第2話 愛される皇女と愛されない皇女

「ん……」

 もぞもぞと、シンプルな天蓋付きベッドの中で目覚める。まだ太陽は登っていない。起床時刻まで、あと二時間ある。わたくしは起き上がり、ベッドから出て、薄い上着を羽織った。少しだけ髪の毛を梳かして、ひとつに括った。あとでまた乱さなくては。

 

 寝室の扉を開けて、書斎の文机へ移動する。シンプルな木製の椅子に座って、参考書を開いた。言語に政治学、経済学。皇女としてあらゆる分野に精通していないと面目が立たない。イーリスと違って、わたくしは可愛くないから。賢さがわたくしの存在意義となる。そうしなければ、「無能な皇女」としてこの世界で生きていくことはできなくなる。

 

 学問に集中していると、朝日が昇った。寝室へ戻らなければ。わたくしは教材をもとの位置に戻し、上着を脱いで、髪の毛を解いて、少し乱して、そして灯りを消してベッドにもぐりこんだ。


 十分ほどすると、わたくし専属の侍女、トーラがやってきた。本名はエレクトラというのだけれど、長いからトーラと呼ばれている。彼女はわたくしが起きていることに気が付いて、礼をした。わたくしも起き上がって、ベッドに正座した。

「セレーネ様、明けましておめでとうございます」

 わたくしは殿下とは呼ばれない。基本的に女性皇族は殿下とは呼ばれないし、唯一「殿下」の権限を与えられるお父様である皇帝陛下にも権限を与えていただいていない。

「トーラ、明けましておめでとう。今年もよろしくね」

「わたくしも姫様に精一杯お仕えさせていただきます」


 今日は新年の舞踏会がある。 

「まずは朝食用にこのミントグリーンのオーガンジードレスをお召しになってはいかがでしょうか」

 美しいグラデーションのかかったドレス。職人が一針ひとはり心を込めて仕立ててくれたということが分かる。

「良いわね。それを着るわ」

「かしこまりました」

 ネグリジェを脱いで、コルセットや下着諸々を装備し、最後にドレスを着る。それからメイクをして、腰を超えてしまった長さの髪の毛をハーフアップにし、ラメをまぶしてもらってから小ぶりで可愛らしいティアラを装着したら、「第一皇女セレーネ」の完成。ティアラは所々花のモチーフが施されている白銅製のもの。宝石はヒスイととても少量のグランディディエイト、そして主に真珠とジルコンがはめ込まれている。

 これだけで、もう充分に贅沢させているけれど、どうしても兄のアリステオや双子の妹のイーリスと比べずにはいられない。六歳上のお兄様、アリステオ。二十歳の彼は皇太子として将来を約束され、愛する公爵令嬢とも結ばれた。民からの支持もあるし、才色兼備。お父様にそっくりのはちみつ色の髪の毛とアメジストのような瞳。わたくしとは食事の時にしか会わないし、見下されていると思う。彼の纏うもの、周りにあるものは全てが一流品(二流品かな?)で、彼にとっての三流品を纏うわたしは、「兄として恥ずかしい」らしい。

 アリステオは申し分なくお父様に愛されている。しかし、アリステオ以上にお父様が偏愛しているのが、わたくしの双子の妹、イーリス。透き通るような虹色にかがやく桜色の髪の毛に、ブルートパーズを思わせる完璧に青い瞳。肌の透明感は見たことがないほど高く、顔は恐ろしいほど整っている。わたくしと顔は同じなのに、可愛さが段違いに違う。無邪気な性格も相まって、お父様は彼女をこの世でいちばんと言って良いほど愛している。お母様の次に。精霊王の王女様だったというお母様は、イーリスとそっくりな見た目で、お父様にそれはそれは愛されていたらしい。しかし、お母様を亡くしてお父様は歪んでしまった。現皇后のヘスティア殿下にはとても優しい。でも、それは無関心が故に。異母弟のレイフと異母妹のティーアもわたくしよりはましだけれど、放置されているといって等しい。お父様が夢中になれるのは娘のイーリスのことにだけ。あと二年でイーリスはお母様がお父様と出会った年齢になる。お父様はイーリスが成長するにつれて、どんどんなき愛妻に似ていく彼女にのめり込んでいった。

 イーリスがまとう宝石は全て最高に希少性の高い貴石たち。イーリスがまとうドレスは全てビキューナやカシミヤ、シルクなど希少性の高い高級なものばかり。イーリスの周りにある宝飾品は全て金かプラチナでできている。

 幼いころはとても仲良くしていた可愛いかわいいイーリス。でも、成長するにつれて、わたくしたちの格差はどんどん大きくなって。わたくしはその差に耐えられずに、イーリスから離れることを選んだ。イーリスも、周りからわたくしと一緒にいるべきではないと言い聞かされ、わたくしから離れていった。


 イーリスと比較して、わたくしはお父様に憎悪されている。幸い皇室の面目を保つために皇女として最低限のことはしてもらっているけれど。わたくしが四歳になった日、宮廷では盛大な誕生日パーティが開かれていた。イーリスの。双子だから、共通点が多いからこそ辛い。

 誕生日パーティの日、皇帝陛下はイーリスに「プリンセス・アステリア」の称号を与えた。アステリア、「星の乙女」という意味の称号は、皇帝だけが与えられる。「殿下」の呼び方をされる女性皇族のための称号の中でも一番位が高く、歴史の中でもお父様含めて二回しか贈られたことがない称号。

