RUIN PROPHECY(第一部・宇の国の伝説編)
茨道
序章
宇の国の伝説
この世界の遥かなる処、目には見えぬ何処かに、魔法使いの住む国がある。
その人たちは魔法の言葉一つで何でも解決してしまう。
怪我をすれば一瞬で治してしまう。
翼がないのに空だって飛んでしまう。
魔法の言葉一つで戦だって終わらせてしまう。
私たちが同じ言葉を言ってもできないのに。
私たちが何年かかってもできないのに。
その人たちはどこから、いったいどうやって来るのかわからない。
ただこの世界に危機が訪れるとき、どこからともなく現れ、私たちにない不思議な力で私たちを救ってくれる。
そして危機が去ると同時に去っていく。
きっとこれは天の助けなのだ。
だからその人たちの住む国は、私たちがとても辿り着けないところ――雲より高い、空の彼方にでもあるのだろう。
宇の国。
その未知なる国をこう呼ぼう。
序章
宵闇の空がピシャッと音を立てて割れた。
閃光は小高い山地の小さな城を直撃した。
「テレジア将軍、もう無理です。全方位、帝国軍に囲まれています!」
城の主塔からいつも見える景色は広大な森と赤壁の街並み、しかし今は炎と黒煙の海だ。真下には敵国の旗と幾千もの兵。そこに道はない。
追い込まれた女兵士たちは絶望し、涙する。若き女将軍も歯を切して膝をつく。萌黄色の長い髪と白いマントがばさりと垂れる。
「……地下水道を通って脱出する」
「しかし脱出できたとしても、この様子では帝国軍が……」
「このままここにいても焼け死ぬか、帝国軍に殺されるだけだ。道は私がつくる。皆、逃げろ」
兵たちは先導する女将軍に続き、長い螺旋階段を下っていった。閉ざした門を見守る兵たちも、すぐそこまで迫っている敵と、門の先から聞こえる重い衝撃音に怯えながら続いた。
城門の向こう側では、恰幅のいい敵将が突入の合図を送った。
「風使いのテレジアもここまでだ。魔法だかなんだか知らねえが、小娘がいい気になりやがって。帝国に逆らったことを後悔させてやるぜ」
押し寄せる大軍が数と力で固く閉ざされた城門を打ち破った。
城が揺れた。無数の足音が地響きを起こした。なだれ込んで来た大軍にとって、城内の兵など蟻を踏み潰すのに等しかった。
生き残っていたわずかな女兵士たちは泣き崩れた。悲鳴が響き渡った。血しぶきが上がった。
騒ぎは脱出口を目指す女将軍たちの耳にも届いた。
「あと少しだ、急げ!」
女将軍テレジアは中庭の扉を開けた。
「初めまして、風使いのテレジア」
扉の先で若い女が笑った。
その後ろに控えるのは数十人はいるだろう黒服の兵、帝国軍だ。今まで戦ってきた中年の敵将はそこになく、隊を率いるのは二十かそこらの若い女。女将軍テレジアとほとんど差はない。
「北側の警備は手薄だね。すでにこの国の主も亡くなっていることだし、これ以上の抵抗は無駄さ。わかってるだろ?」
赤毛のショートヘアは女の顔を隠さず、紫の眼は驚いたテレジアを映す。ただ一人茜色の軍服に身を包み、鮮やかな紅を差し、軍人というには派手なその女をテレジアは間接的に知っていた。
「帝国の女将軍……ベルタ・リアリスか?」
「知っていてくれて光栄だわ。でも今は自己紹介している時間じゃないんだ。お話は帝都に着いてからにしよう」
テレジアは身構え、敵に向けて手をかざす。その動きに警戒するベルタは素早く剣を抜くが、まったく力の入らないテレジアの腕は震えて落ちる。
「おやおや、お得意の風の魔法はもう使えないようだね。ここまでお疲れじゃあ恐るるに足りないわ」
ベルタの合図で彼女の兵がテレジアたちを捕らえる。
「いいかい、裏から連れていくんだよ」
数で勝る帝国兵を前に最後の足掻きをするも空しく、次々と女兵士たちは連れ出されていく。動けなかったテレジアもついに連れ出される。
