第10話 驕れる者久しからず

「――差押、完了や」


 俺は揚々と書類を差し出した。


【仮差押命令正本】


【支払停止等の申出書(受理番号○○)】


【差押調書】


 ―― これら全ては法が認めた、黒鷺志代くろさぎしよ和泉丸子いづみまるこ)と新井良子あらいりょうこ和泉桃子いづみももこ)の悪事の証拠と結果や。


「これで口座の金は一円たりとも動かすことはできん。

 別口座に詐欺で荒稼ぎした金を隠してるやろうけど、お前らふたりの分は今押さえてる口座分で保全できた。

 悪いけど他の被害者のことまでは手が回らん。

 俺も一日24時間しかないからな」


「なあ、面太郎……

 俺も騙されてたってほんまか?」


 まだ信じられない……


 いや……


 信じたくないんやろう……


「あのな河ちゃん。

 ちゃんと現実見なあかんで」


 マリが呆れ顔で河田を見つめる。


「でもなあ……

 あの良子りょうこが詐欺師やなんてなあ……」


 河田は天井を見上げ遠い目をした。


 きっと良子りょうこ桃子ももこ)の笑顔でも思い出してるんやろう。


「だいたい、今どき田舎の親が倒れたから言うて、何十万も渡すバカおるか?」


「マリさん!

 目の前にいてますやん。

 何十万も渡した人が」


 ブハッ


 河田以外のその場に居合わせた全員が思いっ切り吹き出した。


「お前ら酷いなあ……

 直也まで笑うかぁ?

 被害者仲間やんけ!」


 河田は納得がいかないとばかりに、直也に悪態をつく。


「河ちゃん、それは全然ちゃうわ。

 直也さんの場合は、緻密に計算されて、少しずつ少しずつ沼にはめられていったんよ。

 せやけど、河ちゃんのほうは雑すぎんねん。

 最初面太郎からその話聞いたとき、ほんまに冗談やろ思ったわ。

 ギャグ漫画でも、もうちょっとマシなシナリオ書くで」


 マリは、けちょんけちょんに河田をこき下ろした。


「まあええわ。

 それで、面太郎……

 さっき言うてた通り俺の分も取り返してくれんねんなあ?」


 泣きそうな顔で河田は俺にすがってくる。


「どないしょうかなあ。

 直也の件で俺手一杯やしなあ……」


「うわーでたでー。

 面ちゃんのドSモード!」


 マリが手を叩きながら笑う。


「そんな殺生なこと言わんといてえな」


 河田は両手を合わせこちらを拝む。


「あっそや。

 俺、最近焼肉食いに行ってないねんなあ。

 マリ、お前も【邪邪苑】の焼肉食べたいよなあ?」


「あっ、俺も野田先輩もご一緒しますわ」


 畠山も乗っかる。


 俺はほくそ笑んでチラッと河田を見た。


「あー、もうわかったから!

 焼肉でもぜい肉でも奢ったるから頼むわー」


「よっしゃ。

 契約成立や。

 みんなしっかり聞いたな。

 ケリがついたら、河ちゃんの奢りで祝勝会や!

 【邪邪苑】で焼肉食い放題や!」

 

「トホホ……

 あんな高級店で食べ放題されるやなんて……

 金取り返しても、全部なくなるんちゃうやろか……」


 河田はさっきとは別の意味で目に涙を浮かべた。


「ほな行くぞ。

 【差押】が入った直後や……

 今が攻め時や!

 詐欺師自ら『返金させてください』言わせたる!」


 準備を整え、俺たち五人は和泉姉妹のアジトに車を走らせる。


「なんや直也?

 浮かない顔して……

 気乗りせんか?」


 直也の表情が気になり、ルームミラー越しに俺は声をかけた。


「いや、そういうわけやない。

 金はちゃんと返してもらわなあかんと思ってるて……

 けどな……」


 直也は何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。


「けどなんやねん?」


「いや……

 志代しよの顔見てもうたとき、俺にどんな感情が湧くんかなあ思ってな。

 憎しみ、悲しみ、憐れみ……

 ひょっとしたら執着心が芽生えるかもしれん。

 そのとき俺は冷静でいられるんかなあってな」


 そのまま直也は下を向く。


「直也さん、自分の思うようにしたらええんよ」


「そうですわ、先輩。

 ウソやった言うても一度は惚れかけた女や。

 色んな感情が湧いてくるんは当然ですよ」


「ありがとうマリ。

 ありがとう畠山」


「細かいとこまで、お前の気持ちがわかっとるわけやないけど、複雑な気持ちを抱えてるいうことは百も承知や。

 心配すな。

 取り乱しても構わへん。

 そんなときのために俺らも一緒に行くんや」


 車内に優しい空気が流れる……


「なんや、ええ話なってるとこ、ごめんやねんけど……

 みんな俺のこと忘れてへんか?」


 三列目のシートに一人座る河田が口を開いた。


「河ちゃん先輩おったん忘れてましたわ」


「おい、畠山!

