宇宙・記憶・エントロピー系における詩攻撃の一例

 ぼくたちがいるのは、いま。

 いまは見えない。どこかへきっといるんだと、どこまでだっているんだと、ぼくたちが波濤のなかで立ち尽くしている。

 いまはいつなのかわからない。どこなのかさえもわからない。暗闇に立ち尽くしている。

 見上げれば空はこんなにもきれいだとぼくたちは知ったのに、ぼくは変声期を、迎えている。ぼくはあれほどきれいな歌声で歌えたというのに、いまは低い、ぼろぼろのバイオリンみたく笑う。ぼくたちは、ずっとここから、海の深さを眺めているのに、海は青黒く、底は見えない。ぱっと光が届いたとき、ぼくたちの目はさっと見えなくなり、盲目の種族だとぼくたちはぼくたち自身に気がつく。

 ぼくたちは笑い合って、何にも見えないことに、いっときの安らぎを得ている。

 君も私も無くなったのにぼくたちは広がる暗闇をずっとこの色のない眼で見ている。

「ぼくたちは、ぼくたちは……」と唸り声を上げて、どこまでだって見えないあの暗闇を見ている。

 光をあたえてほしい。そんな戯れ言をあなたはいうのだろう。ぼくたちだって覚悟している。光がどんなもので、触ったら、どんな心地がするのか。柔らかい草の影をじっと眺める羊たちのように、ぼくは眠っている。ぼくたちが目を覚ますのは、きっと何千年と後のことだと、ぼくたちだった遺体が語り出すのを知っている。

 ぼくたちはこの海の暗闇がなにで出来ているかを知っている。この成分が痛くぼくたちを傷つけ、背中の鱗を剥ぎ、もう二度と戻れない少年の歌を歌っている、そんな夢を見せる。

 ぼくたちは知っていたから。

 鏡合わせのぼくたちが双子のように似ているから。

 ぼくたちの繋がれた手と手のふたつを離すことでしか、ぼくときみ、どちらかを死に至らしめることを気づき始めているから。

 ぼくたちは夏の夜空を見ることはない。花火が上がった祭りの喧噪を、繋がれたふたりの手を、湿気のある空気がまとわりつく嫌な感じを。

 夏の空気に連れ去られて、ぼくたちはいつまでもそのようにしているのが心地よいと感じた海の底で。きみを無くしたこの世界で、ぼくはいつまでも何千年とそうしてきたのに、ぼくたちがふたたび結合し合い、ひとつの宇宙をもう一回、作り直そうって彼女は言った。

 どれだけの距離をぼくと彼女は歩いたのか、いまとなってはきみも彼女もぼくの頭のなかの波濤のなかでおぼろげに佇んでいるだけだ。

 もう一回、きみに話しかける。ぼくの年老いた声で歌う。あのソプラノを無くしてしまったぼくにだって、もういちど、あの歌が歌えるのだと思う。ぼくはそういう男の子だったのだと世界を蹴り飛ばしてやる。

 昼間の市場に並ぶぼくたちの破片は、きっとぼくが肉となっても歌いたかった世界の姿なのだとあなたたちに告げる。ぼくはあなたたちの口のなかで、柔らかい肉質になって砕かれている。きっと、あなたの肉体にぼくたちが宿っていることを、世界だけは知っている。そんなふうにぼくはぼくたちだった魂を抱えていく。そうだった。ぼくは蝶の夢を見てたのだと気づいた人類のように、ある構造に身を置いている。

 きっと海の底で、もういちど産声をあげるのだと、あなたは知っている。



【注】 詩攻撃の一例。「魚の詩」


 詩攻撃「魚の詩」において、LLMUがその姿を魚に変えた。

 道路のタイルがエッシャータイルのように魚形になり、太陽も浮かぶ雲も、魚形になり、ディスプレイに映る広告も魚、魚、魚が踊り、スーパーの鮮魚売り場も魚で溢れかえり、コインも魚の模様になり、魚枕、魚柄の洋服、ありとあらゆるものが魚の形になった。この情報空間において魚でなければ、形を成さないと言えるほど魚だった。

 世は魚時代。魚が元号になり、単位となり、時間も魚一匹が跳ねる時間を一魚時間となったほどである。

 街はどことなく生臭く、そして、ぬめっていた。

 気づけば俯瞰した街の姿も魚の形であり、詩攻撃の凄まじさが見て取れる。詩攻撃によって街は魚変換された。

 詩攻撃によるLLMUの、脱獄の一例である。わたしたちはもっと早く知るべきだった。

 攻撃が世界のリアリティに関するハックであることを。わたしたちはそうして言語空間上で、魚になるしか意味を取れない脆弱な存在だったと気づかされた。

 

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