深夜、二つの足音

@munyamunya

第1話

かなり遅くなってしまった。

家への帰路はちょいと先まで視線を向ければ景色が夜闇に溶けていくほど暗かった。点々と街路灯はあるが、今にも切れそうで頼りない。路肩に立ち並ぶ家の窓も真っ暗だ。家々に備え付けられている玄関先の明かりは高めの塀の隙間から漏れ出ていたが薄かった。


コンクリートだらけの都会では虫の声も聞こえない。勿論、昼間は聞こえる人の営みの音も。

僕のニューバランスの靴がアスファルトを踏む柔らかい音だけがこの夜に響いてた。


トン、トン、トン


跳ねるように歩いてみる。僕の足音が、僕の足音だけが木霊する。

今、この瞬間だけは世界が丸ごと僕一人のものになったかのようだった。

そんな不思議な高揚感に身を任せ、どうせ誰も見ていないと、ミュージカル映画の主人公のように体を泳がせていた。

帰りがこんな深夜になってしまって後ろ向きな気持ちもあったが、今ではむしろこの非日常感が楽しかった。


そんな折だった。


カツン、と固い音が聞こえた。

体を止めた。軽やかだった足が重くなっていくのも感じた。

誰かに今の痴態を見られていたかもしれないという恥ずかしさからだった。


カツン、カツンという音はまだ続いた。


その足音は後方から来ているようだ。

同じ方向へ行くのだろうか、こちらに近づいてきている。


もしかしたらご近所さんかもしれない。

痴態を見られていたかもしれないのもあるが、知り合いかもしれない人とばったり出くわすことになるかもしれないという少しの覚悟が若干の気まずかった。

出来ればさっさと撒いて顔を合わせないようにしたいと、僕は足を早めた。


何かおかしい。

奇妙に思ったのはすぐだった。

後ろの足音との距離が一定すぎる。


早歩きにしたら合わせるように向こうも足音の間隔が短くなった。

それならばと抜いてもらおうとゆっくりにすると、向こうもゆっくりになる。


誰かに尾けられているかもしれない。

薄寒い疑念が浮かんだ。


頼むから、知り合い。それも、ご近所さんとかであって欲しい。

安心を欲した僕は、靴紐を結ぶふりをしてちょっと後ろを盗み見ようとした。


いなかった。足音も消えていた。

幽霊的な何かか。心霊的な恐怖が心臓の底でドロリと脈打った。

しかしそれも杞憂に終わる。後ろを向いた視線の先。街路灯、頼りない明かりが照らすアスファルトに、電柱に隠れるようにした人影を捉えた。

ジジ、ジジと明かりの不安定さに合わせて影も揺れていた。


幽霊ではなかった。

ただ確実に尾けられてはいる。

考えるより先に走り出した。


一刻も早く撒かないと。

ただしかし、さっき通り過ぎた十字路から自分のアパートまではまだ少し距離がある。走って5分くらいだが、今はその距離も遠い。

いや、最短距離で帰るのも怖い。今走る直線上にアパートはあるのだが、よしんば途中で後ろを千切れたとしても、曲がっていないところを見られてしまえば、家の位置がバレてしまう恐れがあった。


結局、何でもないところで数回曲がり、かなりの遠回りをしてアパートへ入った。

帰宅してすぐに鍵を閉める。

窓の明かりからバレないよう、電気はつけずにそのままベッドへ潜り息を殺した。


何分くらいたったか。布団に篭りながらスマホを見ると、帰ってから30分ほど経過していた。


そろそろ出ても大丈夫か。

歯も磨きたいし、シャワーも浴びたい。洗面台に夕飯の洗い物が溜まっているのも気になっていたから片付けたかった。


布団から顔を上げる。

目線の先、窓から覗く目があった。


思わず後ずさる。ベッドから落ちた。

腰を床にぶつけて大きく揺れた。

痛みに苦悶の声を漏らしていると、窓の外の人影が動くのが見えた。

玄関の方だ。

何をしてくるのか。思考が追いつかないまま、するりと鍵が開けられる。家のドアノブが回された。


「大きな音がしたけど大丈夫?」


いたのは、サークル仲間の女子だった。



その後、電気をつけて小さい机を挟んで座った。


「今日も君、うちにこれつけに来たでしょ」


彼女が見せてきたのは、先ほど彼女の家に仕掛けてきたコンセントによく似た盗聴器の写真。

遂にバレてしまったのか。罪悪感が襲ってきて、心の臓が冷たく縮こまる感覚がした。


「困るんだよね。いっつも私がいない時間見計らって来てるでしょ。

こっちだって会いたいのにさ」


「だって、君、私に気があるんでしょ。盗聴器仕掛けるくらいなんだし。サークルでも優しいしさ。

でもさ、ここまでやって何で何も直接的なアプローチしてくれないわけ?

———私のこと誘ってるんだよね。こっちだってもう我慢できないのよ。

さっきまでの怯え顔もさ。あんなに可愛く震えて。誘ってるよね。そういうことなんだよね」


腰をぶつけた僕に拒否する力はもう残ってなかった。


次の日の朝は2人でアパートから出た。

彼女は艶やかで満足げに、僕はげっそりとしていた。


ちなみに僕の家にも既に盗聴器が仕掛けられていたらしい。

ベッドの頭側、ちょうど寝息が聞こえる場所のコンセント。一見すると普通に見えるプラグ拡張キットだ。君のとおんなじやつを買ったんだと彼女は言っていた。


お互いに取り外してはいない。

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