 当時、自分が嫌われていることに気が付かず、「レーネのパーティはいつひらいてくれるのかなあ。たのしみ!」と思いながら妹のパーティに末席で出席していたわたくしは、恐れ多くも玉座に座るお父様とその隣の小さな玉座にすわる天使のような妹のところへ行って、たずねたのだ。

「おとうさま、レーネ(セレーネの愛称で、わたくしの乳母にそう呼ばれていた)もリズ(イーリスの愛称)みたいに、まほうがつかえるようになったよ。レーネもぱーてぃのとき、ぷりんせすあすてりあってよんでほしいな」

 途端に今までみたことの無いくらい機嫌の良かったお父様は今までみたことの無いくらい機嫌が悪くなった。お父様は怒りで立ち上がった。

「いかに自分がリース(イーリスの愛称)に劣っているのかまだ気が付いていないのか、この皇室の恥さらしめ!今もこうやってパーティを妨害して、リースの足を引っ張るつもりだったのだろう。そして私の天使を軽々しく愛称で呼ぶとは許さん!今後一切、リズと呼ぶな、第二皇女殿下と呼びなさい。魔力と霊力の違いも理解していないとは。リースが使えるのはプシュケから受け継いだ貴重な霊力なのだ。同じにするな。そして、私の前に顔を見せているのも不快だ、その子供をつまみだせ!」

 そうしてわたくしは会場の外につまみ出された。『あんなののせいで、迷惑をかけた。続きをしよう』そんなお父様の声が聞こえていた。その時はじめて、いかに自分が父に好かれていないのかを自覚してしまった。大好きだった父に、「その子供」「あんなの」扱いされた。イーリスとの違いに気が付いていなかった自分が、恥ずかしかった。

 皇后陛下やまだわたくしに関心のあったお兄様、そしてお父様最愛のイーリスがお父様をなだめてくださったことによって、わたくしは最悪の事態を免れた。食事も一緒に取れることになった。けれども、わたくしとお父様はあれ以来一度も言葉を交わしていない。

 イーリスと離れていったのはそれからしばらくして。格差に気が付いてしまったわたくしが、どんどん広がっていくそれに絶望し、イーリスと距離を置くようになっていたころ。イーリスに言われた。

「おとうさまにいわれたから、もうセーナ(セレーネの愛称)とは仲良くできないの。わたくしだって、『第二皇女殿下』と呼んでくる家族と仲良くするなんて、願い下げだわ」

 庭園でそう言った彼女の目には、涙が滲んでいて、その瞳はさらに美しく見えた。

 当時のイーリスは、当時のわたくしよりもずっと賢かった。どんな風に振舞えば自分の立場を守れるのか、どうすれば皇帝の偏愛を受け続けることができるのか、十分に理解していた。

 それから彼女はわたくしに会うたびに酷い言葉を投げつけてくるようになった。でも、わたくしは傷つかなかった。もう、それがイーリスの精一杯の自己防衛なのだと、知っていたから。


 誕生日パーティの一件以降、宮廷で孤独になってしまったわたくしがのめりこんだのは、勉強だった。いつか宮廷を飛び出して、自由に生きていくことを胸に。わたくしは様々なことをぐんぐん吸収して、外国の学者達と専門的なことの議論ができるまでになった。「父にも母にも似ていない」と憎悪されたわたくしだったけれど、頭脳だけはお父様のを受け継いだようだ。いつしかイーリスがビジュアルと可愛さ、表舞台担当、わたくしが裏の交渉や話し合い担当のようにポジションが分かれていった。国民からは「イーリス殿下と違って目立たない地味な姫様」と言われているようだけれど、構わない。だって大使や学者の方々には評価していただいているのだもの。「兄をも超える賢姫」、と。その呼び名ができてから、お兄様に露骨に嫌われるようになってしまった。でも、わたくしだって生きるのに必死なの。交渉の成果は全てイーリス殿下やアリステオ皇太子、皇帝陛下のおかげとされてしまうけれど、それで良い。自分の安定した生活と、イーリス可愛い妹の宮廷での立場を守れるのならば。生かさせてもらっているという意識で、国民や宮廷に、恩返ししているだけなのだから。

 

 レイフやティーアも辛い思いをしているだろう。けれども彼らには母がいる。イーリスとは双子ではないし、あまり会うこともない。そしてレイフにとってはティーア、ティーアにとってはレイフという自分を慰めてくれる片割れがいる。だから、彼らは大丈夫。彼らには健やかに育ってほしい。


「姫様、お考え事中申し訳ないのですが、お支度ができました、朝食へ行きましょう」

 トーラに声を掛けられる。彼女はわたくしに同情してくれて、幼いころから世話をしてくれている、少ない頼れる人のうちの一人。

「わかったわ。行きましょう」

 わたくしは答えた。

「お姿を鏡でご確認ください」

 わたくしは姿見で自分の姿を確認した。オーガンジーのドレスには、薄くて長いマントも付け加えられていた。耳飾りや首飾りはカスミソウモチーフの小ぶりなもの。わたくしの容姿に良く生えていると思う。我ながら、精霊のようだわ。

 今日も「愛されない賢姫」として、頑張りましょう。

「ばっちりよ、ありがとう」

「それでは参りましょう」

 トーラに微笑むと、わたくしは一日三回の食事戦場の第一回戦へと、足を運んだ。


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聖皇女ー妹の婚約者と禁断の恋に落ちますー 此花咲耶 @KonohanaSakuya226

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