第8話 料理部はお休みです
家庭科室のドアを閉めた瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。
……何でだろう?
「お疲れ様」
ちゃんと笑えていたはずなのに、廊下を歩き出した途端、足取りが少し重くなる。
――明日は来ない。
月曜まで、家庭科室には来ない。脇阪くんは、ただ事実を言っただけだ。
お母さんがお休みで、夕飯を作る理由がない。だから部活も休み。それだけなのに。
「……私、何期待してたんだろ」
自分に小さく言ってみても、答えは返ってこない。
卵を失敗して、落ち込んで。でも怒られなくて、笑われもしなくて。
「もう一回やればいい」って、当たり前みたいに言ってくれて。
……肩が近くて、
一緒にご飯を食べて、他愛もないやり取りをして。今日は、楽しかった。
明日も、何かしたかった。料理じゃなくてもいい。 成功しなくてもいい。ただ、この場所にいられたら、それでよかったのに。
でも――。
(……結局、甘えすぎだよね)
そう思ったからこそ、卵を焼こうとした。
そう思ったから、「明日も」って言い切れなかった。
脇阪くんには、きっと全部は伝わってない。私がどんな気持ちで、フライパンを持ったのかも。 あの場所で、私がどれだけ救われているのかも。
「……当たり前だよね」
家に帰って、ベッドに倒れ込む。スマホを開いて、閉じるの繰り返し、連絡先を見ても、彼の名前はそこにはない。
これが今まで積み上げてこなかった、彼との関係。その現実が、思ったよりも胸に残っていた。
――翌日の木曜 あまり眠れなかったので、少し寝不足のまま学校へ行く。廊下ですれ違うクラスメイトの声が、いつもより遠く聞こえた。
無意識に、家庭科室のある方向を見てしまう。
(……今日は休みだってば)
自分に言い聞かせて、視線を逸らす。
今日は家庭科部の活動はないし、行く理由もない。それでも。
(昨日まで、当たり前みたいに行ってたのに)
放課後には家庭科室の前を通らず、意味もなく遠回りをしてグラウンドに向かう。
――月曜までは来ない。
その言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
「……月曜、かぁ」
少し、遠い。でも。
(……次は、ちゃんと卵焼けるし)
意味の分からない意地を、心の中で張ってみる。
甘えすぎない。 そして前より少しだけ、上手くやれるようになった姿を、彼に見せたい。 月曜日には、またあそこにいこう。そして彼に伝えよう。
私が、いなくなるつもりなんてないこと。 それを彼に伝えるのは―― 次に家庭科室のドアを開ける、その瞬間だ。
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