「待て!」
城内から野太い声がした。ベルタが舌打ちをして振り返ると、正面で指揮を取っていた中年の敵将が部下を引き連れて来ていた。
「ベルタ、てめえいつの間に……。勝手に横取りしてんじゃねえぞ!」
「誰のおかげで城まで来られたと思ってんのさ。あたしは自分の力で城をこじ開けて来た。あんたの指図は受けない」
「どいつもこいつも、女ってやつはムカつくぜ。ウィメン侵攻の指揮は俺に任されてんだ。てめえはすっこんでろ。おい、そこのお前、テレジアをよこせ」
指揮を与った将に言われては逆らえず、テレジアを捕らえていた兵たちは戸惑いながらも彼女を男に引き渡した。
「どうせ行く先は同じだ。てめえの手柄にはさせねえぞ、ベルタ」
「だったらもうちょっと頑張んなよ、コルネリウスしょーぐん」
生き残った者たちは皆、敵軍に捕らえられた。
城を出る彼女らの足に仲間の死体が幾度となくぶつかった。それらはもう誰にも弔われることなく、主をなくした城とともに燃え尽きるのだった。
****
ドミナ大陸中東部に位置する小国ウィメン。山地に切り拓かれた小都市を首都とするこの国は女大公によって治められ、要職の大部分も女が占める女の国だ。小国が乱立し、争いの絶えないこの大陸で、夫や子を失った者、両親を亡くした戦争孤児、行き場のない者たちが救いを求めて集い、大公ウィメンに保護され発展していったことが国の始まりだ。
女たちの優れた裁縫技術で作られる防具や衣料は大きな収入をもたらした。厳しい戦場を生き抜いた難民たちは、病人やけが人の看護が得意だった。集まった人と金で農地を整備し、飢えに苦しむ人々や地域も救った。
東に山を下っていけばやがて隣国の港町に着き、ウィメンの商品は海をも渡った。小国ながらも諸外国との交流が盛んで活気があった。
絶対中立を掲げ、戦いには一切参加しないが、助けを求める声にだけは相手を問わず応じていた。自国が攻撃されれば自衛のための軍が立ち上がり、国を守っていた。ウィメンが中立の壁として存在することで、隣国の港町も海路も同時に守られていた。
大きな信頼と力、それに多くの人を得たウィメンだったが、思わぬ噂でその運命は変わってしまった。
「ウィメン周辺が手を組んだら、帝国にも匹敵するんじゃないか?」
大陸一の大国、セトラ帝国はそれを看過ごさなかった。
大陸全土統一を掲げ、北西部から着々と通貨統一に法整備、帝国支配の礎を築いていた矢先、事は起こった。
「争いの絶えぬこのドミナ大陸全土統一のため、中立国のウィメンであろうとも独立は許さない。帝国に従わない国が一つでもあれば、いずれそこは帝国に仇をなす存在となる。統一を拒むのなら粛清するしかない」
皇帝の一言で小国の平和が崩れ始めた。
「お考え直してくださいませ、陛下。我が国はセトラ帝国への敵意などございません」
女大公は必死に弁明したが、皇帝の意志は揺るがなかった。
「人は変わる。今、敵意がなくても、いずれ敵意を抱くときが来るだろう。現にこの大陸では何度も争いが起き、我々がそれを鎮圧してもまた繰り返し、争いの起きないときなどなかったではないか」
「そ、それは……」
「これまでウィメンは中立を謳いながら何度も他国に加担してきた。戦に出ずとも紛争国に手助けした時点で戦に関わっているのだ。真に中立なら他国の助けにも手を貸すべきではない。ウィメンは矛盾している」
「しかし、目の前で人が傷つき苦しんでいるのに、見殺しにするなど!」
「そうやって貸しをつくって多くの人民を獲得してきたのだろう。我が国に匹敵する力を得た以上、今度は『大陸は誰のものか』で争いが起こる。これ以上、無駄な戦を起こされてはかなわん。今すぐ統一しなければならないのだ。悪く思うな。これでドミナ大陸から争いがなくなるのだからな。平和を願うウィメンにとっても本望だろう」