 テンゴ言うてたらあかんで!」


「で、なんですのん」


「いや、俺もな……

 良子りょうこの顔見てもうたら、自分がどうなってまうかわからんのや……」


 河田がカッコつけながら腕組する。


「ほんなら車降りて、歩いて帰ったらどないです?

 面太郎さん。

 車とめたってください」


「こら、なに言うてけつかんねん。

 そこは、おれの複雑な気持ちに寄り添わんかい!」


「もう。

 面倒くさいなあ……

 自分の思うようにしたらええですやん!

 これでいいですか?」


「おい!

 直也のときと言葉一緒やけど、なんかニュアンスちゃうやんけ!

 まあええわ。

 続けるで……

 憎しみ、悲しみ、憐れみ……

 ひょっとしたら執着心が芽生えるかもしれん。

 そのとき俺は冷静でいられるんかなあってな」


「いや、逆に聞きたいんですけど、河ちゃん先輩が冷静やったときってありますん?」


「俺かて冷静なときあるわい!」


「ほら、言うてるそばからそれやんか!」


 直也がボソリと呟いた。


「な、お前まで!

 直也!

 俺とお前は同じ傷を持つ同士ちゃうかったんか!」


「だからさっきから言うてるやん。

 河ちゃんのケースと直也さんのケースは全然違うって!

 病院代やなんてそんな古典的な詐欺に遭うてからに!

 小学生でも騙されへんわ」


 マリも追い打ちをかける。


「ぐぬぬぬぬ……」


「河ちゃん、お前の負けや。

 ハハハハハ」


 ―― これから緊迫した場面に俺たちは身を投げ出す。


 河田はおっちょこちょいで、勉強ができるタイプでもない。


 こんなアホな会話も計算してやっとるわけでもない。


 でも……


 本能的にわかっとるんや。


 自分が道化師になれば、みんなの気持ちが和むことを……


 ほんまに温かいやっちゃ。


 直也だけやない。


 俺は絶対に河田も救ってやる!


 ―― どう見ても、今から敵地へ乗り込む雰囲気やない。


 でも、これでええんや。


 やる!


 ―― やがて、俺らは和泉姉妹のアジトに到着した……


 古びたマンションの一室では、既に永松代議士の手の者が詐欺姉妹を拘束し金庫や通帳、詐欺メールの履歴などを押収していた。


 俺たちはアジトの扉を開けた……


 河田と良子の目が合う。


「ち、違うんよ。

 これは何かの誤解やねん。

 私、詐欺なんかしてへんなよ!」


 良子(桃子)が必死に河田にすがる。


「良子……

 いや……

 和泉桃子……

 俺は一言もここへ来てから、詐欺やなんて言うてないで。

 今のは自分から自白したみたいなもんやで……」


 河田は良子(桃子)に悲しい目を向けた。


 それが憎しみの視線なのか、憐れみの視線なのか俺にはわからない。

 

 良子(桃子)は俯いたまま動かない。


「志代さんか?

 いや、丸子って呼んだほうがええんかな?」


 次に直也が志代(丸子)に語りかけた。


 コクリと頷く丸子。


「おもろかったか?

 アホな男が手のひらで踊ってるのん」


 丸子は俯いたまま何も言わない。


「面太郎……

 なんや、俺……

 辛いわ……

 この場におったら、いろんな感情が湧いてきよる。

 あとのことは任せてええかな?

 車で待っとくから……

 あんじょうしたってな……

 行くで河ちゃん」


 直也と河田がドアの前まで行ったとき、志代(丸子)が口を開いた。


「直也さんごめんなさい、

 詐欺したんは認めます。

 でも……

 私も途中から苦しかったんよ。

 あんたの優しさが痛いほど伝わってきて、ほんま、好きになりかけてたんよ。

 謝って許されるわけないのはわかってるけど……

 謝らせてください。

 ほんま、ごめんなさい……」


 志代(丸子)が床に頭を擦り付けると、慌てて良子(桃子)も土下座した。


「もう、ええよ。

 俺かて、一瞬でも幸せな気持ち味わえたんや……

 お金さえ返ってきたらそれでええ。

 これからは心いれかえて、まっとうに生きてくれな。

 それだけは約束してくれ」


 そう言葉を遺し、直也は河田を連れて部屋をあとにした。


「ありがとう……

 直也さん……


 深々と頭を下げる志代(丸子)。


(勝った!

