待、雨宮 颯希と申します!」

男の攻撃を全て綺麗に避けた颯希は、ニッコリ笑った。

「縷籟警軍では殴りかかるのが挨拶なんですか!?じゃあ、私も……!」

「は?」

「失礼します!」

その瞬間、目の前から颯希の姿が消えた……随分と下のほうから、ゴキっ、と音が鳴る。

「……あれ!」

颯希の拳は空を切った。下を見ると、右の頬を赤く腫らした男が、先程の威勢なんて見る影もなく無様に倒れ込んでいる。

目の前には、右足を高く上げた蓮人がいた。

「あ、ハスさん!こんにちは!」

「よぉ、ヘアピン女。いい動きするじゃん。」

「えっ。ありがとうございます!」

4年生の特待生に褒められた!颯希は嬉しそうに頭を搔く。

「おいジュン!こいつオレらの可愛い後輩に殴りかった!退学!」

その声を聞きつけて、角から徇が顔を見せる。男は焦った。

「違うんだ、クロセ……」

そんな男に構わず、徇は颯希のほうに駆け寄った。

「アマミヤ、怪我はないか?」

「ジュンさん!ないです、私は無事です!道を訊いたら突然殴りかかられて、そういうルールなのかと思って……ごめんなさい。」

「アマミヤは何も悪くねえよ。すまない、4年生が迷惑かけたな。もう休み時間も終わるから戻れ。レント、連れてってやってくれ。」

「はいはーい。ヘアピン、行くよ。」

「はい!」

4年生、かっこいい……!まだワクワクしながら、颯希はてくてくと蓮人の後ろを付いていく。

「……1年に殴りかかったのはお前か。退学か停学、選べ。もっとも、停学から戻ってきた時、お前の席が用意されてる保証はないけどな。」

「……クロセ。俺が退学なのはいいが、なんで、オギは退学にならねぇんだ?まさか……お前と仲が良いから、とかではないんだろうな。」

「あ?」

徇は手元のボードに何かを書き込みながら、笑った。

「んな訳ねえだろ。レントの蹴りを顔面に食らっちまって、頭がバカになってんじゃねえの。アイツは強いから、今後の縷籟警軍にはアイツは必要だってな、退学させちゃいけないって国の偉い人に言われてんだよ。」

「どうしてだよ!アイツ、そんなに頭も良くねぇだろ……!」

「だな。アイツの入学試験の筆記の点数、知ってるか?150点満点中、20点だ。それでもアイツは特待合格してる。」

「20点……!?特待の合格点って、確か……」

「270点だ。アイツは残りの点数を実技で稼いだ上に、筆記で満点に近かったオレとユウよりも総合点数が高かった。特待生っていうのは、そういう奴らの集まりだ、オレは運が良かっただけ。卒業まで1年なかったのに、惜しいことをしたな。」

男は黙った。

愚かだったんだ、特待生を恨むだなんて。きっと蓮人が止めていなければ、颯希は、男を殴っていた。圧倒的な体格差があるのにも関わらず、男は颯希には勝てなかったのだ。まだ恐らく暴力をし慣れていないだろう颯希が人を殴ってしまえば、男に何があるかわからず、颯希が退学になってしまうかもしれない……そう思って、蓮人はとっさに男を蹴ったのだろう。

「残りの数日間、せいぜい楽しめよ。」

徇はそう言って男に1枚の紙を渡し、教室に戻って行った。


1年の塔に蓮人が出向いたせいで、颯希の護衛だと怖がられて、1年生の一般生徒が颯希に敬語を使うようになったのは……もう少し、あとの話。








続く

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