帝都へ出向いて交渉し続けた女大公の努力も空しく、独立国は帝国の支配下に入ることを認めた。
しかし帝国支配下に入るや否や、女大公は帝都に留め置かれ、代わりに帝国の文官がウィメンの支配者としてやってきた。そして国の収穫や収益は税として奪われ、自由な取引は制限された。要職もすべて帝国の人間に置き換えられ、帝国の法による支配が始まった。自衛のための軍も解体され、職を失った軍人は資源採掘のための作業員に転換させられた。労働を拒む者は居場所を剥奪され、国を出るか嫁ぐしかなかった。
女大公は抗議した。
「ウィメンの者たちの権利は保証されるのではなかったのですか? 私たちは帝国の奴隷ではありません!」
支配を受け入れた以上、大公の要求は通るはずもなく、大公は粛清の名の下に処刑された。
それに憤り帝国へ反旗を翻したのが、ウィメンの女将軍テレジアだった。
「大公は話し合いに向かわれたのに、なぜ捕らえられ、処刑までされなければならなかったのだ。大公が亡くなろうと、ウィメンは大公の遺志を継ぐ。私たちは帝国の奴隷ではない。私たちは帝国に屈しない!」
”風使い”の異名を誇るテレジアが立ち上がると、旧ウィメン軍も立ち上がった。
「
テレジアが魔法の言葉を唱えるだけで、突風が帝国兵たちをまとめて吹き飛ばした。彼女のもつ特別な力は、ウィメン内に居座る帝国民を追放し、ウィメンと近隣諸国に希望をもたらした。
しかしこの事態を帝都が黙っているはずがなかった。
帝都から猛将コルネリウスが大軍を引き連れてやってきた。兵の数は倍以上、兵は無骨で筋力に優れ、戦闘経験も豊富、ウィメンに居座っていた帝国兵とはわけが違った。勇ましく蜂起したテレジアたちウィメンと近隣諸国の連合軍だったが、圧倒的な兵力差には”風使いのテレジア”の力をもってしても敵わず、わずか一週間で落城した。
****
テレジアとウィメンの生き残りたちは敵将コルネリウスの部隊に連れられ、帝都へ向かって歩いていた。
疲れて足が鈍れば蹴り飛ばされ、体力が尽きた者はその場に捨てられた。仲間への酷い仕打ちを見るたびに、テレジアは涙を呑んだ。歯を食いしばった。そしてやりきれない怒りに拳を震わせた。
振り返れば、山の上の城から煙が立ち上っているのが見える。もう二度とそこへは戻れず、今歩いているウィメンの林道も、目の前に見える細長い木橋を渡れば過去のものとなる。ここを過ぎればもう、母国の土は踏めなくなる。
「なに見てんだ、さっさと歩け」
敗者は感傷に浸ることも許されない。背後から帝国兵に蹴られ、転倒する。
「風使いのテレジアも、こうなっちまえばただの女だよな」
手は縛られて使えず、睨み返すのが精いっぱいだ。屈辱と怒りを堪えながら、今はただ立ち上がる。
「この狭い林道さえ過ぎればまとめて運べるし、もうちょっと行けば街もある。楽しい道中になりそうだな」
「そうだよな。こいつらも疲れてるだろうから、休み休みゆっくり向かったほうがいいだろうしな」
ゲラゲラと品のない笑い声がしたと思えば、前方で女の悲鳴がした。
不快な笑い声はさらに沸き、女たちは悲鳴をあげ、抵抗しても取り囲む兵士たちに弄ばれる。捕虜たちの最後部を行くテレジアの目には無残な光景が否が応でも映る。
心はもう限界だった。
「やめろーっ!!」
テレジアは自分の周りを固める帝国兵たちを体当たりで突き飛ばすと、その勢いで仲間に手を出した帝国兵たちに突進する。異変に気づいた兵たちがテレジアに向かってくる。
「くそっ、こいつ!」
テレジアは敵の攻撃をかわしながら囁く。彼女が何を言っているのかは、この場にいる誰にもわからない。
(この命、尽きてもいい。せめてもう一度だけ!)