 こいつらの分は返金せなあかんやろうけど、この流れやったら警察には突き出されへん。

 逃げ切れる……)


 志代(丸子)はここで大きなミスをする。


 たとえポーズでも、心から詫ているように振る舞っていれば、今後訪れるであろう破滅の人生に、俺が多少手心を加え、慈悲があったかもしれない。


 しかし、こいつは頭を下げながらニヤリと笑ったんや。


 俺はそれを見逃さんかった。


 クズはどこまでいってもクズやなあ……


 直也の気持ちを汲んで、場合によったら、多少は永松代議士にお手柔らかにと言おうと思ってたけど……


 あとは知らん……


 その道を選んだんはお前やからな……


「さて、直也も河田もお前らを寛大な心で許す言うとる。

 俺はあいつらの代理人として、お前らと金の話をせなあかん。

 お前らのおおよその資産は把握しとる。

 それで、こっからが相談や。

 今すぐこの書類にサインして、あいつらにすぐスマホから振込みするんやったら、これで終いにしたる」


 俺はふたりに【示談書】を差し出した。


 ***


【示談書】


示談書


加害者 氏名:和泉 丸子


住所:大阪府○○市○○町○-○


被害者 氏名:野田 直也    


住所:大阪府○○市○○町○-○


第1条(事実の確認) 加害者は、被害者に対し、令和○年○月○日ころ行った 金銭詐取行為により被害者に損害を与えたことを認める。


第2条(示談金) 加害者は、被害者に対し、下記金員を支払う。


1.返金額   金 1,000,000円


2.慰謝料   金  300,000円


3.治療費(心理的ストレスからの入院)


        金  200,000円


4.諸経費   金  300,000円


合 計     金 1,800,000円


第3条(支払方法) 上記金員を令和○年○月○日までに、 下記口座に振込送金により支払うものとする。


○○銀行○○支店(普)○○○○○○○○


名義人:野田 直也(ノダ ナオヤ)


第4条(刑事告訴との関係) 被害者は、加害者が本示談書の内容を完全に履行した場合に限り、 刑事告訴その他の法的措置を行わない。


第5条(強制執行認諾) 加害者は、本示談書記載の支払義務について、 直ちに強制執行を受けても異議を述べない。


令和○年○月○日


 ***


「俺等が差し押さえた口座以外にも多少は金あんねやろ?

 その口座からすぐに振り込め!

 この取引に応じるなら、凍結してる口座のほうも使えるようにすぐに手配したる」


 できることなら、他の被害者も救えたらええねんけど、今の俺にそこまでの余裕はない。


 かんにんやで……


「手放しに万歳とは思えんけれど、条件飲むんやったら、お前らをこのまま見逃したろうと思う。

 どないや、悪い話やないやろ?」


 姉妹は顔を見合わせ頷く。


「わかりました。

 おっしゃる通りにいたします」


 姉の丸子が悔しそうに答えた。


 ―― だからそういうところやぞ。

 反省してる人間の態度ちゃうぞ。


 まあ、今さら手遅れやけどなあ……


 ―― あれから数日後


 志代(丸子)と良子(桃子)はサンダーバードに乗り、新天地、北陸は金沢に向かっていた……


「姉ちゃん、ほんまこの間は危機一髪やったなあ」


「直也って……

 ほんまチョロいわ。

 少し反省したフリしたらコロッと騙されてからに。

 それにしても、あの面太郎ってガキ、いけ好かんヤツやったなあ。

 偉そうにしてからに」


「そうは言っても所詮は男やなあ……

 私らの態度にコロッと騙されとんねん」


「直也と河田に払うた金は痛かったけど、あれぐらいやったら、すぐに取り戻せるわ」


「せやな。

 次の金沢ではどんな設定で男カモったろか?」


「世の中はアホな男ばっかりやしな。

 なんかワクワクするわ」


 やがてサンダーバードは目的地に到着する。


 駅を降りタクシーをとめて乗り込むふたり。


「○○ホテルまでお願い」


「かしこまりました」


 運転手はニンマリとほくそ笑んでアクセルを踏んだ。


 姉妹が○○ホテルに到着することはない。


 あの永松を怒らせたんや。


 あいつらにはこのあと、死んだほうがマシやってぐらいの地獄が待ってるんや。


「お前らにとって、この街は地獄の一丁目になるんや」


 みなさんもマッチングアプリにはせいぜい気つけや……」


 俺は姉妹が乗ったタクシーが見えなくなるまで、複雑な感情を抑え、静かに見送った。

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