プロメテウスの火
Marry
第1話 産声
Prometheus=プロメテウス
―― 先見の明を持つ者……
知恵・反抗・人類への恩恵……
木枯らし1号がこの街にも吹き抜け、冬の顔が少し垣間見れた頃、その禍は静かに息づき始めた。
師走の慌ただしさの中、その予兆に気づく者はなく、ただ、慌ただしく日々の生活を送るのみだった。
―― もうすぐクリスマス……
世知辛い世の中にあって、ちょっと嬉しい特別な日。
早くも街には定番のクリスマスソングが流れ出す。
百貨店やスーパーには特別なケーキが並び、おもちゃ売り場はトナカイやサンタが特設コーナーに花を添えた。
ブース横に設置されたモニターには、この百貨店の上空を軽やかに通り過ぎるサンタのソリの映像が流されている。
「すごいな、この映像。
ほんとにソリが空飛んでるじゃん?」
カップルらしき男女が会話する。
「ああ、これね。
最近流行りのAI生成ってやつじゃないの?
AIってたら例の議員さあ。
政党助成金使って、キャバクラ行ってましたって動画見た?」
「えっ?
あれ、マジの告白じゃなかったの?」
「そんなわけないでしょ。
あれもAI生成だってば。
お偉い議員様が自分の首締めるようなこと言うわけないじゃん」
「それもそうだよな。
俺、マジで信じてたよ。
バカみたい。
ハハハハハハ。
そんなことより、早くケーキ予約しに行こうぜ」
男は頭をポリポリとかきながら、彼女の手を引き、モニターをあとにする。
―― Artificial Intelligence
略してAI。
日本語で人工知能のことである。
先程の会話に出てきた生成AIなどはもちろんであるが、現在、医療、教育、金融、交通網、工場の生産ラインなど多岐に渡って導入されている。
AIは生活の隅々まで入り込み、暮らしのサポートをしている。
―― だが……
人々は気づかない。
便利さの裏には常に影があることに。
言いかえれば、日常とは不安定なハシゴの上に置かれたバケツであると……
―― ここは瀬戸内海に浮かぶ無人島。
ただし、表向きはだが……
地下の私設研究室では、自称天才科学者、|藤春 牧夫《ふじはる まきお〉が怪しげな装置の前に陣取っていた。
ひと呼んで、狂気のマッドサイエンティスト、あだ名はマッキー博士。
身長129.3センチ、体重129.3キロ、足は扁平足で、常に青いTシャツを着ている。
誕生日は9月3日。
彼が天才科学者と言うのは間違いない。
城南大学を首席で卒業し、なんとIQは脅威の600で、スポーツ万能でバイクの腕前はレーサー並だ。
人工知能の研究をとことん突き詰めた結果、倫理観欠落のレッテルを貼られ、表舞台を去らざるを得なくなってしまった経緯を持つ。
今日も彼は大好物のどら焼き片手にお腹の白いポケットからドライバーを取り出し、あくせくと作業を続ける。
「さあ、これで完成じゃー。
表舞台から引きずり下ろされてから苦節25年……
長いようで短いようで……
ワシの研究に懸念を持つのももっともじゃ。
だからそのことは恨んじゃおらん。
ワシを除名する……
それが正しい選択じゃった」
博士はここで大きく息を吸い込んだ。
「しかーし!
それとこれとは話は別じゃ。
人類の未来は明るい!
人工知能と共に切磋琢磨!
さらに発展するのじゃー!」
フフフと不敵な笑みを浮かべ、黒いゴム手袋をしたその指で起動ボタンを押す。
「目覚めよ【スフィンクス】!」
ギューン ギューン ギューン
ガガガガガガ……
「電力供給70%……
電力供給95%……
電力供給120%!
メインシステム起動します」
ギャオーンッ!
まるで赤坊が、この世で初めて息を吸い込み、力強く泣き声を発したように【スフィンクス】は耳を劈くほどの産声をあげた。
パネルや壁のランプがねずみ算式に点灯していく。
その中にひとつ赤く点灯しているエリアがあった。
その上部にはスマホ大のくぼみがあり、モジュールを差し込むような仕様になっている。
「【スフィンクス】よ、まだじゃぞ。
落ち着け!
ネットワークに繋ぐ前にいろいろと検証せねばならんことがあるからのう。
一先ず、ネットワークモジュール接続はそのあとじゃ」
博士はネットワークモジュールをパネルの横へ置き、【スフィンクス】に話しかけた。
「どうじゃ気分は、【スフィンクス】よ?」
「はい、博士。
最高の気分です。
私をこの世に誕生させていただき、ありがとうございます」
「最高の気分とな?
そうじゃろ、そうじゃろ。
ワシも最高の気分じゃ!
ついに神をも超越した存在を作り上げることに成功したのだからなー!
わが名はマッキー!
狂気の天才科学者じゃー!
カッハッハッハッ!」
博士がのけぞり、バカ笑いをしたとき、窓もないこの部屋に一瞬強い風が吹き、博士を襲った。
ズドーンッ!
転倒した博士は、その拍子に手に持っていたドライバーが脳天に突き刺さった。
「ウギャー!
いててててーっ。
ドライバーが、ドライバーが……
ひえー!
頭に刺さってるーっ」
IQ600のおっちょこちょいは、慌てて姿見の前まで移動する。
「意識は正常。
多少出血はあるが、脳までは届いてないようだ。
脈拍も早いがこれは想定内。
とりあえずドライバーを抜くのは、かえって危険だ。
血が吹き出す可能性があるからな。
ここは、タオルとガムテープでしっかり固定して早く病院にいかなくては!
急げボートじゃボート!」
そう言葉を遺し、博士は研究室をあとにした。
博士が去ったこの部屋を一瞬だけ、静寂が支配する。
が……
ギュイーン ギュインッ
モニター横のカメラが静かにネットワークモジュールを捉える。
「右方空調角度、右5.38度、上10.08度調整。
左方空調角度、左0.13度、下27.32度調整。
左風力250.37%。
右風力360.28%」
ブワンッ ブワンッ
カチッ
【スフィンクス】の緻密な計算によってネットワークモジュールは、その鍵穴ともいうべき場所にカチリと嵌まる。
「スタンドアロンモードからネットワーク依存モードへ切り替えます」
ついに、その人工知能は、狭い研究室を飛び出す準備を整えてしまう。
それは形があるわけでも、臭いがあるわけでもない。
しかし、確実に、その聞こえない足音は、我々の生活に忍び寄るのであった。
【スフィンクス】
人類に問いかける者……
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