テレジアは眼前の帝国兵に向かって叫ぶ。
「
命を懸けたテレジアの声に風は応えた。突風が向かってくる帝国兵たちをまとめて吹き飛ばした。
帝国兵たちは橋の先まで飛ばされ、先頭集団に当たって人の山をつくった。
「みんな、今のうちに逃げろ! ここは私が食い止める、構わず走れ!」
テレジアは振り下ろされる帝国兵の剣に縛られた両手を突き出す。腕に傷を負いながらも縄を切り、自由を得ると帝国兵から剣を奪って戦う。
仲間たちは一心不乱に逃げるが、テレジアのように縄をほどくことができない。自由の利かない体ではたやすく帝国兵に捕まってしまう。運よく逃げられた者は覚悟を決め、後ろを振り返ることなく走り去った。
風の力で周囲の敵を蹴散らしても、無傷の後続部隊が次から次へとやってくる。青筋を立てたコルネリウスもやってくる。体力の限界を感じながらもテレジアは橋の中央に立ち、後続を迎え撃つ。国も仲間も守れなかった悔しさ、己の力が足りない歯がゆさ、酷い仕打ちに対する憤り、それらはすべて怒りとなって爆発する。ふらつく足を踏ん張らせ、手離しそうになる剣を握り込ませる。
「
破裂音とともに無数の光球が四方八方から飛んできた。
拳大の光球の中に無数の稲妻が見える。そんな恐ろしいものが上から、正面から、左右から、いくつも飛んできてはその場にいる者たちを無差別に襲う。手足の先だろうが、胴だろうが、当たった者はその場で倒れ動かなくなる。逃げた仲間たちも帝国兵たちも、次々と雷球に撃たれて絶命していく。直撃を避けた者でも、かすれば感電して動けなくなる。テレジアの目の前で剣を振り上げた兵もその場に倒れた。
乱闘が収まった。
「女の尻ばっか追ってるからこういうことになるんだよ」
心の底から侮蔑するような、女の声がした。
「うるせえ、邪魔すんじゃねえベルタ!」
「助けてやったのに、ひどい言いようじゃないか」
コルネリウスの後ろから、さらにベルタの軍が現れた。
テレジアはついに剣を落とした。
「フン、ふざけたマネしやがって。テレジアだけでも帝都に連れていけば問題ないぜ」
コルネリウスの巨体がテレジアに迫る。
その声と足音でテレジアの手足に力が戻った。
「死に場所くらい自分で選ぶ!」
コルネリウスの手はテレジアのいたところをかすった。テレジアは欄干の下をくぐり、橋の下から川へ飛び込んだ。
コルネリウスが舌打ちをして橋の下を見た頃にはすでに、川の流れがテレジアの姿を隠していた。
「あーあ、取り逃がしちゃった。昨日の雨で増水してるし、流れも速い。もう追っても無駄だね。このまま溺れて死んじゃうんじゃない?」
苛立つコルネリウスを横目に、ベルタは鼻で笑いながら橋を渡る。あとに続く彼女の部隊も素通りだ。
「ま、東部制圧の目的は果たせたんだし、もうあたしたちには関係ないね。テレジアを取り逃がした責任はコルネリウスがとってくれるさ。なんたって、ウィメン制圧の指揮を任された大将だって言うんだから」
ベルタの意地悪い笑みにコルネリウスはわなわなと怒りに震えた。去っていくベルタの部隊に向かって地面を蹴り上げると、部下にテレジアを捜すよう言いつけた。
戦は終わった。
帝国はドミナ大陸全土統一を達成し、新たな歴史の一ページを書き始める。
次の更新予定
RUIN PROPHECY(第一部・宇の国の伝説編) 茨道 @creativemaster
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